部の用事で2年生の教室を訪れた。
そこには。
「さん〜」
「よしよし」
広げられた腕の中に飛び込んで、情けない顔で泣きつく仙道と、その身体にすっぽり覆い
かぶさられつつも、広い背中に腕を回してポンポンと宥めるように叩くの姿が。
「こ、越野はん」
「何だ、彦一」
呆れ顔で彼らを眺めている先輩部員の元へと駆け寄る。
手にはしっかり愛用のチェックノートとボールペンを握り締めて。
「あのお二人は付き合うてはったんですか?!」
要チェックや!
決まり文句を叫ぶ後輩に、しかし越野は冷たく「ばーか」と言い放つ。
「ありゃ、どうみたって『飼い主と図体のでかい馬鹿犬』の図だろーが」
HURRY UP!
『大型犬と飼い主』
その形容が一番しっくり来ると自分でも思う。
それもちょっとどうだろうと思わないでもないのだけれど、でもこの状況はそれ以外にない
よなーなんて。
「さん〜〜〜っ」
「あー、はいはい」
1ヶ月に2・3回、多ければ4・5回くらい、仙道クンはこうやって私に抱き付いてくる。
眉尻を思いっきり下げて、情けない顔をして、私に慰めてもらう為に。
そして私は腕を広げて彼を受け止める。
「今回はどうしたの?」
「………振られた」
「また?」
「…………………さん、ヒドイ」
「いつから付き合ってたの? この前振られたって言ってたのが確か……」
ひぃ、ふぅ、みぃ。
指を折って数えてみる。
「3週間前だったっけ?」
「うん。で、その後告られて付き合ったのが大体2週間くらい前」
「2週間かぁ」
今回は短かったなぁ。
「振られた理由は?」
「……いつもと同じ」
「あー……それはそれは」
コメントのしようがない。
ちなみにいつもの理由というのは、大体3つくらいあって、多い順に
1.「アタシとバスケとどっちが大事なの?」
2.「思ってたイメージと違う」
3.「仙道君って冷たいよ」
となる。
1番は、これはもうどうしようもないと思う。
仮にも全国狙うくらい力入れてる部のエースなんだから、練習が忙しいのは考えなくても
解るはずなのに、デート出来ないからないがしろにされてるとオンナノコタチは思ってしま
うらしい。
その辺を理解せずに付き合ってくれと言う方が間違ってると思うのは私だけ?
2と3は……勝手なイメージを仙道クンに押し付けて、勝手に幻滅してるだけだよね。
「仙道クンは相手を選ばなさ過ぎなんだよ。ちゃんと仙道クンを見てくれる人と付き合わな
きゃ」
「……うん」
「仙道クンはちっとも悪くないんだから、落ち込む必要はないって」
「……うん。………さん」
「ん?」
「いつものやつ、やって?」
「はいはい。仙道クンは甘えたサンだね〜」
よしよし。
頭を撫でると折角セットしてあるつんつんヘアーが崩れてしまうのだけど、仙道クンは私に
頭を撫でてもらうのが何故だかお気に入りらしいので、リクエストに応えてあげる。
落ち込んだ仙道クンに胸を貸して慰める。
こんな私たちの関係は、恋人同士でもなければ親友でもない。
更に言えば、クラスメートですらない。
私と同じクラスなのは越野クン。仙道クンはわざわざ隣のクラスまで慰められに来ている
それがどうしてこんな関係になったのかと言えば……実は良く解らない。
偶々、彼が何かの用事で越野クンを訪ねてきたときに、運悪く越野クンは日直の仕事で教室
にいなくて、仙道クンは仕方なしに越野クンの机に座って待っていた。
そしてそのとき私は越野クンの隣の席で、机に顔を伏せた仙道クンがなんとなく元気がない
ように見えて、つい。
それまで、話した事なんかなかったし、彼のことも名前と顔くらいしか知らなかったのに。
「よしよし」
気がついたら、手を伸ばしてゆっくり頭を撫でていた。
仙道クンは驚いて顔を跳ね上げたけど、「あ、ごめん」私が謝ったら「いーよ」って笑って、
「もっと撫でてくれると嬉しいんだけど」って催促してきた。
後で聞いたら、その前の日にバスケの試合で負けてしまったらしく、やっぱりちょっと凹ん
でたらしい。
何で解ったんだって仙道クンにも越野クンにも訊かれたけど、そんなの私のほうが訊きたい。
敢えて言うなら……ウチのイチタロー(柴犬:4歳♂)とイメージが似てたから、かな?
