って、何者なん?」


そんなのはこっちが聞きたいくらいだ。














生徒名簿を調べてみても、其処に書いてあるのは表面上のことばかり。
せめて保護者が『バイト』の雇い主にでもなっていれば名前から辿ること
も可能なのに、儚い期待は「続柄:祖母」の文字にいとも簡単に打ち砕か
れた。
それだけならまだしも、その祖母の現住所は兵庫県になっていて、それな
らなぜ祖母の傍でなく東京で1人暮らしをしているのかという新たな疑問
も出てきてしまった。
本当に謎だらけで、溜息が出る。


「跡部なら専門家雇って調べることもできるんじゃない?」
「できるが、しねーよ」


滝は「どうして」とは訊かなかった。
跡部の否定の返事を聞いて満足げに頷いただけで。

とはいえ、跡部とてその方法を考えなかったわけではない。
むしろ真っ先に考え  そして即座に却下したのだ。
専門の調査員を雇うことは簡単だが、そんなことをすれば彼らが
周りを常にうろつき回ることになる。ただでさえ正体不明のストーカーに
怯えているというのに、それを助長させる行動をとるなど以ての外、論外
もいいところだ。

恐らく滝もそれに気付いていて、だからこそその選択肢を跡部が採用しな
いよう釘を刺しに来たのだろう。つまりは滝に試された形になったわけだ
が、それものことを思いやってのことだと判っているせいか、不思
議と腹は立たなかった。

結局のところ、誰も彼もがを大事に思っているのだ。

……その考えに、満足を覚えると同時に何故か少し不愉快なものを感じた
のは気のせいだとして脇に追いやった。


「えっ? 榊監督って中等部の顧問だったの?」


昼休み、弁当箱を持って屋上へ通じる扉を開けると件のの声が聞こ
えてきた。


「そうそう。高等部の監督と入れ替わったんだぜ」


得意げに答える岳人の声も。
今頃その話かよ…。ってか、知らなかったのか。
軽く漏れた溜息は、晴天の割りに強い風にかき消されて彼らには届かない。


「へぇ……入れ替わったって、何で?」
「んー何でだっけか、宍戸ぉ?」
「当時の監督が胃ィ壊して榊監督に泣きついたんだよ。っつーか、覚えて
ねーのかよ向日。あん時結構騒ぎになってただろーが」
「うっせーなっ。だっていきなり榊監督が来て「今日から私が監督すること
になった」とかって言っただけだったじゃん! 理由なんか知らねーよっ」
「後で跡部が説明してただろーがっ」
「あー。はいはいはいはい。そんなことで喧嘩しないの、熱血少年達」


ぺしぺし。
ヒートアップし始めた二人の額をそれぞれ掌で押し返すようにはたいて止
める。手を離しても大丈夫なのかと床に視線を向けると、の弁当箱
はまだランチバッグから出されてもいなかった。


「だけど、前の監督が胃を壊したからって、なんで榊監督に泣きつくの?
中学の時の顧問だからってだけじゃ弱い気がするんだけど?」
「何でって…」
「そりゃあ、なぁ?」
「……アノ人やったら大丈夫やと思われたんちゃう?」
「は?」


意味が分からん。
首を傾げたに、他のメンバー全員が微妙な笑みを浮かべている。


「ほら、監督て金持ちやし、音楽家としても成功しとるらしいのになんで
か音楽教師なんてしとるし、スーツでテニスやったりするし、色々謎なと
こがあるやろ?」
「……うん。それはそう」


スーツ姿でテニス云々は関係ないとは思うが、謎なことは確かなので頷い
ておく。


「そのせいか妙に存在感があるし押しも強い。跡部と対等に向き合って勝
てるんは教師人の中ではアノ人くらいやねん」
「それはまぁ、わかるようなわからないような…」
「せやろ?」


うん。と頷きかけて、ははたと気がついた。


「ちょっと待って。ってことは、その前監督さんが胃を壊したのは跡部の
せいだって、そういうこと?」
「いや、跡部のせいっちゅーか」


忍足が言葉を濁す。
このままでは、に不名誉な勘違いをされかねない。
たまらず跡部は足を進めていた。


「俺は何もやってねぇ。ただ、アイツが勝手に重圧を作り出してそれに負
けたんだよ」


「げっ」と声を上げたのは宍戸か、岳人か。
どちらにしても練習メニュー倍増しだなと脳内メモに書き込んでおく。



「ん?」
「言っておくが、俺は…」
「あー、うん。分かってる」
「アン?」
「っていうか、分かってる、と、思う。多分ね」
「……随分曖昧だな」


少し不満げにそう零すと、「仕方ないでしょ」と軽く睨まれた。


「要するに、アレでしょ?」
「どれだよ?」
「混ぜっ返すな。…えーっと、その前監督さんが『跡部』の名前に萎縮し
ちゃって、御曹司に怪我でもさせたら、とか不興をかってクビになったり
しやしないかってビクビクした挙句に体調を壊して逃げ出した、と」
「………」
「あ、れ? 違った?」
「いや…」
「違わへん。その通りや」
「すげーな、! ビンゴじゃん!!」


驚いて返答が遅れた跡部に代わり、外野が騒ぐ。
もやっぱり、と得意げに笑っていて。





跡部は一人、緩みそうになる頬と格闘していた。












next.

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無自覚な理解者。