厄介な奴、と言うのはどこにでもいると思う。
無責任だったり無駄に騒がしかったり、エキセントリックだったり様々だけど、付き合い始め
て10日も経ってない初々しいカップルの邪魔をする奴というのは、一体どうなんだろうか。
「厄介って一言で片付けて良いのか、それ」
「……とても正しい意見をどうもありがとう、越野クン」
でもね。
正しくても、何の役にも立たないんだよ。
「厄介でも難儀でも何でも良いから、仙道クンを何とかして……」
「俺に奴が止められるとでも?」
「同じバスケ部じゃん」
「いや、それ関係ないだろ。この場合」
「ううう……」
「悪い犬に懐かれたと思って諦めろ」
同じことを魚住先輩にも言われたよ。
「本気になった奴は誰にも止められない」
「バスケ部は関係ない」
「……悪いが、諦めてくれ」
折角、意を決して3年の教室まで行ったのに、皆判で押したように憐みを含んだすまなそうな
眼差しで私を見て、頭を下げた。
後輩の躾は先輩の義務なのに。
大型獣の放し飼いはいけないんだぞ〜。
OH!GIRL
人間は人生に3回だか12年に一度だか、矢鱈とモテる時期があると言うけれど、今私にその時
期が来ているのだろうか?
といっても、モテてるのは二人だけなのだけれども。
「ちゃん」
……来た。
「……何の御用でしょう、仙道クン?」
「やだなぁ、そんな嫌そうな顔しないでよ。傷付くじゃん」
「はいそこ。嘘をつかない」
そんな満面の笑みで傷付くとか言われても説得力ゼロだ。
それを指摘しても、顔で笑って心で泣いてるんだよ、なんて返ってくるだけなのが分かってる
から、敢えて言わないけど。
「昼休みなのにマツモトクンは一緒じゃないんだ?」
「委員会で呼び出されてるって知ってるくせに、白々しいなぁ」
「えー? 誤解だって」
自分の教室でもないくせに堂々と私の前の椅子に後ろ向きに座って、私の机に肘を突く。
そうすると私と目線の高さが同じになるからだ。
……実を言えば、彼のこういう小さな気配りは嫌いじゃない。
むしろ好感が持てる。
松本クンも仙道クンほどじゃないにしても背は高いのだけれど、彼はこういうことはしてくれ
ない。というか、気が付きもしないから。二人を比べてどうこう言うつもりはないけど、気を
遣ってもらったり優しくされれば嬉しいのは人として当たり前の事だと思う。
だけど、わざわざ松本クンがいない時を狙って、こんな風に会いに来られるのは困る。
仙道クンは目立つ。
その並外れて高い身長だけじゃなく、彼はモテるから、今もやっかみの視線が背中と言わず横
顔と言わず突き刺さってる。
こんな状況で、こうして二人が話してるのが松本クンに伝わらない筈がなくて。
「仙道クン」
「なに?」
「もう私に話しかけないでもらえない?」
「嫌」
「……即答ですか」
解ってたけどね。
彼が出向いてくるのなら、その前に逃げようと何度も場所を変えたにも拘らず、どうやってか
見つけ出して追いかけて来る位だから。
もう面倒になって、逃げるのもやめてしまった。
「松本が言ったの?」
「何を?」
「俺と話すなって」
「まぁね。仙道クンと話したって分かると、すごく不機嫌になるの」
お陰でこのところ二人の会話はかなりぎこちなくて、なんて言うのか、とても居心地が悪かっ
たりする。
疚しい事なんて何もないのに。
「狙い通りなんでしょう?」
「そうかもね」
「このままだと、私捨てられちゃうんだけど」
「そうしたら俺が拾うからダイジョーブ」
「笑顔が黒いよ、仙道クン」
いつでも飄々としてて何にも執着しそうじゃないのに、どうして私なんかに拘るのか。
溜息を付いたら、「幸せが逃げちゃうよ?」と頭を撫でられた。
誰のせいだ、誰の。
「……松本クンと別れても、仙道クンを好きになるとは限らないよ?」
「俺に惚れさせるからヘーキ」
「どっからそんな自信が出てくるの……」
頭が痛い。
私が何を言っても仙道クンには伝わらないみたいだ。
でも仙道クンは本当は全部分かってて、それでも全部無視してるんだって私だって分かってる。
分かってるんだけど私は言わずにはいられなくて、仙道クンは分からないフリをしてて、いつ
までたっても堂々巡りなんだけど、ちょっとずつ状況だけが変わっていってて。
ああ、ややこしい。
「私は駆け引きが苦手なんだよ……」
机に突っ伏してそう呟いたら、「俺はすごく得意」と胸を張って言われた。
いや、そこは威張るところなのか? ……バスケ選手としては威張れるのか。
「ストレートに言ったって、ちゃんはうんって言ってくれないだろ?」
「何を?」
「俺に惚れて」
「無理難題を言わないで」
「ほらね」
「惚れろと言われて惚れられるなら苦労はしない。それに、どんだけストレートに言われても
仙道クンだと裏があるような気がしてならない」
「……厳しいなぁ」
「これを自業自得と人は言う。それと、名前で呼んで良いって誰が言ったのかな?」
「俺」
「唯我独尊ですか」
「いいじゃん。親愛の情の表れってやつだよ。松本にも名前で呼ばせてるんだろ?」
「それは当然じゃない? 彼氏さんだもん」
「好きでもないのに」
「……その内好きになるよ」
「でも今は好きになってない。惚れてない彼氏なら、俺にもチャンスはある。俺は折角のチャ
ンスを見過ごす気はないね」
「仙道クンは意地悪だね。それでもって得手勝手過ぎる」
私の気持ちはどうなるのさ。
振り回されて、疲れ切って。
これで松本クンに振られたら、なんだか私は踏んだり蹴ったりじゃないの?
「ちゃんは大丈夫だよ。4文字熟語の会話で遊ぶ余裕があるんだから」
やっぱり気付かれてた。
……当たり前か。
「ちゃん」
「ん〜?」
仙道クンの大きな手が私の頭をそっと撫でる。
ゆっくり、ゆっくり。
髪が乱れないように、頭を撫でるというよりは髪を手で梳くような感じで。
仙道クンの手はバスケをやってるだけあって大きくて節だっててごつくて、なのにとても繊細
に動くのが不思議で、とても気持ちよかった。
「俺の事嫌いじゃないでしょ?」
「嫌いじゃないよ」
いくら落ち込んでるのが可哀想だからって、嫌いな人間に胸を貸したりしない。
だから困ってるのに。
松本クンも嫌いじゃない。でも、恋愛感情で好きかと訊かれると困る。
それは仙道クンも全く同じで。
「どちらかなんて選べないよ…」
撫で続けてくれる仙道クンの手が気持ち良くて、お弁当を食べたばかりでお腹が一杯なのも
あって、眠気がすごい力で私の瞼を押し下げてくる。
それに抗う気にもなれなくて、午後からの授業が始まる前にはきっと生真面目な越野クンが
起こしてくれるだろうと期待して、予鈴がなるまでの短い間、素直に欲求に従う事にした。
だから、朧に聞こえた声は気のせいだったかもしれない。
それとも私の夢かも。
「ちゃんが選べないなら、俺が選べるようにしてあげるよ」
内容を考えたら一体何をする気なのかと恐ろしくなるのだけど、それを言った仙道クンの声が
とても優しかったから、
それならそれでいいかなぁ。
なんて、半分夢の中に意識を突っ込んだまま暢気に考えていた。
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