初めて話した男子テニス部の部長さんは、意外なほど明るく屈託なく笑う人だった。







SHALIMAR










第一印象は「気持ち良いくらい明るく笑う人」だった。
………この人、いつまで笑ってるんだろう?
苦しくならないのかな?


「あの、泣く子も黙る「皇帝」が、弦ちゃん!」


悪気はなかった。

つい、本当にうっかり。
弾みで呼んでしまったのだ。
「弦ちゃん」と、二人っきりの時にしか使わない呼称を。




そうしたら。




目の前には、あははははっと声を上げ、腹を捩り、涙まで浮かべて笑う幸村と、対照
的に苦虫を1,000匹くらい一度に噛み潰したような表情の真田。


「……げ…真田君、ごめん」


いたたまれなくなって、ツイ、と袖を引いて謝った。


「構わん。……こうなるだろうとは予想していたからな」


憮然としてそう言われ、そういえば呼び名に関して口止めはされなかった事に思い当
たる。

だとすると、揶揄われるのを覚悟してを連れてきたのだろうか?

……どうして?

怪訝そうに小首を傾げて自分を見上げてくる幼馴染の頭にポン、と手を置いて、真田
は不思議そうに見上げてくるに「何か飲物を買ってきてくれ」と財布を渡した。


「あ、うん」
「あれだけ笑えば喉が渇くだろうからな」
「えと、何にしよう?」


首を傾げるに真田は「茶で良い」と一言だけ告げる。



さん」


幸村も何も言わないので、同じで良いのだろうと判断して立ち上がったを、柔
らかな声が呼び止めた。


「はい」
「自販機は、エレベーターで地下2階に下りて左の奥の突き当たりだから。宜しく」
「……はい」


病院の内部構造って判りづらいから気をつけて。
やけに綺麗な微笑みに戸惑いつつ返事を返して、は病室を出た。


「悪いな、弦一郎」
「構わん。気にするな」


ドアを閉める寸前、そんな二人のやり取りが聞こえて、口調は変わらないけれど打ち
解けた真田の声音に、ああ本当に仲が良いんだなと改めてそんなことを思った。










「……さて、そろそろ話してもらえるかな?」


小さな足音が完全に消えるのを待って、幸村は僚友へと水を向ける。


「何をだ?」
「おい、わざわざさんに席を外させたくせに、それはないだろう?」


わざとらしく惚ける真田は意外にポーカーフェイスが上手い。
仕方なく―――しかし彼がこの駆け引きを楽しんでいるのは、その表情からしてあき
らかだった―――、幸村は不自然な点を一つ一つ挙げていく。


絶対に部外者を同伴する事などなかった彼が幾ら幼馴染で信頼できるからとはいえ、
を連れて来たこと。

律儀な彼がそのことについて事前に連絡を入れてこなかったこと。

今まで真田にという幼馴染がいるなどと知らされていなかったこと。

その隠していた関係を今になって幸村に明かしたこと。


「蓮二でなくてもお前らしくない行動ばかりだと言うだろうな。おまけにわざとらし
く飲物を買いに行かせたりして、俺に何を話したいんだ?」
「心外だな。を行かせたのは本当に喉が乾いたからだとは思わないのか?」
「飲物ならそこの冷蔵庫に幾らでも入っているのは知ってるだろう」


目線で示されたベッドサイドの備え付けの小さな冷蔵庫の中には、見舞いの果物や
夜中に喉が渇いたとき用にと揃えられたドリンクが詰まっているのは、何度も見舞い
に来てそれを振舞われているいる立海大レギュラー陣なら周知の事実だ。
今更「知らなかった」は通用しない。
勿論、幸村も真田の意図する所を分かっていて敢えてに病室からは遠い売店の
場所を告げたのだが。

真田が、覚悟を決めたようにふぅっと息を吐いた。


「……少しでも、刺激になればと思ってな」
「?」
「気がついているだろう? はさっきから一度もお前に話しかけていない」
「……ああ、やっぱりあれは意図的だったんだ」


幸村が何かを言えばそれには応える。
だが、幸村にから話しかけることはなく、その必要があるときは真田に問いか
け、彼を通して幸村の回答を得られるように仕向けていた。


「単に恥ずかしがってただけだと思ってたけど」
「……まぁ、本当のところはそんなものなのかもしれん。単に俺が気を回しすぎてる
だけなのかもしれないんだが、どうもあいつのことになると心配で」


まじまじと。
思わずまじまじと真田の顔を見てしまったのも仕方のないことだろう。

「あの」真田が片手で口元を押さえ、ほんのり頬を染めているなんて。

テニス部員たちがここにいたら、携帯のカメラで撮っておきたい!と叫んだに違いな
い。長い付き合いの幸村でさえそう思ったのだから。


「……女心は複雑だからね」


とりあえず、そんな言葉で曖昧に応じると、真田は深々と頷いた。


「長い付き合いだが、年頃の女子の考える事など俺には判らん」
「弦一郎……それはちょっとオヤジくさい」
「!!」










中から楽しげな笑い声が聞こえてきて、は一旦ノックしようとしていた手を止
めた。
話を中断させてしまっては申し訳ないと考えるのは彼女が部外者だからか。

それでもいつまでもこうして戸口で立ち尽くしているわけにもいかず、は覚悟
を固めるように一度小さく頷いて、コツコツとドアを叩いた。


「どうぞ」


聞こえないかと思ったほど控えめなノックは、しかしちゃんと柔らかな応えを得た。
ゆっくりと戸を引き、ギリギリ自分が通れる幅だけ開けて、身体を滑らせるようにし
て病室へと入った。


