「今日は、病院へは行かないのか?」
柳の問い掛けに、は暫く迷っていたようだが、やがてこっくりと頷いた。
「……幸村は待っていると思うが?」
初めは、真田と一緒でなければ見舞いに行かなかっただが、それも最初の2・
3回のことで、幸村と打ち解けて話せるようになってからは週の半分は一人でも彼
を見舞うようになっていた。
柳もそれを知っていての問い掛けだったのだが。
はただ、首を横に振った。
SHALIMAR
玄関先で柳に礼を言って別れた。
ドアノブに手を掛ける前に、一度目を閉じて深呼吸するのが癖になってしまっている。
自分の家のドアを潜るのに覚悟がいるなんて、とは心の中で自嘲した。
「……今のは誰?」
帰宅した途端、飛んでくる誰何の声。
鞄を置く間もなく。
「…ただいま、お母さん」
「、答えなさい。今の男の子は誰?!」
「…っ」
掴まれた肩が軋んだ。
「役立たずだな」
遠慮会釈ないその評価に、柳は苦笑するしかなかった。
「ちゃんを怯えさせてどうするんだ。俺は、彼女を気に掛けてやってくれと
は言ったけど、怖がらせろとは言わなかったぞ?」
「すまない、あの反応は予想外だった」
まさか、あの程度の質問がそれほどまでにを動揺させるとは思わなかったのだ。
何を恐れているのかと、訊ねただけで。
はさっと顔色を変えて、それからはすっかり口が重くなってしまった。
話しかければ身振りや視線で反応は返すものの、口を開くことはほとんどなく、視
線もずっと足元に向けられたままで。
逃げ出さなかったのは、ただ柳の足ならすぐに追いつかれてしまうと分かっていた
からなのだろう。
そんなつもりもないし、もそうは思っていないだろうが、なんとなく、弱い者
いじめをしたようで後味が悪い。
「やはり、データ不足のまま行動に出るのはリスクが大きいな」
「……まぁ、いい」
柳が、彼らしくもない失態に些か落ち込んでいるのを見て取ったのか、幸村はベッド
の上で軽く溜息を落とすと、
「で、何か分かったか?」
気を取り直して訊ねた。
「ああ、時間が足りないのでとりあえずは家庭環境くらいだが」
「構わない」
「……しかし、本人の承諾もナシにこういうことを調べるのは気が進まないな」
柳の渋面に幸村も「俺もだよ」と苦笑する。
「だけど気になるんだから仕方がない。ちゃんは絶対に自分からは話してく
れそうにないしね」
なにせ、幼馴染であれほど慕っている真田にすら何も話していないのだ。
「できれば、本人の口から聞きたいところだけどな」
それを望むのはまだ時期尚早だと嘯く幸村に、柳は「自信過剰は嫌われるぞ」と苦
笑した。
「、俺たちと同じ立海大付属中の3年生。成績はまずまず……まあ、
中の上といったところだな。今のところ付属高への進学希望らしいから、その点は
問題なさそうだ。目立たない、大人しい、真面目というのが周囲の概ねの評価だ」
「まぁ……そうだろうね」
常のの様子を思い出して頷く。
但し、「本当にただのおとなしい子かどうかは疑問だけどね」と付け足して。
が時折見せる生気に満ちた表情、あれが本来の彼女なのだと思うから。
「両親は3年前に別居。離婚が成立したのは去年で、親権は父親にあるらしいが、
通学の都合上、中学卒業までという期間限定で母親と同居しているらしい」
「……離婚?」
「父親の方に非があったようだな。慰謝料として母親に家を明け渡している」
「そうか…」
今時、両親の離婚など珍しいことではない。
だがそれでも板ばさみになる子供の心には傷が残るのだ。
『家庭の崩壊』
世間にありふれた事象でも、当事者にとっては唯一の。
「辛かっただろうね」
「……そうだな」
父親に引き取られたにも拘らず、期間限定で母親と暮らす日々。
は何を思ってその生活を受け入れたのだろう。
それは想像するしかなくて。
「……だけど、それだけじゃ彼女のあの怯えを説明できないな」
これだけではピースが欠けている。
まだ充分じゃない。
暫くの沈黙の後、幸村が呟いた。
それから1週間、は姿を現さなかった。
学校にも。
幸村の元にも。
next.
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久し振りに更新。
そろそろ先が見えてきました。