私の鞄には、一ヶ月前からあるものがずっと入ってる。

一ヶ月前に行き場を失くしてしまったそれを捨てる事も、代わりの行き場を見つけることも出
来ないまま、私はずっとそれを持ち歩いている。



これは、私の恋心そのもの。








OMNIA









私の好きな人はとても人気がある。
だからといっていつも誰かしらが彼を取り巻いているわけではなく、むしろ彼は一人でいるこ
との方が多いような気がするのだけれど、それでも少しでも注意を引こうと彼に話しかける人
は多く、そして彼はそんな人たちを器用にあしらってすり抜けていってしまう。

掴み所のない人。

こんな言葉がここまでぴったりくる人を私は他に知らない。
そして私はそんな人に心惹かれてしまった。


「誰に渡すん?」
「……え?」


唐突に話しかけられた。
あまりに唐突過ぎて、自分に話しかけられているのだと分からず、きょろきょろと周りを見回
してしまったほどだった。
それまで同じクラスになってもまともに話したことなんてなかったのに。突然だった。


「本命、じゃろ?」


人差し指で鞄を指されて、漸くその中に入っているものを見られてしまったのだと気付いた。
一瞬で頬が熱くなった。
当然だと思う。
渡したいと思っていた相手にそんなことを訊かれて、「貴方にです」と答えられるのは一昔前
の少女漫画のキャラクターだけだ。


「……仁王クン、は、どう? 沢山貰ったんでしょ?」
「数を貰えれば良いってもんでもなかろ」


顔の赤さを誤魔化すように訊き返せば、彼は何故かひどく苦く笑んだ。
それで分かってしまった。



アア、彼ニハ好キナ人ガイルンダ。



わたしのチョコレートは鞄から取り出されることすらなく、行き場を失った。








捨てようと、何度も思った。
……どうしても捨てられなかった。

自分で食べてしまおうかと思った。
……そんなこと出来るはずなかった。

誰かにあげてしまおうかと思った。
……それは嫌だった。


鞄の底に捨てきれない未練を沈めて、気がつけば1ヶ月が過ぎていた。
見事に恋を成就させたコも、お返し狙いの義理を配りまくっていたコも、逆にお返しを返さな
くちゃならないコも、今日は皆そわそわしてる。


さん」


声を掛けられて振り向けば、彼がそこにいて私を見下ろしていた。


「仁王くん。どうしたの?」
さんを見込んで、折り入って頼みがある」


一ヶ月前のあの日以来、私たちは時折言葉を交わすようになった。
と言っても、彼が寝ていて訊いていなかった授業のノートを貸したり、プリントを集めるのを
手伝ってくれたりする程度だったが。

結局、あの日に彼は意中の人からのチョコレートは貰えなかったらしく。
翌日になって私の方はどうだったのかと訊かれて、正直に「渡せなかった」と答えた。
きっと私たちは『あの日に失恋した者同士』という奇妙な連帯感を持ってしまったのだろう。


「頼み?」
「今日は14日じゃろ? お返しを買いに行くのに付き合って欲しい」


ドクッっと心臓が震えた。


「あの、今から買いに行ったんじゃ、皆帰っちゃってるよ? 間に合わないんじゃない?」
「『皆』の分なんかいらんから。買いたいのは一人分だけ。ちゃんと、今日中に渡せるように
段取りはつけとるし」
「ひとり……? で、でも、本命さんにチョコレート貰えなかったって、言ってなかった?」


この時。

私は笑えていただろうか。
不自然に指が声が震えていなかっただろうか。

何も覚えていない。
ただ、


「今日はバレンタインの逆の日じゃろ。だから、本当は『お返し』やのうて、チョコレートの
代わりってこと」


初めて見る照れ臭そうな彼の微笑みだけが目に焼きついて離れない。










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