「さむっ」


電車のドアが開くと同時に、小さく声を上げてしまった。
慌てて周囲を見渡して、ホームに人の姿が殆どないことに
ほっとする。
終電帰りも思わぬところで役に立つもんだ。


「ったく、クリスマスの夜だってのに」


何でこんなに働かすかな、うちの会社は。
ぶちぶちと不満を零すのは脳の中だけ。こんな人気のない深夜に
独り言がだだ漏れなんて端から見たら只の危ない人だ。
そんな事態は(かなりトウがたってはいるが一応)嫁入り前の娘さん
としては避けたいところで。

寒さに肩を竦めつつ、足を動かす。

てくてく、てくてく。

……それにしても、本当に寒い。
手袋に包まれているのに、指が痛みを訴える。
靴の中の足指も。


「……冬だなぁ」


何を今更、と思わないでもないが、先週まで妙に暖かかったせいで年の瀬だという実感に乏しかった。
通り過ぎる家々の電飾もどこかそぐわない気がしていたのだけれど。


「……あーらーのーのぉはーてにーぃ、ゆーうぅひぃわぁおーちて」


口を吐いて出てくるのは、幼い頃に意味もわからず覚えこまされた賛美歌。
こうして口ずさむ度に、子供の記憶力のすごさを思い知る。



「たーえぇなーるぅしーらべーぇ、あーめーよーりーひーびく」



荒野の果てに夕日は落ちて

妙なる調べ 天より響く



「ぐろーおおおおおーおおおおおーおおおおおーりあ。いんえくせるしすでーお」



Gloria in excelsis Deo

『いと高き処に神に栄光あれ』
ラテン語の文句ですら一言一句間違いなく覚えているのだから。



今日しも御子は 生まれ給いぬ

よろずの民よ 勇みて歌え

Gloria in excelsis Deo

Gloria in excelsis Deo









そこからは断片的な記憶しかない。

青になるのを待って眺めていた信号の赤。
車道を横切っていった小さな影。
耳障りな何かの擦れる音。
眩しい光。
ガラスの向こうに見えた、ドライバーの強張った顔。
ドンッという音。
衝撃、としか言いようのない感覚。



それから、何かを叫ぶ遠いような近いような、曖昧な人の声。











naxt.

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Dolce Vita-prologue