やってきました那覇空港。
「うわー! 空気があったかい!」
「……初めて沖縄に来た感想がそれかよ」
「まぁ、素直でいいよね」
景吾君に呆れられ、滝君に頭を撫でられました。
La Dolce Vita
〜邂逅相遇 南の島の刺客たち〜
ここでも迎えのリムジン(やっぱりか!)に詰め込まれ、辿り着いた榊先生個人所有の『別荘』は……。
うん。
予想はしてたよ。
榊先生の別荘って言われた時点で、ある程度は、ね。
でも、でもでもでも!
何ですか、この無駄に広いお屋敷は。
迎えに来てくれた管理人さん夫妻によれば、このお屋敷にはテニスコートが2面と室内プールとトレーニングルームがあるんだそうな。客室数はなんと16室。当然、それだけのお客を収容しても困らないようにキッチンやら娯楽室やらの設備も充実。
「……宍戸君」
「なんだよ?」
「これ、別荘? そんな呼びかたして良いの? 日本語的に間違ってない?!」
私の訴えに彼は苦笑いを浮かべ、一言のたまった。
「その内慣れる」
その目が遠い何かを懐かしむような、私の反応を羨むような、微妙な色合いを見せていたのが涙を誘ったよ……
「こちらが、お嬢様のお部屋でございます」
案内された部屋に入った途端、はしたなくも声を上げてしまった。
一面に張られたガラス戸の向こうには、ここだけで皆でバーベキューが出来るんじゃないかと思えるほど広さのある、レンガを敷き詰められたテラスがあり、その向うに見えるのは、一面の紺碧。
車で来たときには気付かなかったが、どうやらここは切り立った崖の縁に建てられているらしい。視界を遮る無粋なものは何一つなく、鮮やかな海と空を眺められるよう、椅子とテーブル、それにデッキチェアまでもが置かれている。
「すごい」
もう、その一言しか出てこない。
管理人さんの奥さん フミ子さんというらしい はそんな私の様子を嬉しそうに目を細めて見ている。
「長旅でお疲れでしょう。少し休まれますか?」
「あ…えと」
自分ではそれほどでもないと思っていたのに、ベッドに腰を下ろした途端にありえないほどの重力を体に感じた。
逆らえずに体を倒したところで記憶は途切れた。
自分ではそれほど、と思っていなかったのはやはり久し振りの旅行で浮かれていたせいだろう。身体はしっかり負担と疲労を訴えていたらしく、夕飯の準備が出来たからと滝君が起こしに来てくれるまで、私が目覚めることはなかった。
翌朝 といってももう既に10時過ぎなのだけど 、私は一人で那覇の街に立っていた。朝っぱらから出てきたのは、その目的が結構な勢いで急を要するからであり、一人なのは今日は朝から景吾君たちにお客様が来る予定があるから、だった。
来客、とは言ってもそこは昨日も私が部屋で寝ている間、脇目も振らずテニスコートに直行していった彼らのこと、当然ながらテニス絡みで、地元のテニスの強豪校の同級生を呼んで打ち合うんだそうだ。
……地元の強豪って、もしかしてあのとんでも設定のドキサバに出てきた『比嘉中』なのかしら?
ちらりと思わないでもなかったけれど、それを景吾君たちに確かめることはしなかった。
どうせ、後になれば判ることだし。
それでも用事を済ませてさっさと帰ろう、と気は逸る。
だってもし私の予想が当たっていたら、あのリーゼント眼鏡の木手君やワンコのような甲斐君と会えるんだし。このチャンスを逃す手はないわよねっ。
「様?」
はっ。
握りこぶしを固めてその場から動こうとしない私を怪訝に思ったらしい運転手さんに「ご気分でも…」と心配げに声をかけられてしまった。
「あ、ははは。なんでもないんです。ちょっと、気合を入れてたというか…一人で買い物なんて久し振りなので……」
「そうですか。心細くていらっしゃるのでしたら、私で宜しければ荷物持ちとしてご一緒させていただきますが」
「いや! いいんです、大丈夫!」
「ですが…」
流石は榊先生の運転手さん。
心配りが行き届いてる上にとても紳士的で親切なのは素晴らしいのだけれど、久し振りに手に入れた一人の時間という名の息抜きタイムを邪魔されるのはいただけない。多少恥ずかしげな素振りで「一人でないと買いにくいものもありますので・・・」なんて台詞まで口にして、漸く納得してもらった。
そう。
本日の私の目的はそのものズバリ、お買い物。
何せ着の身着のままで連れて来られたのだ。
アメニティグッズはともかく、着替えが全くない。
……何故か下着だけは上下とも豊富に揃っていたのだけれど、しかもジャストサイズなんですけれども、その辺の個人情報は跡部の家の春子さんからフミ子さんへ流されたものだと信じたい。間違っても榊先生や景吾君が選んだなんてことは……考えたくない。
……妙に派手なデザインのものが多かったけど、あれはきっとフミ子さんの趣味なんだ。それか、若い子向け、とかって気を使われた結果ちょっと方向性を間違っただけなんだ。うん。そうに違いない。……そうであって欲しい。切実に。
とにかく、先ずは半袖のTシャツだ。
勢い込んで一歩踏み出したまでは良かったのだけれど、その分足元が疎かになっていた。
杖の先がアスファルトの裂け目にものの見事に嵌ってしまったのだ。
それに気付かなかった私の身体は当然前に出ようとして、グラリ、と傾いた。
「う、わっ!」
とっさに身体を支えられる力は私の足にはまだない。
次に来る痛みを覚悟してぎゅっと目を瞑り、身体を縮こませた、の、だ、けれど。
「っあ〜、っぶね…」
その声はすぐ後ろから聞こえてきた。
力強い腕は私のお腹に回され、支えてくれてる。
「え? あれ?」
「やー、しかまさんけー」
「え? え?」
「りーん、いきなり何やってるさー」
「あい? そんいなぐはやまとんちゅーやっさ」
「やー、平古場の知り合い?」
いなかった。
さっきまで近くには誰もいなかったよ?!
