散らかっているけど、と言いながらはドアを開けた。


けれど、これは。


   散らかってるっつーより、ゴチャゴチャしてる感じだな」


抱えたままだった宅配便の箱を適当に置いて、跡部は呆れて一人ごちた。

居間だというのに設えられた二棹の本棚にはみっしりと本が詰められ、隙間などは
見つかりそうもない。皮装丁に箔押しの『神曲』から駅の売店でも売っているよう
な安手の文庫本まで、多種多様なラインナップを見れば、インテリアではなく実際
に彼女が読んだ、もしくは読んでいるか読もうとしている本なのは明らかだ。
その横にはマガジンラックとCDラックがこれまた本棚と肩を並べて、これらで壁
の一辺は埋まってしまっている。

そしてその壁の終わりから次の一辺へ続く角にテレビとDVDデッキが設置されて
いるが、デッキ下のスペースにはこれまたDVDソフトがぎゅうぎゅうに詰め込ま
れている。その隣は細々したものを仕舞う為らしきチェストが並んでいる。

部屋の四方の壁の一辺は廊下やキッチンに繋がっているし、もう一辺は全面ガラス
戸になっていてベランダに続いているため、残り2辺に出来る限り詰め込んだとい
う感じだ。

部屋の中央に置かれたローテーブルの上には、ノートパソコンと電子辞書、何本か
のマーカーペンと赤のボールペン、ルーズリーフ、それから   矢鱈と付箋のた
てられた一冊の洋書。

それは跡部の記憶が確かならば、1年ほど前にイギリスで発行されたファンタジー
小説で、記録的大ヒットとは行かないがそこそこ人気を博した本だった。
日本語訳はまだだったはずだが、確か年内には発売されると聞いた覚えがある。

見覚えのあるその表紙に興味を引かれて手にしたときだった。


「あー! ちょ、部長! 何見てんのよ?!」


まるでそれが乙女の秘密を記した日記ででもあるかのように、キッチンから顔を出
したが猛烈な勢いとスピードで駆け寄ったかと思うや跡部の手からそれを奪
い取った。

何がそれほど恥ずかしいのか、本を胸に抱きこんだまま真っ赤になって睨みつける
に初めは跡部も呆気に採られるばかりだったのだが。


「すげぇ顔してんぞ」


堪え切れなくなったようにぷっと吹き出した。


「その歳で児童書読んでんのがバレたのがそんなに恥ずかしいのか?」
「なっ、何言ってっ」
「別にかまやしねーだろ。今は映画も本もファンタジー全盛だし、それに」
「そ、それに…?」
「その本は子供向けにしちゃあ結構読めるしな」
「は?!」


跡部のその言葉を聞いたは、ギリギリ限界まで目を見開いた。
「信じられない」とその表情が語っている。


「部長」
「なんだよ?」
「もしかして、この本……読んだことあるの?」


恐る恐る、といった様子で訊ねるのへ「ああ」と頷きを返せば、はまたもや
驚きの表情になった。


「ア〜ン? 俺が読んでるのがそんなに意外か?」
「や、そういうわけじゃないけど。でも、だってこれ英語だよ?!」
「英語だな」
「日本語訳出てないんだよ?!」
「出てないな」
「部長英語できるの?!」


この場に他のテニス部員がいたら、いや、テニス部員でなくとも氷帝の生徒が一人
でもいたなら、「なんと命知らずな」と蒼褪めたことだろう。忍足や岳人あたりな
ら、大笑いしていたかもしれないが。


「バーカ」


べしっ。

跡部が言うと同時にの頭がいい音を立てた。


「った!」
「テメーは誰に物言ってんだ」
「……英語、読めるの?」
「お望みならラテン語で聖書朗読してやろうか?」
「マジ?」
「俺に出来ねぇことなんざねぇんだよ」
「信じらんない」


どんな頭してんのよ…。
の呟きはもっともだった。


「部長は、もっと小難しい本読んでると思ってたよ…」


脱力しつつ言うに、跡部は微笑って


「俺にもたまには息抜きだって必要なんだよ」


バーカ、言いつつもその手は優しく慰めるようにの頭を撫でていた。










「で、辞書だの付箋貼ってあったりすんのは、その本を訳してたってわけか?」
「え…まぁね」
「もう少し待てば日本語訳が出るんだろ? なのに訳してんのか?」
「う…」
「ご苦労なことだな、おい」
「……本当に、良くご存知でいらっしゃる」


は自分の淹れた煎茶を啜りながら跡部を恨めしそうに睨んだ。
慌てて片付けたテーブルの上には濡れせんべいの鉢  何でも、日吉オススメの店
のものだそうだ。


「お前こそ、なんでこんなマニアックな本読んでんだよ」
「マニアック言うな」


ぴしゃりと返して。


「大体、日本では無名でも、イギリスじゃそこそこ売れてるんだからね、この本」
「ああ、知ってる」


そうらしいな、と頷きかけた跡部だったが、ふと気がついたように。


「お前こそ、何でそんなこと知ってんだよ?」
「知ってるに決まってるでしょ、ちょっと前まで現地にいたんだから」
「は?」
「へ?」


跡部が驚いたことに、も驚いて。
そして気がつく。


「もしかして部長、知らなかったの?」
「……ああ」
「なんで? 生徒会長の職権乱用で生徒名簿に載ってる私の情報読んだんでしょ?」
「そんなもん、必要なところしか見てねぇよ」
「必要なトコって?」
「名前、学年とクラス、所属してる部はあるのか……その位か」
「………」


今度呆れた顔をしたのはだった。


「……本当に勧誘目的だけで調べたんデスネ」
「最初にそう言っただろうが」
「言ってたねぇ」


まぁ、だからといってプライバシーを侵害したことに変わりはないのだが。


「知らなかったよ」
「……何がだよ?」
「部長って、結構テニス馬鹿だったんだねぇ…」
「?!」










next.
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しみじみ呟かれてしまいましたよ、跡部様。(笑)