気まずい。
非常に気まずい。

ほかほか湯気を立てる炊き立てご飯を一口、もそもそと租借しつつ、どん
なに眺めても変わる気配すらない仏頂面を前には内心で盛大に溜息
をついた。










行くも行かぬも











無言なのだ。

とにかく、ひたすら、ずぅぅっと、無言。
の勤め先である木の葉病院からこのアパートへの道中も、
先にシャワーを浴びると告げた時も、夕飯の支度をしている間もずぅっと。
待っている間にシャワー浴びてきたら、と勧めた時も頷きを返すのみでう
んとも寸とも言わない。
「いただきます」も手を合わせてお辞儀しただけ。
気まずさを何とかしようとしきりに話しかけても返事は全て簡単な身振り
手振りのみ。



3日ぶりに会えたというのに、さすがにこれは切ない。



そのくせ、片方しか見せない目はしきりに何かを訴えていて。
見た目に分かり易すぎる拗ねこびた様子にはとうとう箸を置いた。


「カカシさん」


呼び掛けると、カカシはちゃんとを見る。
…酷く不満げに、だが。

しかし、そんな事に怯んでいては話が進まない。
下手をするとこのまま朝を迎えてしまいかねない。
目の前に居るのは、人生経験豊富で実際年齢よりもはるかに老成している
くせに変なところでコドモなままの厄介な男なのだから。

実はそんな面倒な男にほれてしまった自分が一番厄介なのだが。

とにかく、ここはが大人になるしかない。


「カカシさん、そろそろ機嫌直しませんか?」


ヤだ。
視線がそう返事する。
その反応は予想済みなので、はほんの少し作戦を変えた。


「…カカシさんの声が聞きたいです」


これは功を奏したらしい。
カカシの右目が驚きにちょっとだけ見開かれたから。
気を良くして、は更に言葉を募らせる。


「折角会えたのに声も聞けないなんて淋しいですよ」
「………俺の声なんて気かなくったってへーきなんじゃないの?」


……まるで駄々っ子だ。


「平気じゃありません。……カカシさんの声、大好きなの知ってるでしょ
う」
「そーだったっけ?」
「そーですよ」
「……でも、俺よりアンコの方が好きなんでしょ?」
「だから、それは違うって言ってるじゃないですか」


今度こそは隠さずに大きく息を吐いた。
こんなに面倒なことになるのなら、カカシの抱擁を拒否するのではなかっ
たと後悔しても後の祭りというもので。
の仕事帰りを狙ってわざわざ飲みに誘いに来てくれたアンコにすら
八つ当りたい気分になってくる。


「折角さ、キッツイ任務終らせて急いで帰ってきたってのに、さん
はアンコに抱きつかれてにやけてるし、慌てて俺が取り返して抱き締めよ
うとしたら拒否られるしさ……」
「や、だからそれは」
「俺はさんの恋人なのに、なのにアンコは良くって俺はダメってど
ういうことよ」
「……恋人だからですってば」


ぼそりとが口にした途端にカカシの口元が更にへの字にひん曲がっ
た。


「あーっ、もうっ!」


「わけがわかんないよ」と訴えるその表情にとうとうは箸を卓に戻
すや勢いよく立ち上がった。
そのままズカズカと回り込んでカカシの前に仁王立つ。
睨みつけるように見下ろした先では、突然の展開に珍しくカカシが狼狽え
ていた。


、さん?」
「どーせ、口で言ったって聞いてくれないんだから! だからちゃんと理
由を直接『見せて』あげます!」
「え? み、見せるって、何?」
「いーから、立つ! Stand up!」


「は、はいっ」と返事しつつ直立不動の体勢をとってしまったのは、
の迫力に押されたせいかはたまた軍隊式社会で生きてきた者に共通する性
なのか。
しかしそんな自己分析をする暇すらカカシには与えられなかった。


間髪を入れず、が抱き付いてきたから。


「え? ちょっ? さんっ?」
   カカシさん」


驚きつつも両腕はしっかりと柔らかい身体を抱き締めているのが我ながら
素直だなどと呆れるカカシの腕の中で、ゆっくりと、意を決したように
は顔を上げた。


「……今、私どんな顔してますか?」
「どんなって……ん〜怒ってる、ような、照れて恥ずかしがってる、よう
な、それでいて、なんとな〜く嬉しそうな感じもしなくもなくて……」


紅く色づいた頬とか、心なしか潤んだ瞳とか、ぶっちゃけものすっごく美
味しそう……カカシは内心を悟られないよう、実は少なからぬ努力をして
顔を引き締めていたのだが、は違うように考えていたようだ。


「すごく締まりがなくて緩んだだらし無い顔してるでしょう?」
「は?」
「だって、仕方ないじゃないですか。カ、カカシさんに抱っこしてもらう
の、すごく気持ち良いんですよ?! そりゃ顔だって緩みますともさ!」
「は、はぁ…」


あまりに認識が違いすぎて、呆気に取られている間に「そんなことは微
塵も思ってはいない」と告げるタイミングをすっかり逃してしまった。


「自分で抱きついたってこうなるのに、カカシさんってばいっつも突然だ
から、人目があるって分かってても顔取り繕うなんて出来ないし、恥ずか
しいじゃないですか」


それは、つまり。


「…照れてる?」
「……悪かったですね」


どーせキャラじゃありませんよ。
ぷくりと膨れた頬でさえ、どこか甘えを含んでいて。
さっきまでの不機嫌ぶりもどこへやら、カカシはくつくつと喉を鳴らしな
がら抱き締める腕に力を篭めての身体を自分へと押し付けた。
「むにゃっ」苦しそうな声を上げはするものの、は抜け出そうとす
るどころかむしろその逆に擦り寄る素振りさえ見せる。満足そうなその様
子に、一層カカシの笑みも深くなる。


さんってさー、意外とアレだよね」
「何ですか?」
「ツンデレ属性?」
「なっ?!」
「あ、でもツンツン尖ってるわけじゃないからちょっと違う?『
生』のときはしっかりしてるって言うか安心感みたいなのがあって、こっ
ちが甘えたくなるくらいなのに、実は結構甘えたがりサンだよね〜」
「あ、な、なななな」
「俺の前でだけ甘えんぼうになるって、ちょっとイイかも〜。庇護欲とか
独占欲とか支配欲とかその他諸々煽られるなぁ」
「そっ、その他諸々って何ですかっ?!」


というか、その他以外にも色々やばそうなものが含まれていた気がするの
だが、それを問い詰めることはには出来なかった。


「ん? 知りたい?」


にっこりと笑んだカカシに危機感がしっかりと掻き立てられたから。
そしてその勘を裏付けるように背に回されていたはずの手が、気が着けば
もっと下のあらぬところをさわさわと撫でさすっていたりしたら…


「カ、カカシさん?!」
「ん〜? 何?」
「い、いや何ってあのっ、ご飯まだ途中っ」
「あ〜」


そう言えば、とちらりと視線を向けた先には半分以上が食べ残されている
の食事。

と、

ご飯一粒まですっかり食べつくされた食器が並ぶカカシの側。


「俺はもう食べちゃったもんね〜」


言い様、の身体はひょい、と抱え上げられた。
向かう先は勿論のこと、寝室で。


「わ、私まだ食べ終わってないっ!」
「後でね〜。今は俺にさん食べさせて」


絶対今、語尾にハート付いてた!


「にぎゃ〜!!」
「はっはっはっ」


手足をばたつかせてもびくともしない。
忍者の身体能力が恨めしいだった。



next.


背景写真提供:be sweet on...様(リンクページからどうぞ)