あ〜あ、まただよ。

その光景を眺めやって、は溜息を付いた。
ここまで来ると呆れるよりも感心する。












跡部に対峙しているその少女は綺麗に巻いた金茶の髪と丁寧な化粧をしていて、顔
立ちもなかなか可愛い部類に入っている。体格も小柄で、これでにっこり笑ってい
たら大半の男が好感以上のものを感じるだろうに、生憎と今は、跡部を睨みつける
目は吊り上り、時間を掛けて塗ったのだろう重そうなマスカラは滲んで隈のように
なっていて、興ざめなことこの上ない。


「どういうことなの跡部?! なんであんな子を入部させたのよ!」


キンキン声で喚く態度もいただけない。

跡部もうんざりしているのか、「うるせぇな」と明後日の方向を向いたまま切り捨
てた。


は俺が見込んでマネやらせてんだよ。お前の出る幕はねぇ」
「マネは私でしょ!」
「辞めただろうが」


なんと。


「彼女が私が男テニに引きずり込まれた原因のコなんだ」
「せや」


思わず漏らした呟きに返ってきた応えに驚いて振り向くと、のすぐ後ろに忍足
を筆頭にレギュラー陣が勢揃いしていた。


「いつの間に…」


というか、練習は良いのだろうか。
呆れつつも咎めるように睨むと、「休憩や」としれっとした答え。


「なんでよ? 私の存在ってそんなすぐに後釜見つけられる程度のものだったの?
ねぇ、景吾にとって私ってそんな程度だったの?!」
「忍足」
「……あー、あの二人は付き合ってたとか、そんなんちゃうで」


何故か気遣わしげに否定する忍足に、は「いやそうじゃなくて」と胸の前で無
造作に手を振って、


「あのコ、マネ業に未練たらたらみたいなのに、何で辞めたの? 辞めなきゃ、今
頃私は平和に暮らしてた筈なのに…」
「なんや、そっちかいな」
「なんやとは何だ」


私には重要なことだ。
むっと唇を尖らせると、忍足が苦笑った。


「なんでやと思う?」
「さあ? まぁ、でもマネージャーやってたにしては派手だよね」
「マネやってた頃は佐藤もああやなかってんけどな」
「辞めた途端に派手になった?」
「つか、化粧する為に辞めたんだよ。跡部の気ぃ引くためにな」


口を挟んできたのは宍戸だった。
彼も、忍足に負けず劣らず複雑そうな表情で二人を眺めている。
…いや、この二人だけではなく、レギュラー陣全員が程度の差こそあれ皆似たり寄っ
たりの表情で、ということはつまりそれだけあの少女がここに受け入れられていた
のだと知れた。
佐藤、というのが少女の名なのだろう。


「その程度も何も、今のテニス部のマネはの二人、それだけのこと
だろ」
「ひどい……中学からずっと一緒に頑張ってきたのに……っ」


ああ、成程。
そういうことか。

それだけ長い付き合いならば色々と思うところもあるだろう。


「あんたたちも大変だね」


言えば、忍足は「ま、お互い様やな」大人びた笑みをみせた。


さて、どうするか。


このまま放っておいて泥沼劇場展開させてもそれはそれで面白いのだが、流石にそ
ういうわけにもいかないだろう。なにより、は跡部に呼びつけられているのだ
から、このまま顔を出さないと後で何を言われるか(させられるか)分からない。


「……仕方ない」


低く呟いて、気付いた忍足や宍戸が止めるよりも先に足を踏み出した。
二人に気付かれるよう、わざと足元の砂利を蹴飛ばす。


「…


先に気付いた跡部が目を細めた。
「何しに来た」そう表情で言っている。
はっきり言って綺麗な顔で不機嫌そうに睨まれるとかなりの迫力で怖いのだが、こ
の程度で怯んでいては出てきた意味がない。


「樺地クンから、部長が呼んでるって言われたんだけど」


わざとふてぶてしくも無表情に答えると、跡部も思い出したのだろう、ちっと小さ
く舌打ちした。


「このコが新しいマネ?」
「そうだ」


「このコ」と呼ばれた瞬間、の眉がピクッと動いた。
殺気すら篭った佐藤という少女の刺々しい視線を真っ向から受け止めて、しかし
は殊更に少女を無視して跡部に顔を向けた。


