「まぁまぁだな」
ヒトが一生懸命、1週間掛けて作成した約束のブツを一読してのち、偉そうに
言ってくれたその憎たらしい泣き黒子に反論しかけて邪魔が入った。
「」
「あ、監督」
呼び止めてきたのは榊監督その人で、その手にはなにやら白い紙片が携えられ
ていた。はすぐさま軽い足取りで駆け寄り、跡部がその後に悠然とした
歩調で続いたのは、この組み合わせなら当然部活動に関することだろうと中り
を付けたからだったのだが。
「これを」
榊が差し出したのは白い封筒。
縦長で絹目のそれはどこのコンビニにでも置いてありそうな、いわゆる長4封
筒と呼ばれる形状のもので、表書きには氷帝学園気付での名が記されて
いる。
「つい先ほど事務室の方に郵送されてきたそうだ」
「わざわざ監督が?」
訝しげに訊いたのは跡部。
普通なら担任にでも渡されて、そこから当人へと手渡されるのが普通だろう。
「たまたま事務室の前を通りがかったので、ついでにな」
そう言われれば、それまでなのだけれど。
どこか釈然としないのは何故なのか。
表情には一切出さずに首を傾げていると、その答えは目の前にあった。
「…ありがとう、ございます」
それを受け取るの表情が硬い。
いや、硬いというよりは蒼褪め、強張っている。
そうして手の中の封筒を一度確かめるように裏返して、すぐに手元のファイル
フォルダに放り込んでしまった。
まるで、それ以上触っているのが嫌だとでも言うかのようにぞんざいに。
そんな態度は全く彼女らしくないのに、榊は彼女がそうするだろうと判ってい
たかのように眉一つ動かさずにを見ている。
そして顔を上げたと榊の目が合うと、
「来週の備品購入の件で確認したいことが幾つかある。放課後、部に出る前に
第1音楽室に顔を出すように」
「判りました」
普段と全く変わらない態度に戻って頷いた。
なんだ?
跡部の眉間にはっきりと皺が寄る。
怪訝に思っていることを隠そうともせずに問い詰めようと口を開きかけたのだ
が。
「もうすぐ授業が始まるな。行って良し!」
榊のお決まりの台詞に出鼻を挫かれて、その問いが跡部の口から出ることはな
かった。
は榊に一礼するとさっさと早足で行ってしまう。
その後姿は無言の内にもはっきりと跡部の質問を拒絶していた。
さっきのあれは、わざとかよ。
彼女の後を追いつつ、跡部は小さく舌打ちする。
榊は明らかに意図的に跡部の質問を遮ったのだ。
間違いなく、榊との間には暗黙の了解があり、それは跡部達には隠され
ている。
面白くねぇ。
隠し事ばかりの。
それを気に入らないと思ったことはなかったのに。
彼女の秘密を榊は知っているのだと知った今は、なぜか無性に腹立たしい。
あの封筒は一体何なんだよ?
口に出せなかった問いが胸に渦巻く。
が一瞬裏返した封筒は、買ったばかりのように白かった 。
「うわ〜っ、もうできたのっ?!」
「すごいですね、先輩」
「ありがとうございます」
「……ウス」
部活でも、終った後でも、の態度は普段どおり何も変わらなかった。
少なくとも表面上は。
「もともと訳してた分を清書しただけだからね。大したことないよ」
「でも訳せるだけでもスゴイC」
「あはは。ありがと、滋郎少年。でも、約束通り……」
「わかってるって! ダイジョーブ!!」
「何の話や?」
盛大に滋郎がガッツポーズを決めると、端で見ていた忍足が首を傾げた。
「条件があるんですよ、訳を読ませてもらうのに」
それに応じたのは日吉。
いつもと態度は変わらないものの、手にしたレポート用紙の束をパラパラと
捲っているところを見ると中身が気になって仕方ないらしい。
「条件?」
「絶対に他の人間には見せないことと、訳はいつになっても良いので必ず返却
してコピーを取らないこと。それから、訳したのが先輩だと口外しない
こと、の3つですね」
「他の奴に見せたらあかんて…なんでや?」
「恥ずかしいでしょ」
さらりと答えたはどう見ても恥ずかしがっているようには見えなかった
が、忍足はその答えだけで満足したようだ。
さりげなく周囲を見渡した分では、納得していないのは跡部だけらしい。
元々大した問題でもないのだから、気に掛ける方がおかしいのだとは分かって
いる。
跡部とて、昼間の榊との一場面がなければ簡単に聞き流していただろう。
だが、今は。
昼間の一件を問い質そうとしても、その気配を敏感に感じ取るのかは跡
部が切り出すよりも早く話題を転換し、なんのかのと理由を付けて立ち去って
ゆく。
避けられれば意地になるのが人間というもので、それが一旦何事かに執着した
ら手に入れるまで絶対に譲らない跡部であれば尚のこと。
一つ気になれば、今まで目に付かなかった他のことまで気に掛かる。
恥ずかしい、なんてそんな同でもいい理由なんかじゃなく、きっと何か他の理
由があるだろう、と。
秘密だらけの女。
必ずその全てを手にしてやると、決意を胸に秘めて。
独りよがりな勝負の始まりを告げるゴングが鳴った。
next.
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跡部様ってばヒロインさんが気になって気になって仕方ないらしいです(笑)