「え? ちゃんのバイト? …さぁね? 気にはなってるけど、面と向
かって訊いたことはないなぁ。ほら、彼女結構頭いいでしょ? 回転が速いっ
て言うか……だからヒントらしきものも零したことないんだよね」


口が堅いんだよね、ホント。とは、古株マネージャーにして今や
の親友の位置に最も近い友人となったの言だ。

使えねぇな。

と舌打ちと共に呟いたのはあくまで内心でのことで、口に出して言おうものな
ら機嫌を損ねた彼女に自分のドリンクだけやたら不味く作られたり、彼のファ
ンと称する女生徒たちに使用済みのタオルやら細々した物を売り捌かれたりと
ささやかな  だが面倒極まりない  嫌がらせを受けるのは過去の経験から
明らかなので、表情で表現するにとどめた。


か? 中々よぉ頑張っとるやん。マネ業もほとんど覚えこんだみたい
やし、ジロー達とも仲良ぅやっとるし。ま、秘密のバイトっちゅーのが気にな
るトコやけど、それもまた謎めいててええやん。…なんや、跡部はなんか不満
なんか?」
「いや、別に」


つか、いつの間に名前呼びしてんだよ。しかも呼び捨てかよ。
見当違いの苛立ちは本人も自覚しないままやっぱり表情に出てたらしく、


「……なんや、今日の跡部えっらい機嫌悪いな〜」
「ねー?」


部室から立ち去ったその背中に、そんな感想が投げつけられた。











何もかも気に入らなかった。
あの、『謎の手紙』以前も以降もの態度に特に変わった様子は見られな
かったが、一つだけ変わったことが。


、支度は出来たか」
「あ、監督。ええ、もう終わりましたから。お待たせしてすみません」
「いや、構わない」


鞄を引っ掴んで慌てて駆け寄ったの肩を軽く抱いて、榊は駐車場に留め
てある自分の車へと誘導する。二人が乗り込むと、その見事な流動線を描く車
は滑らかに走り出して氷帝学園を後にする。

それはここ数日続いて見られる光景であり、跡部が『謎の手紙』の受け渡しを
目撃した日から始まった習慣だった。

あの榊太郎が一女生徒を送り迎えしている。

ありえないその事実に誰もが  とりわけテニス部員は  驚愕したものだっ
たが、二人の間に何か特別な関係があるようでもなく、学校側も黙認・・・とい
うか承認していたらしい為に1週間ほど過ぎた頃には最早それは見慣れた光景
として生徒達に受け入れられていた。



跡部景吾を除いては。



何故榊に送迎されることになったのか、正面切って訊ねることこそしないもの
の、慈郎や岳人を本人にそれと悟られないよう功名に唆して問い詰めさせたと
ころ、二人は呆気なくに丸め込まれ、跡部の舌打ちの数を増やしただけ
に終わった。

例の『手紙』と榊の送迎に密接な関係があるのは疑うべくもない。
が、は口が堅いし榊を問い詰めることなど出来るはずがない。
やむをえず部内でも特に事情通と思われる二人に訊いてみても、結果は先程の
通りとなり、すっかり手詰まりとなってしまった跡部だったが、


光明はあっさり彼の頭上へ差し込まれた。
しかも榊本人から。


「帰りはを自宅まで送り届けるように」


細かく書き込まれた部誌を届けに言った際のことだ。
あまりにあっさり言い渡されたので、一瞬聞き間違えたかと思ったほどだった
が、再度告げられた言葉は一言一句同じで、


「……なんだ、何か都合でも悪いのか」
「いえ。…判りました。では失礼します」


だったら他の者に、と榊が言い出す前に、跡部は一礼してとっとと部屋を出た。
部室に戻った彼を迎えたのは件の一人きり。
部員達は皆帰ったという彼女の言葉に、そういえば改装中だった駅ビルが今日
オープンするとかで半額キャンペーンだとか宍戸達が騒いでいたなと思い出す。


「ごめんね、部長。樺地君も行きたそうだったから、部長には言っとくからっ
て強引に追い出しちゃった」
「それは構わねぇが、も行ったのかよ。仕事お前に押し付けて?」


ったく、あの女はすぐつけあがりやがる。
ちっと舌打ちするとは慌てて違う違うと手を振った。


「私が後はやっとくって言ったの。折角デートできるチャンスなんだし、邪魔
しちゃ悪いでしょ?」
「チッ。……まぁ、いい。それでお前は仕事終わったのかよ」
「うん。もう終わった」
「なら行くぞ」


