天井から吊り下げられた巨大なクリスタルガラスに反射する光の煌き。
あちらで立ち止まり、こちらの顔見知りに話しかけ、落ち着くことなく行き来するきらびやかに着飾った人達。途切れることのない声。
早くもそれらにうんざりし始めたのがわかったのだろう、「おい」小声の呼び掛けと共に脇を小突かれた。


「いたっ」
「ぼーっとしてんじゃねぇよ。俺の隣で気ぃ抜いてんな」
「…はーい」


渋々と答えたら、フン、と鼻先で笑われた。


「あと2、3人に挨拶すりゃとりあえずはお役ご免だ。それまで気張れよ。作り笑いがぎこちなくなってんぞ」


…見抜かれてましたか。
表情作りすぎてそろそろ顔の筋肉が悲鳴上げてるのよね。
でも、ま。


「頑張りますか」
「おう」


他の誰でもない、跡部の誕生日祝いのパーティだものね。











どこぞの国会議員夫人だかなんだかいう小太りのババァがしきりと自分の娘を押し売ろうとしてくるのを体よくあしらいながらちらりと隣に目を移せば、案の定は退屈しきった目で相手の髪飾り辺りに視線を固定して呆けていやがった。
顔も目線も相手に向いているし、表情も愛想の良い笑顔のままだから欲に目の眩んだババァには見抜けやしないだろうが、俺には判る。こういう時のコイツは相手の話なんざ聞いてやしねぇ。どうせ腹が減ったとか経ちっぱなしで足が痛ぇとか、そういう余所事ばかり考えてるに決まってる。
議員夫人のお喋りを適当なところで遮って、近づいてきた別口の  だが、中身は大してかわりゃしねぇ  初老の夫婦連れに声をかけると、そこだけは呼吸を読んでいるも調子を合わせて頭を下げた。


「跡部」


その夫婦連れとまた中身のない会話を繰り返すのかと流石に慣れてる俺自身もうんざりしきっていたところに、お誂えの救いの手がやってきた。
「失礼します」と会釈すれば、夫婦連れは遠慮して離れてゆく。
ふぅ、と溜息を吐いたのは俺が先か、それともが先だったか。


「相変わらずだな、跡部」
「まぁな。だが、これも仕事の一環だからな」
「ああ、それは俺も解る」
「だろうな」


プロとしてスポンサーやらマスコミに愛想を振りまかなきゃならないことも多いだろう。が、普段から無愛想・無表情のコイツは人一倍それに苦労しているだろうことは想像に難くない。
お互い、同じ様な苦労をしてるってわけだ。


「手塚君、久し振り。トーナメント優勝と誕生日おめでとう」
「ああ、ありがとう。さんも元気そうで何よりだ」
「相変わらず堅苦しいな、手塚よ」
「む…そうか?」
「自覚なしかよ? アイツにも言われてねぇか?」
「そう言えば、跡部の従妹さんと婚約したんだよね、おめでとう!」
「あ、ああ……ありがとう」


がさっきまでの作り笑いとは比べ物にならない笑顔を向けると、手塚の野郎、顔を赤くしやがった。珍しいこともあるもんだ。


「そう言えば、その婚約者さんは? 今日は一緒じゃないの?」
「いや、彼女なら…」
「先程、私の恋人とデザートの並んであるコーナーに行かれましたよ」
「柳生君!」


突然割り込んできたのは似非紳士だった。……コイツも、相変わらずのようだ。
自分の彼女を「恋人」と堂々言うか、普通? いや、間違っちゃいねぇが。


「久し振りだね、柳生君も」
「久しいな」
「ええ、お久し振りです、さん。手塚君。そして本日はお招きありがとうございます、跡部君」
「ああ。…立海の奴らにはもう会ったのか? さっきまでその辺にいたみてぇだが」
「先程私も見掛けはしましたが、跡部君に挨拶してからと思いまして」
「気遣いはいらねぇよ。元々、んな堅苦しい催しじゃねぇしな」
「しかし…」
「跡部」


が俺の腕を引いた。


「何だ?」
「私も、ちょっと行って来ていい?」


休憩がてら、女同士でおしゃべりしてきたい。
そう訴えるに「食いすぎるなよ」と一言釘を射して送り出せば、「しません!」わざとらしくふくれっ面をして足早に行ってしまった。


