前々から疑問に思っていたことがある。


「なぁ、跡部」
「何だよ」


以前跡部に問われたときは気にも留めなかったのだけれど、今になってみ
れば、不思議というか、理屈に合わないことばかりが目に付いて。


って、何者なん?」


この問いに跡部は「何を言ってるんだお前」とひどく胡散臭げな視線を返
しただけだった。……ちょっとその態度は酷いと思います。






が、それも無理はないかもしれない。


何せ跡部は常軌を逸した金持ちの坊(ぼん)だ。
彼にとっては大したことのないレベルでしかないから気付かないのだろう。

これだから金持ちのボンボンは、と忍足はこっそり息をつく。
ストーカー対策として毎日跡部が車で送迎することになったのとはまた別
に、もしも何事かが怒った場合に備えてレギュラー陣だけでもいつでも駆
けつけることが出来るようにしておいた方がいいとの忍足の提案を受け、
本日の『お宅訪問』と相成ったわけだが。
何も考えずにはしゃいでいる岳人や慈郎は問題外として、余り深く物事を
考えない宍戸や跡部ほどではないがやはり世間知らずな面のある長太郎も
気がついてはないないらしい。が、になにやら耳打ちしていた滝と
目が合うと、意味ありげに笑んできたところをみると、彼らも気がついて
いるのだろう。樺地や日吉も何も言わないが、意外と敏い彼らのこと、気
付いていないとは思えない。


「お茶淹れたよ〜」
「わりぃな、
「すみません先輩、お手伝いします!」
「あー、いいよいいよ、もう運んできちゃったし。それより好きなカップ
取って。砂糖とミルクは各自でよろしく」
「どうも」
「フフッ、ありがと」
「わーい、ちゃんありがと〜」


こんなに大人数で押し掛けられるなんて想定外だよとぼやきながらも掻き
集めたらしい見事にバラバラなマグカップやティーカップが各人に無事行
き渡ったとみて、


「なぁなぁ」


忍足が口を開いた。


「ん?」
「このインテリアってのおふくろさんの趣味なん?」
「いや? 私の趣味だけど。……なに? オバサンっぽい?」


あっさり否定して眉間に皺を寄せたに、忍足は「いや、えらい良い
趣味してはるなぁて思ったからな」と笑ってみせる。実際、落ち着いた木
目調の家具やオフホワイトの毛足の長いラグと、大胆な柄ながら色味を合
わせた北欧テキスタイルのカーテンを合わせているところなど、壁を覆い
つくす本棚さえ無視すればかなり趣味が良いと言えよう。

だが、年長者の選ぶインテリアではない。

やはりな、と内心で頷いた忍足に歩調を合わせるように今度はが問
いを発した。


「そういえば聞いたことなかったけど、ちゃんのご両親って何やっ
てる人なの? 今イギリスにいるんだよね?」
「ああ、うん。何って、何もないよ。ただの会社員」
「大会社の重役さんとか?」
「違う違う。そんな大したもんじゃなくて、えーっと、senior managreだ
からこっちで言うと……課長? 次長? とか、その辺じゃない?」
「じゃあお母さんは?」
「ただの専業主婦」
「あぁ、だからイギリスに一緒に行けたんだ?」
「そうみたい。仕事してたら今頃父さんは単身赴任してたんだろうね」
「へぇ〜良いなぁ、イギリス」
「っても、あの人は海外なんて行くの嫌だったらしいよ。今でも英語殆ど
話せないし、日本人の友達とばっかり遊んでるし」
「ふぅん」


は感心した風を装って、滝や忍足に目配せを。
ここでも一つ、裏付けが増えた。


「……聞いてもいいですか?」


次に口を開いたのは、意外にも日吉だった。


「ん、なに?」
「どうして、貴女一人だけ日本に帰ってきたんです?」


彼が他人のプライバシーに興味を持つとは。
それも、女の。
の返答よりもそちらの方がより皆の興味を引いたらしく、全員の視
線が一斉に彼の顔に集まった。
が、日吉自身は一向に気にした様子もなく真っ直ぐにを見ている。


「日吉、もしかして先輩のこと…?!」
「妄想で暴走すんなよ、鳳」
「マジマジ?! ひよCスッゲー!!」
「え、何、マジなのかよお前!」
「煩いですよ、先輩方」


一刀両断。

すっぱりと野次を切り捨てて、視線で答えを促してくる。
問われたは「大した理由はないんだけど」と肩を竦めて苦笑を返す。


「将来を決める前に日本を見ておこうかなーと。そう思っただけ」


イギリスでそのまま進学するか、日本の大学を受験するか。
将来を左右する問題を前に一度故国を見たいと思ったのだと、そう言われ
れば誰もが納得するしかない。

しかし、それでも。


「上手いことかわされてしもたなぁ」
「…だね」
「ちっ」


散々「絶対に戸締りはしろ」「カーテンは開けるな」「一人で出歩くな」等
と実の母親よりも細かく煩く言い含めてマンションを出た後、呟いた忍足
に滝と日吉が同意を返してきた。は滝の隣で何故か沈んだ表情のま
ま黙っている。


「…おい、お前ら」


そんな彼らを鋭い瞳が捉えていた。










先ず宍戸と慈郎を、次に岳人と樺地と長太郎を最寄の駅で降ろすと、一行
を乗せた車は問答無用で跡部家へと向かった。但し、日吉は途中で通りが
かった自宅前で降りてしまったが。


