絶対、跡部君が我侭を押し通したに違いない。
ご両親とか使用人さんたちにすっごく胡散臭そうな目で見られるんだろうなぁ……でもってこれでもかってぐらい冷遇されちゃうんだ。そんなんだったら多少不便でも自宅(らしい家)で頑張る方がずっとマシだよ……。

数え切れない溜息と憂鬱を背負って過ごした週末も終わり、無事に退院の日を迎えると、テニス部の皆が手伝いに来てくれた。彼らとは、殆ど毎日交代で  というよりもむしろその日都合の悪い人が一人か二人欠けるといった感じだったけど  お見舞いに来てくれたお陰もあって、かなり親しくなった。


「色々と持ってかなあかん荷物が増えたやろ? 姫さんのっちゅうより、程度を知らん誰かさん達の差し入れで」
「ただの荷物持ちでも人数が必要かな、ってね」


忍足君と滝君が左右からこっそり耳打ちしてくれた。
実際その通りだったので、ありがたく皆の好意に甘えさせて貰う。


……ああ、それにしても。
遂にこの日が来てしまったか。










La Dolce Vita
〜案外意外な大歓迎〜










常識外だけど予想通りだったリムジンに乗り込むと、この先の自分の境遇を思い出してしまって溜息が出た。


「どうしたよ。疲れたか?」


向かいに座った宍戸君が気付いて顔を覗き込んでくる。
……イイコだなぁ、ホント。
やんちゃぶってるくせに不器用な優しさや面倒見の良さがそこかしこに滲んでて、お姉さんは微笑ましくって仕方がないよ。


「や、大丈夫。っていうか、むしろこの後の方が疲れそう」
「……あぁ、成る程なぁ」


たったこれだけで私の言いたいことを理解してくれたらしい宍戸君が苦笑する。


「まぁ、跡部んちは色々規格外だからな。最初は驚くだろうけど、すぐ慣れるって」
「……慣れる前に何か仕出かして追い出される方が早いような気がする……」
「いや、それはねぇんじゃないか?」
「何でそんなことが言えるのさー」


うっかり廊下に飾ってある李朝の青磁の壺とか躓いた拍子に蹴倒してしまったりしたらどうしよう。そんなの一生かかっても弁償できないっつの。
かなりあり得るんですけど。
私って粗忽者だし。


「行きゃ解るって。言ったろ、あそこの家はとにかく規格外なんだよ」


大丈夫だって。
そっと、頭に手を置いて軽く撫でてくれた宍戸君に心はちょっとだけ和んだけど。
それでも晴れてくれないどんよりよどんだオーラを背負いつつとうとう到着してしまった車から鳳君の手を借りつつ足を降ろした。車椅子を広げようとしてくれた樺地君にはお礼を言って、でも断る。
最初くらいは、頑張って自分の足で立ってお屋敷の  それはもうお屋敷レベルじゃなくて城だ!  皆さんに挨拶したい。人間、最初の印象が大事だ。

重々しい扉が音もなく滑らかに開くのを見つめながら、こっそり松葉杖に縋る手に力を篭めたのだった……が。


「おかえりなさい! 貴女がさんね?」


非常に身形の良い  しかもとっても美人!  年配の女性の出迎えにあっさり出鼻を挫かれてしまった。


「あ、あの…初めましてです」
「あら、ご丁寧に。でもいいのよ、そんな堅苦しい挨拶。あなたも今日からこの家の子なんだから。さ、疲れたでしょう? まだ立っているのも大変だって景吾さんから聞いてるわ。気を使わずに車椅子に乗って頂戴」
「あの、でも」
「いいのよ、さぁ。……そう、それでいいの。全く、退院したばかりだというのに貴女を立たせておくなんてやっぱり殿方は気が利かないわねぇ」


弾丸トークと言うには大分おっとりした話し方なのに、何故か口を挟めないし逆らえない。
ちろりと睨まれた跡部君は小さく舌打ちして前髪を掻き揚げた。


が自分で歩くと言ったんだよ。最初から車椅子に座ってたんじゃ失礼だからってな。止めても聞きやしねぇ」
「あら、礼儀正しい娘さんなのね。益々素敵。景吾さんとは大違い」
「……言ってろ」


びっくり。
あの跡部君がやり込められてる。
周りを見回すと、皆にやにやと意味ありげに笑っていて、驚いている人は一人もいない。
ってことは、これはいつもの遣り取りだってことね……流石の跡部君も親には勝てないってことか。


「さ、こっちよ。お茶の用意がしてあるの。跡部もそこで待ってるわ。あの人ったらもう朝からさんはいつ来るんだってずっとそわそわしてて落ち着かないったら。まるで動物園の熊みたいだったわ」


熊。
跡部君のお父様を、熊呼ばわり。
もうそれだけでスゴイ。
いや、会ったことはないけどさ。
ああ、でも今から会うのか……うわ、緊張する。
どんな人だろう。
やっぱり跡部君とそっくりなのかな?
お母様も美人だけど、それほど似てるって訳でもないし、だったら父親似ってことよね?
ナイスミドルな跡部君……い、いかん。想像するだけで顔が笑ってしまう。
お父様の顔を見た瞬間に噴出しちゃったらどうしよ……。











