ドアの鍵を開け、誰の気配もないことを確認すると少年はを振り返った。
「大丈夫、異常ありません」
「うん」
「送ってくれてありがとう。貴方も早く帰って身体を休めてね」
「はい。失礼しますっ」
もう決まり文句になってしまった台詞を口にして、律儀に頭を下げる後輩を見送る。
その背が通路の角を曲がるのを見届けて、はドアを閉めた。
2つの鍵とバーロックを掛ける動作はもう殆ど無意識の習慣だ。
「……ふぅ」
深い溜息も、すっかり習慣化してしまっている。
自分の家に帰ってくるのに、こんなにも警戒しなければならないなんて…。
余りの理不尽さに笑いさえこみ上げてくる。
「こんな生活……いつまで続けなくちゃいけないんだろ」
国を出るまでしてやっと親の監視の目を逃れたと思ったら、今度は赤の他人の監視に曝さ
れるなんて笑い話にもなりはしない。
「学校ではテニス部ファンの嫉妬の視線に殺されそうだし」
これも笑い話にならないか、と首を振ったそのとき、ピンポーン…とチャイムが鳴った。
「はい?」
柴田が戻ってきたのだとそう思った。
何か伝言があったのに伝え忘れたとか、そういうことだろうと。
だから、何の疑問も持たずにドアを開けた
「やぁ。逢いたかったよ、ちゃん」
ニタリと笑んだその顔。
指先をインクか何かで汚した手と、擦り傷だらけの革靴を履いた足がドアの隙間に割り込
んできた。
「どうした?! 何があった!!」
「Help…Help me. He's comming……He's comming!」
電話の向うの声は弱弱しく震え、泣いているらしい。
今まで聞いたことのない声音に送迎の車へ向かう跡部の足が自然と早まった。
「何や? 跡部どないした?」
「何だ何だ?」
「どうしたんです?」
尋常じゃない様子に居残っていたレギュラーたちも後を追い始める。
だが、それに構っている余裕のないらしい跡部の様子が彼らの不安に拍車を掛けた。
跡部はただひたすらに足を動かし、携帯に向かって話しかけている。声だけは冷静を装っ
て入るものの、その表情は険しく焦りに満ちていてレギュラー達がついて来ていることを
認識しているかどうかも怪しいくらいだ。
「落ち着け!!」
「…っ」
「俺が判るか? 俺の名前を言ってみろ」
「……跡部、景吾」
「そうだ」
混乱して英語でまくし立てようとするに英語で応えることは簡単だったが、跡部は
敢えて日本語を押し通した。意識して日本語を喋らせることでパニックに陥っている彼女
に理性を取り戻させる為だったが、狙い通りに跡部の名前を答えたの声に多少の落
ち着きを見出すことが出来て、跡部は内心でほっと胸を撫で下ろす。
「何があった? 状況を説明しろ」
「状況……た」
「アン?」
「助けて跡部! あいつが来た! ストーカーがすぐそこにいるの!!」
「ンだと?!」
車に乗り込んだ跡部に続き、レギュラー達が次々に乗り込んでくる。跡部はそれに初めて
気がついたかのように一瞬だけ視線を向けたが、何も言わずとの通話に戻った。
通話に手一杯な跡部の変わりに忍足が運転手に行き先を告げと、疑問を呈することもなく
車は滑らかに走り出す。
「今どこだ?」
「バスルーム…」
「はぁ?! 何でんなトコにいるんだお前は!」
逃げられないだろうがと怒鳴れば、他に鍵の掛かる部屋がないのだとが悲鳴のよう
に怒鳴り返した。すぐにでも泣き叫んでパニックに引き戻されそうな精神をギリギリのと
ころで跡部との通話に繋ぎとめているのだろう、その声で察した跡部が小さく舌打ちする。
「警察は呼んだのか?」
「警察? ダメよ、警察なんてアテにならない!」
「ンなわけねぇだろ。…ちょっと待て」
一旦携帯から顔を離して日吉に「警察を呼べ」短く指示する。
話の流れから予測していたらしい日吉は、小さく頷き返して表示させてあった番号へと通
話ボタンを押した。その隣では宍戸が榊に連絡を入れている。
「とにかく、頼りにならねぇチャチな鍵でもないよりはマシだ。俺が行くまで、絶対に、
何があってもそこに篭ってろ、いいな?!」
「わ、わかった。…っきゃあ!!」
「?! おい、どうした!!」
ガンガンと電話の向うで何かを撃ちつける音が響いている。
「アイツが…っ、ドアに何かぶつけてっ。ぃやぁっ!」
「!!」
若い主の、その友人達の、常ならぬ様子を敏感に感じ取り、運転手は指示を待つまでもな
く黒く塗られた車体を目的地までの最短距離を最短時間で奔らせた。
ガシャンッ
一際大きな音を立てて、ドアノブが外れた。
窪みに指をかけてがたがたと揺すりたてれば、邪魔な鍵はあっけなく外れた。
合板の軽いドアを開け放つと、中が透けないように加工を施されたドアの向うにぼんやり
と浮かび上がる愛しい少女のシルエット。
もう直ぐ逢える。
もう直ぐ、完全に自分のものに出来る。
こんなにも恋焦がれているのに、それでもまだ焦らそうとするなんていけない小悪魔だ。
「そんなところに隠れていたんだね…」
直ぐに連れ出してあげるよ。
自分以外、誰も来れない場所に連れて行ってあげる。
バールを握る手に力が篭るのは仕方のないことだった。
「いやぁ! やだぁ!!」
ガツンガツンと硬く鈍い音がする度にの口から悲鳴が零れ出た。
何かの工具を叩きつけられているらしいが、強化プラスチック製のドアは意外と頑丈だっ
たらしく大きく軋みはするが直ぐに割れたりはしなかった。
だが、それにも限度はある。
の目の前で、細かく白い罅が徐々にその範囲を広げていった。
next.
写真提供:写真素材 キワモノ様
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ストーカー初登場。
今まで全然出てこなかったからいきなり感ビシビシですな。
これがサスペンスとか主眼だったりしたら、もっと前からストーカー視点とか
バンバン入れてったりすべきだったんでしょうけど……ここは夢小説サイトな
のですよ。(笑)
誰もオリキャラストーカーの気持ち悪い一人語りなんて読みたくないでしょーよ。
私もあんまりかいてて楽しくないしね。
ってことで、次回でストーカー話は終了(ってか、解決?)です。