なのになんでこんなにでっかい人たちに囲まれてるんですか、私。
「えーと、えーと……」
うん、とりあえず。
「あの、助けていただいてありがとうございます」
無理矢理首を巡らせて、後ろの人に言った。
ついでにぺこりと頭を下げる。
「おう」という短い返事と共に開放された身体を立て直すと、周りの人たちを改めてぐるりと見回した。
………うっわ、ヤバイ!
助けてもらっといてなんだが、思わず腰が引ける。
背の高い黒髪の人は前髪にシルバーのメッシュ入れてるうえに滅茶苦茶目つきが怖いし、その隣の人は顔つきだけ見たら優しげだけど上にも横にも体格が素晴らしく良いので近くにいるだけで圧倒されるし、助けてくれた後ろの人は金髪長髪だし、とっつきやすそうなのは帽子被ってる子だけ……彼も長髪だけど。
でもって皆さんなんで私をそんなにじっと見てるかね!!
「あ、あの……なにか?」
ヤバイヤバイヤバイ! 何か目ぇつけられた?!
内心でビクビクしていたら、帽子の子がにっこりと笑った。
「やー、これからどこ行くんばー?」
「え…あの、買い物。洋服、買いたくて」
「土産か?」
「ううん。自分の……昨日、急にこっちに連れてきてもらったから、着替えがなくて」
「急に?」
「うん。中学の卒業式終ってすぐ飛行機乗ったから」
「はぁやぁ」
「だったらわったーと同い年やっし」
「え? あ、そうなんだ」
同い年だからなんだと思わなくもないが、ちょっとした共通点を見つけると親しみがわくのが人間というものだ。
それに、話しているうちに何となく判ってきたが、彼らは見た目はちょっと怖いが、基本的に良い人らしい。私が持っていた小さなガイドブックを開いて、オススメのショップやケーキのおいしい喫茶店を教えてくれた。
「甲斐君、平古場君、知念君、田仁志君」
色々と雑談なんかを交わして、馴染んできたかな、と思った頃だった。
低めの、とても私好みの声が聞こえてきた途端に、私を囲んでいた彼らが石化した。
そして、ギギギ…と軋む音が聞こえてきそうなほどぎこちない仕草でゆっくりと、声のした方へ身体ごと振り向く。
彼らの動きは全く一緒で、まるで誰かに操られているロボットのようだ。
でも、彼らが身体の向きを変えてくれたお陰で、私にもその声の主の姿が見えた。
のみならず、バチッと音がしそうなほどしっかりと目が合う。
「え…」
アンダーリムの眼鏡をかけ、一分の隙もなく整えられたリーゼント。
射すような、という表現も甘いと思える、それだけで心臓を貫かれてしまいそうな視線が暫し私の顔を眺め、「ほぉ…」それから未だ硬直したままの4人に向けられる。
「俺との待ち合わせ場所を目の前にしながらナンパに勤しむとは……良い度胸だ」
ニヤリ、と笑んだ口元に背筋が寒くなった。
「あい?!」
「いやっ、木手!」
「こ、これは違うさー!」
「道案内! 道案内してただけやっしー!!」
「そうだよなっ?」真剣な表情で同意を求められて頷くものの、後から来た彼は取り付くしまもなく
「後で……ゴーヤーですね。楽しみにしてなさい」
一方的に死刑宣告を下し、このご陽気にもかかわらずとても寒そうな顔色をした彼らを連れて去っていった。
そして、一人残された私は。
「うわぁ……生『ゴーヤー』聞いちゃったよぉ」
思いがけない遭遇にミーハー心をときめかせていた。
next.
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例によってうちなーぐちは適当です。