既に纏めてあった自分の荷物を肩に負い背を向けると、予想通り「へ?」と間
抜けな声が上がった。


「ぐずぐずしてると置いてくぜ」
「え? あ、やっ、でも監督……っ」
「今日は監督が都合悪いんで代わりに俺が送ってやるって言ってんだよ」
「……え?」


ぴたり、との動きが止まった。


「……おい?」
「え…と、……部長は、監督から事情きいた、の?」
「アン?」


窺うような、オドオドした態度は酷く彼女らしくなくて。
跡部は知らず眉間に皺を寄せた。


  何をだ?」
「え? 何って…」
「俺はただ監督に頼まれただけだって言ったはずだがな」
「えっ、じゃあ」
「おら、さっさとしろ。俺は待たねーぞ」
「待って、待ってよっ」


ばたばたと駆け寄る足音が聞こえたと思ったら、すぐに隣に並んだ。


「部長」
「なんだよ?」
「車って…どこ?」
「正門の前に停めてある」


ちょうど見えてきたそれを「あれだ」と顎をしゃくって示すと、は僅か
にほっとした様子を見せた。


「…?」
「あ」


だが、その理由を問うより先にが通りすがりの誰かに向かってぺこりと
会釈した為にタイミングを逃してしまった。
その視線を辿れば、付近を巡回中らしき自転車を牽いた警察官で、向うも彼女
に向かって会釈を返して去っていってしまった。


「知り合いか?」
「駅前の交番の人だよ」


何でも、前を通りがかる度に何となく会釈していたら、相手も顔を覚えて会釈
を返してくるようになったのだとか。


「暇人」
「礼儀正しいと言って」


跡部の毒舌にすっかり慣れたはむくれる前にさらりと言い返す。
そんな彼女の目の前で、跡部家の運転手が車のドアを開けた。


「部長」


促されるままに乗り込もうとして、は跡部を振り返った。


「…なんだよ?」
「ありがと。お世話になります」


すぐ傍で見る遠慮がちな笑顔に心臓が一つ飛び跳ねた。


「……部長?」
「…貸し一つ、な」


が、とりあえずはそれを気のせいと片付けて、跡部はにやりと笑った。

が跡部の車に乗るのはこれで2度目。
二人が乗り込むと、前回と同じく運転手によってドアが閉められ、滑るように
走り出した。

前のときにも思ったことだったが、跡部の車はとても静かだ。
低く小さくエンジンが唸るのが聞こえてくるくらいで、路面の凹凸もほとんど
感じない。もちろん、シートの座り心地は言うまでもない。
高価な車なのだろうとは予想できるが、車内には毛足の長いシートカバーのよ
うないわゆる「これ見よがしな装飾」が一切なくて好感が持てた。

派手好きな彼にしては意外だと口に出せばまた馬鹿にされそうなことを考えな
がら、は流れる景色に目線を向けた。











「おい、着いたぞ


あまりにも乗り心地が良かったせいだろうか。
跡部の呼び掛けにははっと目を覚ました。

目の前には跡部の顔。
「うわっ」と叫んで仰け反るまでのプロセスは前回とまるっきり同じだった。
が、流石に跡部は前回から学んでいたらしくの頭をあらかじめ腕を回し
て押さえている。運転手も今回はドアをまだ開けていない。


「頭打つだろうが、バカ」
「ハ、ハハハ。毎度毎度オ世話カケマス」


照れ笑いするに溜息が漏れる。
……が、跡部はまたもや首を傾げる羽目になった。
運転手がドアを開けても、は何故か降りるのをためらったからだ。


「どうした?」
「……部長」
「なんだよ?」
「……誰もいない?」
「アン?」
「マンションの周り、誰もいない?」


言われて思わず周囲を見回してしまう。
日の落ちた住宅街、帰宅ラッシュと呼ばれる時間帯も過ぎた今、家々に明かり
は灯っているが通りを歩く人影は見えない。


「ね、…どう?」
「あ、ああ。いねぇな、誰も」
「そう」


じゃあ降りる、とはあからさまに肩の力を抜いた。
そして


「部長、私の部屋でお茶でも飲んでいかない?」


そんな誘いの言葉を発した彼女に、跡部の目は限界まで見開かれた。













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修行の旅に出ます。
探さないでください。
(もうダメダメだ〜〜〜)