「…気を遣わせてしまったな」


その背を見守っていると手塚が呟いた。
…この朴念仁もこういうことに気付くようになったんだな。


「イイ女だろ?」
「ええ、そうですね」
「やらねぇぞ」
「ご心配なく。私にもこれ以上ない位に可愛い女性がいますので」
「俺もだ」
「冗談だ」


大真面目に返す二人が面白くて喉を震わせて笑った。











前々からシェフの自慢の一品と聞いていたストロベリーシフォンケーキを無事にゲットして、ついでに未来の手塚夫人と柳生君の初々しい恋人さんと、それから忍足君の相方さんともお喋りすることが出来た。皆、今日のパーティが色んなことの切欠になったんだと聞かされて、驚くやら、納得するやら。
そう言えば、昔から何だかんだで部員の面倒を良く見ていた男だったなと思い出す。
まさか他校のライバル達の面倒も見ていたとは思わなかったけれど。

ちらりと視線を向ければ、人込みの中、不自然に空いたスペースの中心で談笑している男達が目に入る。
本日の主役に時の人が揃っていれば声を掛け辛く思うのも無理はない。おまけにまだ
一般人の部類に入る柳生も二人に劣らず整った容姿をしているとなれば尚更か。
話に花も咲いているようだし、もう少し邪魔をしないでいてあげようかと通りがかったボーイが捧げる銀盆の上からグラスを一つ浚って人気のないテラスへと足を向けることにした。


……それが間違いだった。


「先客か。お邪魔だったかな」


明らかにがここにいることを知っていて来たくせに、空とぼけてヌケヌケというその厚顔に思わず眉間に皺が寄りそうになる。


「いいえ」


それでも、間を空けることなく笑顔を作って見せることが出来た自分に、大人になったものだと的外れな感想を抱いた。


「丁度良かった。君に話があるんだが、少し、良いかね」
「どうぞ?」


そら、来た。
このオヤジが事ある毎に跡部に自分の娘を娶わせようと動いていたのは知っている。
そんな人の『話』がどういう内容か…考えなくても想像がつくというものだが、それでも愛想よく対応するのは、この人が跡部の遠縁の親戚だから。
この苦行も、私が跡部景吾という男の隣に立ち続ける上で避けては通れない事柄の一つなのだ。


「君は、何処に勤めているのかね?」
「……何処にも」
「何処にも? 勤めていないということかね?」
「ええ、そうです。フリーですので」


私があっさり認めるとは思っていなかったのだろう、オジサマは少したじろいだ後、
「そうか。うちの娘は○×商事に今年就職が決まってね」と続けた。フリーターなお前と違って優秀な娘なのだといいたいのだろうが、○×商事といえば確かに名の通った企業だが跡部の系列の一つでもある。


大方、コネ入社でしょ。


内心で出した舌はオジサマには見えない。


「景吾君はピアノを弾くが、娘も小さな頃から習っていてね、親の私が言うのもなんだが、景吾君の技量にも引けはとらんだろう」
「そうですか」
「他にも茶道・華道も嗜んでいるし、こう言ってはなんだが、跡部の跡継ぎの妻として誰よりも相応しいだろう」
「それはそれは」


私の返事が気に食わなかったらしい。オジサマの眉間にぐっと皺が寄った。


「私の話しを聞いているのかね?!」
「聞いてますよ、そう声を荒げなくても」


耳は遠くありませんから。
にこりと微笑んで、手にしたグラスの中身を一口呷る。
……フルートグラスに入ってるからシャンパンかと思ったのに、ジンジャーエールだった。なんでさ。


「…私の話しを聞いていたのなら、言いたいことは解るだろう」
「さぁ? 何でしょうか?」


苦虫を噛み潰したような顔をされても怖くなんてない。
むしろ醜い顔が更に醜く歪んで不快なだけだ。


「回りくどいことは嫌いな性分ですので、お話は簡潔にお願いします」
「……っ、成る程、でははっきりと言おう。一体幾ら出せば景吾君と別れてくれるんだね?」


お金で買収ときたか。
意外と面白みのない手だなぁ。もっと直接的に脅すとかしてくれたほうが面白い対応ができたのに。
私はオジサマの目を真っ直ぐに見た。


「幾ら出すおつもりですか?」


出来るだけ、意味ありげに笑む。


「……君の年収の倍でどうだ」


オジサマは簡単に引っかかった。


「倍? 私の年収の、ですか?」
「そうだ」


それは、また。


「あ、あはっはははははははっ」
「な、なんだ? 何故笑う!」
「はははははっ、ず、随分と豪気なお話ですね。あははっ」
「私をバカにしてるのか、君はっ!」


真っ赤な顔をして声を張り上げたオジサマには申し訳ないけれど、私の笑いは中々止まらない。あまり知っている人は少ないけれど、私は結構な笑い上戸なのだ。


  なら、25億円ですわね」


端数はまけて差し上げます。
抑えようとしても抑えられない笑いを堪えて告げた金額に、オジサマはいっそう顔を赤くした。








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2008.11.30 加筆修正