木曜日の『幻の』図書委員に関する噂は以下の通り

1、木曜日の図書室で委員をしている(筈の)彼女に会えると、その日から1週間は
良い事がある。

2、幻の図書委員に書いてもらった貸し出しカードはお守りになる。

3、木曜日の図書室以外の場所で彼女に会っても、幸運の効果は無い。

4、幻の図書委員はかなりの美人らしい。

5、幻の図書委員は実は十年前に自殺した幽霊だ。









SHALIMAR










「なんだ、それは」


真田の呆れ返ったと言わんばかりの一言に、赤也は「でも、ホントにこういう噂が
あるんですって」と悪びれずに笑う。


「馬鹿馬鹿しい。特に5番は何だ。を幽霊などと、失礼にも程があるだろう」
「……私、生きてるのに」
「いや、まぁソコは噂のオヒレってやつですけどね」


沈み込んだの表情に焦る赤也を、柳が「俺もその噂は知っている」と援護する。


「おそらく、二人いるはずの図書委員が木曜日に限って一人しか見られないことから
派生した噂だろう。俺も噂を聞いてから何度か木曜日に行ったことがあるが、貸し出
しカウンタに座っているのはいつもさんのようだな」
「そうなのか?」
「あ、うん。私は棚返却とか、書庫整理とかしてることが多いから……ちゃん
はカウンタ業務のほうが好きだって言うしね。だからいつもカウンタはちゃん
に任せちゃうの」
、苦手な事を他人に押し付けるのは感心せんぞ」
「………ごめんなさい」


しかつめらしく諭す真田と肩を竦めて縮こまるの図は、兄妹を通り越して、既
に親子の図である。そこに「まぁまぁ」と割って入ったのは柳生だった。


「適材適所、という言葉もあるでしょう。苦手を克服する事も大切ですが、限られた
時間内で効率よく仕事を完了させなくてはならないさんの立場も考えて差し上
げないと」
「む…」
「ありがとう、えと、柳生…君?」


柳生の微笑につられるようにして、小さくが笑んだ。
それはまるで幼い子が親の体の陰から顔だけ出して挨拶しているようで、柳生はその
頭を撫でようと無意識に伸ばしかけた自分の手に気付いて旨の内で苦笑した。

成る程。
これでは。

真田が彼に似合わず過保護振りを見せるのも頷ける。


「私をご存知でしたか」
「あ、ごめんなさい。真田君と同じ部活だし、それに……テニス部の人たちは有名だ
から」
「そうですか。いえ、さんが謝られることはありませんよ。柳生比呂士です。
改めまして、宜しくお願いいたします」
「こちらこそ宜しくお願いいたします、です」


自然に耳に入ってくる彼等の名前を、それでも自信無さげなのは、が噂話に疎
いせい。
しかし、残念ながらこの場に集まっているのはそのことに気付いてしかも気遣うよう
な細やかな神経を持ち合わせているような面々ではなかった。


「俺は? ねぇ、俺の事は知ってる?」


真っ先に鼻先を突っ込んできたのはやはりと言うか、物怖じしない赤也で、


「うん。確か、切原君、だよね? 2年生の」
「そう! 2年生エースの切原赤也!! ヨロシクっす!」
「宜しく」


ずいっと差し出された手をが軽く握った途端、ぶんぶんと振り回された。
満足そうに、そしてどこか嬉しそうに目を細める彼はやはりどこか猫っぽい。隣で
真田に先輩に対する口の利き方について説教されながらもへこたれない彼に
はくすくすと笑い声を漏らした。


「俺は柳蓮二、宜しくな」
「ジャッカル。ジャッカル桑原」
です。宜しくお願いいたします」
「幸村精市です。って、俺も挨拶するべき?」


律儀に会釈を返すに幸村がおどけてそう言えば、は一瞬目を瞠った後
に、今度は声を上げて笑った。


その、高過ぎず、低くも無い耳に心地よい笑声に


「おっ前ら! 俺を除け者にしてカワイコチャンと仲良くなるなんてズルイぞ!」
「抜け駆けはいかんのぉ、抜け駆けは」


不機嫌MAXで怒鳴り込んできたブン太と仁王が病院の婦長にこってりと絞られた
のは言うまでも無い。












気が付けば、帰途に着く頃にはすっかり日が暮れていて。

一人、二人と零れ落ちるように騒がしかったテニス部メンバーたちとも別れて、月
明かりの中、真田と並んで歩く道はなんとはなし寂しさを感じた。


「どうした?」


そんなの様子に気付いた真田が気遣わしげに足を止めた。
背を丸めて顔を覗きこむが、は「なんでもない」とその視線を避けるだけ。
けれどその表情が思いつめた時のそれでないことを真田は的確に読み取って、「そ
うか」と一つ頷いた。


「疲れたか?」
「え? ううん、平気」
「そうか」
「うん。…いきなり人が増えてたのにはびっくりしたけど」


そうが言えば、真田は溜息をつきながら


「すまなかったな。あいつらが来るとは思ってなかった」


そう言って、そっと頭に手を置かれる。
不器用に髪を撫でるその手を、は不思議と昔から好んでいて。
理由を聞けば、安心すると言われた事もある。

だから、真田は意識しての頭を撫でる。


「曲者揃いだし、騒がしいことこの上ないが、あれで根は良い奴ばかりだ」
「うん」
「ただ……少しばかり馴れ馴れしいがな」


苦々しく付け足されたその一言に、は短く笑って、


「大丈夫。今日は楽しかったよ。だから平気」


ぎゅっと真田の袖を握り締めた。
「そうか」と真田はまた先ほどと同じように頷いて、止めていた足を動かし始める。
も、追いかけるように足を動かした。


「ねぇ、弦ちゃん」
「何だ」
「幸村君は、寂しいよね、きっと」


だって、ずっとあの楽しい気の置けない人たちと一緒にいたのに。
の呟きに真田はを振り返る。


「……そうだな。弱音を誰かに漏らす奴ではないが」
「弦ちゃんたちにも?」
「ああ。聞いたことが無い」
「……強い人だね」
「ああ。あいつは強い。誰よりも」


でも、淋しいね。
声に出さずに口の動きだけで呟いて、は空を見上げた。





三日月でも満月でもない、中途半端に丸い月は、それでも漆黒の闇へ上り、皓々と
下界を照らしていた。






「私も、強くなれるかな」
「なれる。幸村のような強さではないかもしれないが、きっと」








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1日目、終了。(やっとか)