……で、私の「よしよし」が気に入ったらしい仙道クンは、事ある毎に私のところに来るよ
うになった、というわけだ。
「さんの手はやっぱり落ち着くなぁ」
「それはありがとう」
しみじみ言われると、なんだか嬉しい。
これも一種の褒め言葉だし。
「元気出た?」
「うん。サンキュ」
「そう。なら良かった。もう慰めてあげられるのもこれで最後だしね」
「え?」
キョトン、とした顔をされてしまった。
「最後ってなんでっ?」
「何でって言われても……彼氏さんがやめてくれと言うので」
「彼氏?!」
「って付き合ってる奴いたのか」
何故だか越野クンまで会話に加わってきた。
なんか、その後ろで1年生の男の子が「要チェックや!」とか叫んでるし。
……そんなに驚かれることかなぁ?
「いるよ。って言っても、1週間前からなんだけどね」
ちょっと照れくさい。
何を隠そう、人生で初めて出来た「恋人」だったりして。
「何処の誰?」
「何処のって、2組の松本クン」
「ああ、サッカー部の?」
知らない、と首を振った仙道クンの代わりにポン、と手を打ったのはさっき叫んでた1年の
子で、「エースストライカーゆうわけやないですけどレギュラーで、女子に人気高いお人で
すねん」と説明までしてくれた。
「なんでそんなモテモテ君がさんと付き合ってるの」
「……なんかヒドイ言われようね。言っとくけど、向こうから告ってきたんだからね」
そう。割といつも人気のない中庭の隅、非常階段の下辺りに呼び出されて行ったら、「好き
だ。付き合って欲しい」と言われたのよ。突然で驚いちゃった。
「以前からの知り合いだったのか?」
「松本クンと? うん、中学が一緒で、3年のときは同じクラス」
「ってことは下手するとそのマツモト君は3年近くに片思いだったってことか?」
「あ、いや、そうじゃないって。今年になって委員会で顔合わすようになってね。最初は懐
かしくて喋ってたら、なんとなく気になるようになったって言ってた」
「…………ふぅん?」
「なに拗ねてんだ、仙道?」
「別に。…それで、さんはその爽やか君に告られてOKしたんだ」
「まぁね〜、元々友達で嫌いじゃないし」
驚いたけど、嫌だとは思わなかったし。
「嫌いじゃなければ好きでもないのにOKするんだ」
「付き合ってるうちに好きになるかもしれないじゃん。松本君もそれで良いって言ってくれ
たし」
っていうか、なんで仙道クンがぶすっとしてるのかが解らない。
そんなに私が誰かとお付き合いしてるのが意外だったわけ?
失礼な。
「さん」
「はい?」
急に真っ直ぐに瞳を見つめられて。
いつもはちょっとはぐらかすような、どこかふざけた色が浮かんでるのに、それもなくて。
気圧されそうになって無意識にちょっとだけ背中を反らせてた。
「そんな奴やめなよ」
「……………は?」
「で、俺と付き合おう?」
「へ? ……って、ええ?!」
あまりに唐突で意外なことが起こると、私と言う人間は思考停止に陥るらしく、次に気がつ
いたときには仙道クンはとっくに背中を向けて教室を出て行っていて、追い駆けようにも午
後の授業開始の予鈴が鳴り出したために、私は他よりも一つだけ飛び出てるその後頭部を呆
然と見送るしか出来なかった。
「………越野クン」
「おう」
「いま、今のって……そういう意味ですか?」
「そう……なんだろう、なぁ?」
「何故にそんなに自信無さげ?」
「あいつが何を考えてるのか俺には解らん」
「………どうしよう?」
「とりあえず、俺に解るのは………」
「解るのは?」
「厄介な奴に懐かれたな、お前」
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