天井……白いなぁ。
照明も、結構シンプル。シャンデリアだったらどうしようかって思ってたけど…。
でも壁との接点とかに細かい細工が施されてて、シンプルだけど味気ない感じは全くしない。
ぐるん、と首を捻る。
木目が綺麗な家具たちも、飾りは殆どないけれど重みがあって、あれは絶対一枚板から作られてる。さすが跡部財閥。本当のお金持ちはお金の掛けどころがわかってるよなぁ。


「なに呆けてやがる」


ドスン、という音と共に、二人掛けのソファが揺れた。
跡部君がすぐ隣に倒れこむように座ったからだ。
他の子達は宛がわれた客室へ一旦引き取った。何故か彼らも今日はここへ泊まるらしい。


「……お行儀悪いよ?」
「顔色が少し悪いな。疲れたか?」


私の睨みなんて綺麗にスルーして、顔を覗き込まれる。
心配してくれるのはありがたいんだけど、その私の首の後ろというか後頭部辺りをホールドしている手はなんなんでしょうか。顔が近いんですけど。


「退院したばかりだしな。メイドに風呂の用意をさせるか?」


心配顔の跡部君は気にした様子もない。
天然か。
天然なのか、このナチュラルボーン・タラシめ。
そっちが気にしないんだったら、私も気にしないぞ、このぉ!


「大丈夫。ただちょっと……」
「アン?」
「いや…なんか……すっごい歓迎ムードだったね……?」
「ああ…」


跡部君のお父様は、とっても跡部君とそっくりでした。
でもってものっすごい大歓迎でした。
「お父さん」「お母さん」と呼んでくれとまで言われましたよ…。


「なんで?」


言っちゃあ悪いけれど、私は自分が誰にでも好かれる純粋無垢で超絶可愛い子、なんていう御伽噺のお姫様ではない。それどころか見た目は十人並み(それも、今は病み上がりで窶れているし筋肉がすっかり落ちて皮膚もたるたるだ)、性格はちょっと冷め気味で素直でない捻くれ者。おまけに今は外見こそ10代のぴっちぴちだが中身は30代のオバチャンという詐欺っぷり。
それでも跡部君たちが親しくしてくれてる理由は解るのだ。

彼らには罪悪感がある。
だから何度もお見舞いに来てくれたし、頻繁に顔を合わせて言葉を交わせば自然に親しくもなろうというものだ。

けれど、跡部君のご両親は違う。
今日初めて会ったのだ。
なのになにゆえこんなに歓迎ムード?


「変だよね? なんで?」


問いをもう一度繰り返すと、跡部君は眉間に皺を寄せて気まずそうに目を逸らした。


「それは…」
「それは?」
「…………実を言うと、俺にもわからねぇ」
「へ?」


なんですと?!


「だが、お前が昏睡状態のとき、何度か見舞いに行っていたらしい」
「え?」
「別におかしなことじゃねぇだろ」
「……まぁ、確かに」


息子が関わった事故の被害者を親が見舞う。それ自体は普通に有ることだ。


「おそらく、それで情が移ったんだろ」
「はぁ…成る程」


解るような解らないような……まぁ、いっか。
真相がどうでも、私にはありがたい話なのだし。


「そんなことよりも」


ぐっと跡部君の手に力が入り、私の頭が彼に引き寄せられる。
と思ったら、そっともう一つの手が私の頭を撫でた。


「本当に顔色が悪いぜ。今日はゆっくり休めよ」
「……うん。ありがとう」
「いい子だ」


ふっと笑う跡部君の目はとても優しくて……ものすごく色っぽい、ん、ですけど。
ちょ、コレ、本当に中学生ですか?!
ダメだろ、中学生でこんな色気持ってたら!
オバチャンときめいちゃうじゃん!!
無駄に好い声だしさ!!


「10日後には受験だしな」
「う…っ」


そうでした。
もうそんな一大イベントが迫っているのよね……あうぅ。


「なに暗い顔してんだよ。お前につけた家庭教師からは充分合格圏内の学力がついてるって話だぜ?」
「……ほんと?」
「ああ。このまま勉強を続けて、本番に下手打たなけりゃ大丈夫だろうよ」
「それが一番難しいんじゃんよー…」


ちくしょう。
受験なんてもうおさらばだと思ってたってのに。
おまけにコレが何とかなっても3年後にはまた地獄の大学受験が……って、言うほど必死に受験勉強したわけじゃないけど。お嬢大学で有名だけど学力的にはさっぱりの三流私立文系だったしなぁ。
むしろ今の方が必死に勉強してるんじゃないか?


「ま、精々ベストを尽くすんだな」
「おぅよ」


言われなくても。
わざわざ家庭教師までつけてくれた跡部家の皆さんの顔を潰すわけにはいかないもんね。
力いっぱい頑張らせていただきますともさ。

男らしく返事をしたら、跡部君はとても楽しそうに喉を鳴らして笑った。








next.
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跡部サマびいきは真逆のでふぉなので勘弁してください…。