あの、『跡部景吾』が児童文学を読んでいる。

それはにとってはかなりの驚きだったのだが。


「ああ、知っとるで」


昼休み、屋上でレギュラーたちと一緒に弁当を食べていたがそれを持ち出
したらば、忍足はあっさりと頷いた。










それどころか、


「あれを跡部に勧めたの、俺なんだぜ! 俺!!」
「は?」


嬉しそうに挙手して自己主張する岳人少年に、は間抜けな返事を返してし
まう。

だってアレは英語でしか出版されてないんだけど。
まさか、岳人も原書で読んでいるのかと訝しんだのが顔に出てしまったのだろう、
忍足がにやりと口の端で笑った。


「なんや、岳人が原書読んでるのがそんな意外なんか? こう見えて、岳
人は英語だけは得意なんやで」
「……今、さり気に「だけ」を強調しなかったか、侑士?」
「ホンマのことやん」


ギロリと睨んだ岳人だったが、にっこりと笑んだ忍足の妙な迫力に気圧されて、
ぐっと言葉に詰まってしまう。


「ま、元々は俺が岳人に勧めたんやけどな」
「ってことは、忍足も原書で読めるんだ?」
「俺を誰やと思ってるん?」
「氷帝の変態」


得意げに笑む忍足に間髪入れずにが答えると、「そりゃないで」と肩を落
とした忍足に彼以外の全員が笑う。


「忍足もがっくんも面白いって言うからオレも読みたいんだけどー、エーゴ苦手
だC、跡部がもうちょっとしたら日本語版出るっていうから待ってるんだ〜」
「日本語版が出てもジローは読めねーんじゃねぇ?」
「どうしてですか?」
「だってよぉ…」
「読んでる最中に寝ちまいそうだもんなっ」


言い淀んだ宍戸の代わりに岳人が答えれば、


「む〜、俺だってちゃんと本くらい読めるC! 岳人の馬鹿!」


ちゃっかりとの膝に頭を預けてうとうとしていた慈郎が面白く無さそうに
唇を尖らした。
その子供っぽい仕草には思わずくすりと笑いを零す。


「あー! まで俺を馬鹿にするー!」
「ごめんごめん。そういう意味で笑ったんじゃないから」


本格的に機嫌を損ね始めた慈郎の髪を宥めるように指で梳いて、


「じゃあさ、慈郎少年」
「…ん〜?」


途端にうとうとしだす慈郎に今度は表情には出さないよう気をつけながらも内心
で笑むと、は一つの提案を。


「私の書いた日本語訳読んでみる? 本が出るのはまだ何ヶ月も先だし、私の訳
で良かったら直ぐ貸してあげられるよ?」
「えぇっ、それってほんとう?! Eの?!」
「いいよ〜」


にっこり微笑んで頷いたら、途端に「大スキっ!!」ガバリと起き上がっ
た慈郎に抱きつかれてしまった。

普通なら顔を赤らめて動揺するところだろうが、は動じないでよしよしと
抱き締める。

こんなことは日常茶飯事。
これで動揺していては氷帝男子テニス部マネージャーは務まらない。
周囲からは「ジロー離れろ!」「ズリィ!」などの野次が飛ぶが、それも綺麗に
無視していると、


「あ、あのっ!」


弁当箱を片付けた長太郎が妙に恥ずかしげにこちらを見ていた。


「どうしたの、長太郎?」
「その……俺にも、コピーさせて貰えませんか、先輩の訳したの」


言い辛そうに告げられたのはそんな申し出で。


「え? 長太郎も?」
「はい。……俺も、英語結構苦手で」


照れ臭そうに笑う。


「あ、でも成績はそんなに悪くないんですよっ。ただ、辞書片手に本読んでても
全然頭に入らないって言うか…っ」
「フン、情けないな、鳳」
「お前だって原書読めるほど英語得意じゃないだろっ」
「…っ」


頬を赤らめる後輩二人が微笑ましい。


「いいよ」


はあっさり頷いた。

らば。


「俺もっ。俺もいいか、?」


こちらは既に熱があるんじゃないかってくらい顔を赤くした宍戸と、じっと視線
を向けてくる無言の樺地。


「えーと、樺地クンも貸して欲しいのかな?」


訊けば、「…ウス」と返事が。

俄かに沢山の期待の篭った眼差しを一身に集めたは苦笑しつつ、


「ま、いいよ。皆まとめて面倒見ましょう!」


至極男前に自分の胸を叩いた。







「……へぇ? じゃあ、俺が添削してやるよ。お前の日本語訳が正しいかどうか
をな」








その、いきなり降ってきた横柄な口調は確認するまでもなく。


「…部長」
「人の顔見た途端いきなり嫌な顔するんじゃねぇよ」


バーカ、と言い様ぺしっとの額をはたいて、跡部は当たり前のように彼女
の隣に腰を下ろした。


「何しに来たんや、跡部。生徒会の集まりがあったん違うんか?」
「もう終わった。  樺地、もう昼は食べ終わったか?」
「ウス」
「じゃあ、そこのの膝で寝てる間抜け面叩き起こして国語課準備室に連れ
て行け」
「ウス」


立ち上がった樺地が力づくでの膝から慈郎を引き剥がしたが、慈郎は一向
に眼を覚ます気配もなく、樺地もそれは承知なのか、そのまま肩に担いで行って
しまった。


「何だよ、跡部?」
「山岸が慈郎に用があるんだと」


山岸、とは慈郎の担任の名である。
成る程と頷いた一同の中で、だけが渋面のままだった。


「何だよ?」
「……どうして部長に校閲頼まなきゃいけないんデスカ?」


有無を言わせず連行された慈郎のことよりも、そっちが気に掛かっていたらしい。
跡部は揶揄うようなニヤニヤ笑いを深めると、


「俺が眼を通せば完璧になるぜ?」


言い放った。


「…凄い自信」
「お前は日本に戻ってきたばかり、俺はずっと日本に住んでるし、英語も堪能」
「それはそうだけど……」
「間違いだらけの訳を慈郎たちに読ませるつもりか?」
「………」
「決まり、だな」


ぽんぽんと、子供を宥めるようにの頭を叩いた跡部をその手の下から睨み
上げて。


「絶対、一言も朱書き入れられないくらい完璧な訳読ませてやる」
「面白ぇ、やってみな」


悔しそうに呟かれた言葉に、跡部はそう言って笑った。







next.
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この辺は、結構蛇足っぽいエピソードなんですが…