部屋に入るまで、はずっとぴりぴりとした緊張感を漂わせていた。
何よりも俯き加減に彼の後ろに隠れるように歩くその姿が、いつも飄々と跡部
の嫌味すら聞き流す強気な彼女らしくなく、跡部の神経を苛立たせた。


「…おい、鍵」
「ん」


自然、不機嫌な声が出る。
だがはそれにコメントする気もないのか、素直に鞄からキーケースを取
り出してドアの鍵を  この間訪れたときは一つきりだった鍵が、今は二つに
増えていた  開ける。

ガチャリと音を立て、ドアが開いたと思った途端にぐいっと腕が引かれた。


「早く、入って」


そのまま内側に引き込まれる。


「っ、おい」


意地でつんのめりそうになるのを堪えて振り返った先で、はやけに真剣
な表情で素早く二つの鍵を掛け、チェーンキー  と言っても、鉄のバーを二
つ折りにした輪に楔の部分を引っ掛ける形状の頑丈なものだ  までしっかり
掛けた。

そうして初めて、ほぅ、と息を吐いている。


「……お前」
「乱暴にしてごめん。すぐにお茶淹れるね」
「………ああ。俺が飲めるものを淹れろよ」
「わかってます」


べっと顔を顰めて舌を出す。
やっと普段の彼女に戻ったようだった。










部屋の中は、見たところ大した変化は無さそうだった。
相変わらず本棚は本で埋め尽くされているし、DVDのソフトは山積みだ。
……ベランダに面した大きな窓にしっかりとカーテンが引かれている他は。


「紅茶でいい?」
「何でもいいぜ。美味ければな」
「あ〜、じゃあマサラ・ティーね。最近凝ってるんだ」


跡部が抗議する前にスパイシーな香りが漂ってくる。
どうやら彼の返事を予測されていたらしいと知って、自然と苦笑が漏れた。

だが、不思議と気分は悪くなかった。


  どう?」
「これは……」


有無を言わせず出したくせに、妙に緊張した面持ちでカップを傾ける跡部を見
つめる
カップの陰に緩む口元を隠して、跡部はわざと眉間に皺を寄せた。


「…まずかった?」
「………」
「うわ、ごめん。すぐ普通の淹れ直す!」
  いや」


慌てて立ち上がったの腕を掴み、引き止める。
怪訝そうに振り返った彼女に跡部はにやりと笑んで。


「悪くない」
「……性格悪いよ、部長」
「お前が先に俺の意見無視してこんな変わったモノ出してきたのが悪いんだろ」
「何でもいいって言ったクセに……」
「俺が言う前から準備してただろ、お前」


しばらくじとっと睨んでくる目と睨み合っていると、


「……ま、気に入ってくれたんなら何でもいいか」


先に降参したのは彼女の方だった。
ストン、と改めて腰を下ろしたのは跡部のすぐ隣。
腕を掴んだままだったのだから当然と言えば当然かもしれない。が、妙に近い
その距離に動揺したのは、何故か跡部の方で。

座り心地をクッションで調節するふりをしてさりげなく女から距離を空ける跡
部景吾の姿など、部員達が見たらなんと言うだろうか。


「部長」
「…なんだよ?」
「今日は送ってくれてありがとうございました。……助かったよ」
「礼を言われるほど、大したことじゃねぇよ」


ふん、と鼻を鳴らして。
そんなことよりも、とすぐに真剣な顔つきでの顔を覗き込む。


「な、なに?」
「お前……何を隠してる?」
「何って……」
「隠すな」


背向けようとした顔を、その顎を指先で捉えてこちらに向くよう強いると、一
瞬強気に睨み返してきたが、すぐに居心地悪げに目を伏せてしまった。

  その気弱な仕草が気に入らない。


「榊監督の送迎。車がここに着いたときのお前の警戒ぶり。窓にきっちり引か
れた分厚いカーテン。……ああ、ドアに増えた鍵ってのもあったな」
「………」
「強がって隠したってすぐに分かんだよ、バーカ」
「………」
「……ストーカー、だな?」


その単語を出した途端、びくっとの肩が跳ねた。
それは紛れもない肯定の証だ。

跡部の眉間に深い皺が刻まれる。
短い舌打ちの音が、目を伏せたの耳に届いた。
それにつられるように目を上げると、跡部の怒りに満ちた青い瞳が射抜くよう
に真っ直ぐにの瞳を見つめていた。


「何故、俺に言わなかった」
「……言って、どうにかなるものでもないし。心配かけるだけでしょ?」


その言葉に、跡部の眉間の皺が深くなる。


「ちゃんと警察にも届けてるし、大丈夫よ」
「……被害は?」
「……だから」
「いつからだ? 答えろ、
「……2週間くらい前から、変な手紙が届くようになって……」
「手紙?」
「私の髪型とか行動だとかが細かく書き連ねてあるだけの手紙。それが、段々
と変な妄想が混ざるようになってきて、最初の頃は2・3日に一通だったのが今
は毎日。それから……」
「それから?」
「一昨日、家に帰ってきたらドアの前に変な瓶が…あった」
「変な瓶ってどんな瓶だ」
「……その……ラベルは剥がしてあったけど、何かのドリンク剤の瓶みたいで、
その、中に……あの……」
「何だ」


口ごもるの表情は嫌悪と、それから羞恥に歪んでいた。
それだけで、ある程度予想がついたのだが、


「どろっとした、白いのが」


予想を裏付けるの言葉に跡部の背筋にも言いようのない悪寒が走った。
無意識に出てくる舌打ちがそれを表す。
今度こそ跡部の指を外して俯いてしまったの耳が髪からのぞいている。
跡部は腕を伸ばしてその頭を胸元に抱え込んだ。


「悪かったな。嫌なことを言わせた」
「……うん」


服が引かれる感覚に視線をそちらへ向けると、の細いが日に焼けた手が
跡部のシャツを掴んでいた。
手首の辺りにのぞく肌が粟立っている。


「部長」
「なんだ?」
「…気持ち悪かった」
「ああ」
「瓶を警察に渡さなきゃいけなくて、でも触るの気持ち悪かったから取りに来
て貰ったの」
「ああ。だろうな」
「瓶は、それっきりだったけど、でも手紙は、学校にまで届くようになって」
「……それが、あれか」
「監督に送り迎えしてもらっても、やっぱり怖くて。家の中までは大丈夫だと
思うんだけど、でも怖くて」
「ああ、分かってる」


親元を離れての一人暮らしでそんなものが届くようになった、その恐怖は想像
に難くない。
腕の中で震える身体を抱き締めて、跡部はそっとその耳元に囁いた。


「もう大丈夫だ」


俺がいる。
ここに、いる。

それは知らずのうちに跡部自身の誓いとなっていた。
今まで誰にも誓ったことのない、言葉。
だがそれを今、口にすることに一切の躊躇いはない。


「お前は俺が護ってやる」






next.

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おお!
やっとドリームらしくなってきたよ!(オイ)


写真素材:013