「…で、何の用かな?」
「あぁ……部誌がまだ監督のところから戻ってねぇんだよ。取りに行ってくれ」
「え? 昼休みにサンが受け取ってたの見たよ? 部室にあるんじゃないの?」
「あ? いつもの場所にはなかったぞ」
「探したの〜?」
「当たり前だろうが」


そのまま跡部を連れて部室へ行こうとしたの、だが。


「ちょっと待ちなさいよ!」


金切り声と共に力任せに腕を掴まれた。
長い付け爪が食い込んで、の表情が歪む。


「何無視してんのよあんた!」


金切り声が耳に痛い。


「それは私のなの! 私のいるべき場所なのよ!」
「……は?」


振り向いた途端、

バシッという破裂音と、頬と首にかかった衝撃と、視界の端を掠めて飛んでいく白っ
ぽい小さな何か。


「っ、!」


跡部が慌てた顔での腕を掴んで振り向かせた。

頬に感じるじんじんと熱を持ったような痛みに、引っ叩かれたのだと漸く気付いた。


「大丈夫かっ?」
「おい! 血が出てるって!!」


隠れて覗いていたはずのレギュラーたちも駆け寄ってきた。


「あ?」


言われて、頬に持っていった指先にぬるりとした感触が伝わる。


「あー……何かに当って切れたかな」


ひりひりした痛みと皆がやけに血相を変えている理由はこれか、と納得していると、
「何かって、これだよ」滝が地面から何かを拾い上げて皆に見せた。

見てみれば、それは細かな花柄の付け爪のチップ。

の血に、そこまでする意図はなかったのだろうすっかり怯えた表情の少女の、
握り締められた右手を忍足が掴み、一本一本指を開かせていけば、人差し指の爪だ
けが他と違っていた。


「切ったって言うより、抉ってますよね、これ」
「うわー、痛そうっ」
「血がジャージに付いちゃってるC」
「うわ、マジで?」
「……これ、どうぞ」
「ありがと」


樺地が手渡してくれたタオルでとりあえず頬を押さえる。
岳人と長太郎と慈郎はこういいうときには役に立たないんだな、とは脳内メモ
に書き込むが、本当はそれどころではないはずで、冷静なつもりでもやはり動揺し
ているのだろうか。


「―――佐藤」


低い跡部の声がに集まっていた視線を少女へ戻した。

少女は大きく見開いた目に怯えと涙を浮かべて、跡部を見上げている。


「マネに戻りたいんならなんでその爪外して来ない。んなチャラチャラした格好で
できる仕事じゃねぇことくらいわかってる筈だ」
「あ、あたし、あたしは…っ」
「お前がテニス部のマネと引き換えにしたのは高々そのケバい格好だってことだ」
「違う!」


冷たく嘲る跡部に、少女の涙が溢れた。


「あた、あたしが欲しかったのはっ、あたしはお洒落したかったんじゃないっ」
「はっ。じゃあなんだってんだ。何が欲しかったんだよ?」
「あたしが欲しかったのは跡部よ!」
「……アン?」
「以前にあたしが告ったとき跡部言ったよね。「マネには手出さない主義だ」って。
……だから、あたしがマネ辞めたら、跡部はあたしを見てくれるんじゃないかって。
ちゃんとテニス部のマネじゃない、あたしを見て欲しくて……っ」


ぼろぼろと零れ落ちる涙を美しいとは思えなかった。
だけどその想いは確かに一途でいじらしい。

だから。


「ハン、俺が立場気にして惚れた女に手ぇ出すのを躊躇うような間抜けかよ。お前
にああ言ったのは、部内で余計な波風立てたくなかったってだけだ」
「そんな……」
「お前は端から対象外だったってことだ」
「………っ」


引導を渡すのは、跡部の義務だ。


「わ……わかってたもん。跡部に相手にされてないって、ホントは分かってた。だ
けど、諦められなかった……っ」


自分を思って泣き崩れる女を、倣岸不遜に見下ろす跡部。

なんてらしい構図だろうか。


まさに、これこそが『帝王・跡部景吾』。









どうしてこんな男に女は惚れるのだろう?

その理不尽な魅力にはこっそりと首を傾げた。




next.
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帝王・跡部様。