「なんじゃ、猫みたいな入り方じゃのぅ」
「仁王君、初対面の女性に失礼ですよ」


聞き慣れぬ声にびくり、の肩が震えた。
顔を上げれば、見知らぬ…否、学校の校舎内で一方的に見かけたことだけはある面々
がじっと値踏みをするように彼女を見ていて。
その数の多さには圧倒されてしまう。


「げ、………真田、くん」


救いを求めるように幼馴染の顔を捜す。
その真田がチームメイトたちを押しのけて自分の名前を呼ぶのが聞こえたが、


「あ〜あ、仁王。怖がらせてどうすんだよ」
「仁王先輩じゃなくってジャッカル先輩の顔が怖いんじゃないっすか?」
「俺もそう思うぜぃ」
「なっ、赤也!! ブン太!!」
「弦一郎に君のような幼馴染がいたとはな。データに加えておかなくては」


押し寄せるような会話にそれすらかき消されてしまうようで、ただただ立ち竦むばか
り。眼鏡を掛けた穏やかな物腰の少年に椅子に座るよう促されても、抱えた腕の中か
ら赤毛の少年に自分用にと買ったミルクティーの缶を抜き取られても、は身動
き一つできなかった。


「お前たち! いい加減にしろ!!」
「その辺にしておかないと……怒るよ?」


威厳の篭った怒声と静かな制止と、怒涛の勢いを止めたのはどちらだったのか。

「しまった」と蒼い顔で振り向く部員たちを他所に真田はへと駆け寄り、幸村
は穏やかな笑みは変わらないながら、


「俺のお客に無礼は振る舞いは許さない」


きっぱりと告げた。


、大丈夫か?」
「あ……あ、うん。へーき」


ちょっと、びっくりした。
取り繕うように笑むに真田の眉間の皺が深くなり、それを見た部員たちの顔色
も比例するように色を失くしていく。

真田に手を引かれるままに枕元近くの丸椅子に腰を下ろしたを確認すると、幸
村は丸井を呼んだ。


「な、何だよ?」
「その紅茶はさんのだよ」
「えっ、あー…っとぉ」


言われて手もとを見ても、それは既に半分近く飲み干した後。
今更返す事もできず、視線はと缶とを往復する。幸村を見ないのは怖いから。


「ブン太」
「……買ってくる」
「え? でも弦……真田君、私べつに」
「ああ、仁王にも行ってもらおうか。さんの分と他のメンバーの分、二人の奢
りってことで」
「ええーっ?!」
「何で俺も?」
「初めにさんを怖がらせた罰」


ブン太の抵抗も仁王の不満も笑顔一つで封じ込める。
真田の袖を引っ張って辞退の意向を示すはこの際あっさり無視された。


「90秒だ」
「廊下は走るなよ、丸井。仁王」
「普通に無理だろぃ、それ!」
「プリッ」


文句を零しながらも部長・副部長には逆らえないのか、二人はかなり慌て気味に病室
から出て行った。


「ごめんね、さん。無作法な奴らで」
「いえ、あの。……私の方こそごめんなさい」
「ん?」
「……これくらいのことであんなに驚いたりして」


は俯いてしまったから、気付かなかった。
幸村の視線が一瞬だけ鋭くなったことにも、真田の表情が強張ったことにも。


「いや……騒がしい奴らだからね、驚いて当然だよ」


にこりと微笑むその表情のどこにも痕跡など残っていなかった。


「ん? …?」
「どうした、赤也」


ちょっとすんません。
断りを入れながら先輩たちを掻き分けて赤也が前に出た。

ぐいっと肩を引かれたと思った次の瞬間には、目の前には焦点が合わないほど近くに
迫る赤也の顔。


「?!」
「赤也っ! 何を」
「あーやっぱり」


鋭い瞳が不意に懐こい猫のそれに変わる。
真田に力づくで引き剥がされながらも、満面の笑みはそのままで柳生を呼ぶ。


「何ですか? 赤也君」
「ほら、この人っスよ。前に言ってたっしょ」
「赤也! 人を指差すとは何事だ!!」
「弦一郎、病院内で怒鳴るな。後で苦情を言われるのは幸村だ」
「あ、ああ。すまん」
「構わないよ。それより赤也、さんがどうかしたのか?」


幸村に促されて、「だから、この人なんだって!」赤也はその目をキラキラと子供の
ように輝かせた。

びしっとを指差して。




「木曜日の『幻の図書委員』!!」







「……ふぇ?」








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書き直し第2話。
1話目と違ってごちゃっとした感じにしたかった……のに、五月蝿いだけになって
しまった。
何故。