「……どういうことだか話してもらおうじゃねぇか。アーン?」


サーブされたコーヒーの香りを楽しみながら、跡部は目の前に並んだ三人
を睨んだ。
特に、忍足を。


「…何のことや?」


薄笑いすら浮かべて優雅にカップを持ち上げた忍足だが、そんなことで誤
魔化されるはずもない。「しらばっくれるんじゃねぇよ」と再び凄まれて
しまった。


「お前らは今日、に探りを入れるようなマネばかりしてたな。あれ
はどういう意味だ?」
「どうゆうも何も、なんもないで?」
「しらばっくれるなと言ったはずだ、忍足」
「怖いなぁ。そんな睨まんとって」
「忍足」
「…………」
「…………」


無言の睨み合いが続く。
だが、『心を閉ざした』忍足と『全てを見抜く眼力を持つ』跡部ではそう
そう決着がつくはずもない。
諦めて再び口を開いたのは跡部だった。


を疑ってるのか? ストーカーが狂言だと?」
「っ、違うよ跡部!」


標的を、に変えて。
一番崩れやすそうな場所を的確に見抜く眼力は流石と言うべきか、簡単に
動揺を見せたに忍足は溜息をつき、滝は宥めるように彼女の髪を指
で梳いた。


ちゃんはそんな嘘吐くコじゃないよ! 酷いこと言わないで!」
「じゃあお前らはアイツの何を探ってた? 何を疑ってるんだ」
「そ、れは…」
「疑ってるわけじゃないんだよ、跡部。ただ、何て言うのかな……腑に落
ちない。そう、腑に落ちないんだよ」
「何がだ」
「一言で言うと、贅沢すぎるんや」


言いよどんだを庇った滝の後を、忍足が繋ぐ。


「あン?」
「ええか、一から説明したるから怒らんと聞きや」
「前置きはいい。さっさと話せ」
「せっかちやなぁ、ほんま」


そう呟いて、溜息を一つ。


「……あんな、のあのマンションて結構良い立地にあると思わへん
かったか?」
「立地?」
「駅からそう遠くもない住宅街の端、ウチの学校も近いけど、街に出るん
もあそこからなら20分弱で行けるやろ?」 
「…だろうな」
「でもってあのマンションはどう見ても新築や。もしかしたら1年か2年
は経ってるかも知らんけど、それ以上古いってことは先ずないわ。しかも
玄関はオートロックで管理人常駐の3LDK。高校生の女の子が一人暮ら
しするには贅沢すぎると思わへんか?」


言われてみれば。
だが。


「…後で親が帰ってきて一緒に住む用に買ったのかもしれねぇだろ」
「残念ながらそれはないよ」
「……どうしてそれが分かる?」
さん自身が否定したからね」
「アーン?」
「彼女、言ってただろ。インテリアは全部自分の趣味で買ったものだって」


それがどうした、と言いかけて、跡部もすぐに気が付いた。
滝も跡部が気が付いたことが分かったのだろう、軽く頷いてみせる。


「そう。後で親が帰ってくるんなら、彼女が買った家具が置いてあるのは
精々自分の部屋と居間くらいのはずだよ。だって後からご両親が自分達の
使ってる家具と一緒に帰って来るんだもんね。……だけど岳人たちが着い
て早々全部の部屋のドアを開けて見て回ってたけど、家具の置いてない部
屋なんて一つもなかったよ」


それは跡部も知っている。
寝室まで入り込もうとした慈郎を止めたときに一緒に見てしまったからだ。
家具がないどころか、むしろどの部屋も大きな本棚が据えられていて、そ
れがなかったのは客間くらいのものだった。
それが示す事実は唯一つ。
あのマンションは純粋にが一人暮らしをするための部屋だというこ
とだ。


「だけど、彼女のお父さんはただの勤め人だって言ってたし、お母さんも
専業主婦だって話だったよね? 余程の大企業に勤めているにしたって、
娘にそこまで贅沢をさせられるとは思えない」
「………」
「それとな、俺思い出したんやけど、って金のことで愚痴言ぅたこ
と一回もあらへんねん」
「あン?」
「学生の一人暮らしって意外と金かかるもんやで。親からの仕送りが相当
高額でない限り、多少は倹約してたりするんが当たり前やのに、
今月ピンチやねん、とか言うたの聞いたことないで」
「……そういえば……ないね」
「やろ? はどうや?」
「……ない」
「ほらな。ってことは、よっぽどアイツ金に関しては余裕があるんちゃう
か?」
「……父親はただのサラリーマンでも、母親は金持ちの娘かもしれないだ
ろうが。金はそっちから出てることだって考えられる」
「……あ」
「そっか…」


そのパターンは考えていなかった、と滝とは納得しかけたのだが、
忍足は違った。


「それはそうやけどな」


あくまでもを庇う発言を続ける跡部に、忍足は苦笑する。
きっと彼は自分で気付いていないのだろうから。


「でも、その可能性は薄いんちゃう?」
「なんでだよ?」
「やって、もしおふくろさんがそこまで金持ちなんやったら、わざわざ海
外転勤させるような会社に旦那いさせとかへんやろ。英語できへんって言
うてたしな」
「………」


跡部の眉間の皺が深くなる。
束の間、沈黙が部屋を支配した。
誰の頭にもあるであろう疑問を忍足が口にするのを全員が待っている、そ
んな沈黙だった。


の話の中で金銭に関わる話題は一つや。けど、たった月イチ、そ
れも3日くらいでそこまで実入りのいい学校公認のバイトって何なん? 
アイツ一体何やってんねん?」


俺に聞くな。
苦々しい応えは、すっかり冷めてしまったコーヒーの中に沈んだ。












「…あたし、ちゃんのこと何にも知らないんだね。友達なのに」


ぽつり、とが呟いた。











next.
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友達だと思ってる人に、何にも話してもらえてなかったことに
気付いたときって結構ショックですよね。
そんな彼ら。