全然綺麗なんかじゃない。
むしろ、ドロドロと醜く汚く真っ黒。
それでも貴方は、そばにいてくれますか ?
世界と引き換えにしても欲しいモノ
信じろ、と言われた。
一度取ることを拒否したその手を、もう一度差し出された。
それは、とてもとても、予想外の出来事で。
「…カカシ、さん」
「ん?」
応える声まで、何て優しい。
はぎゅっと目を閉じて、それからゆっくりと目を開いてカカシを正面か
ら見つめた。
けれどその表情は意を決して返事をしようとかそういった毅然としたものでは
全くなく、むしろどう見ても戸惑いと不安を抱えて今にも泣き出しそうな、幼
い迷子のそれ。
「私は…全然出来た人間なんかじゃないんです」
「出来た人間なんて、そうそういな〜いよ」
カカシは穏やかに、でも即座に否定した。
「大雑把でガサツだし、面倒くさがりだし、飽き性だし」
「細やかでお淑やかな女が好きだなんて言った覚えないし、さんは面倒
でも大事なことはきちっとしてるじゃない。飽き性ってことだってオレは全然
かまわな〜いよ、俺に飽きられちゃったら困るけど飽きさせない自信あるし」
色んな意味でね。
意味深な言葉に呆れた溜息や黄色い声で反応したのは周囲の忍達で、肝心の
は余裕がないのかあっさり流されてしまった。
「気が短いし、気紛れだし」
「俺は気が長いから全然大丈夫。気紛れにだって付き合ってあげるよ?」
「…親にも嘆かれるくらい薄情ですよ?」
「そ? さんが分かりやすい表現しないだけでしょ〜よ。じゃなかった
らあんなにナルト面倒見たりしな〜いよ」
「……それは……だってナルトは強いから…」
「?」
再び俯いてしまったにカカシが身を乗り出そうとした、その寸前に彼女
は再び顔を上げた。
「殺そうとしました」
はっきりと、告げた。
途端にざわめいた周囲も、の耳には入っていないのか。 否、意に介
していないだけなのかもしれない。
彼女の瞳はカカシだけを映している。
その僅かに露出した部分に浮かぶ表情からカカシの心を読み取ろうとでもして
いるかのように。
「…さん?」
「あの時、カカシさんが殺されたと思って。助けに来てくれたカカシさんを、
あの人が馬鹿にして、それが許せなくて。それで、殺してしまおうってそう
考えてました」
先ほどの一言が誘拐事件を指すと知って、カカシはそっと肩から力を抜いた。
は一切躊躇わなかったと言葉を繋ぐ。
「『こんな奴、死んで当然だ』と思ってました。確かに怒りで正常な判断力が
低下していたとしても、誰かの命を奪うことに何の呵責も感じなかった!」
何時の間にか目の縁いっぱいまで溜まっていた雫は、それでも零れることはな
く、代わりに卓の下で血の気が失せるほど握り締められた両手は小刻みに震え
ていた。
「わたし…私は、医者なのに。命を守る側の人間なのに」
「………」
「私はバケモノです。ナルトとは違う、本物の怪物なんです」
ナルトは強い。
理由も知らされないままに虐げられていても、歪まず、挫けず、真っ直ぐに心
を保持して立っている。
はその強さに惹かれた。
同じく強大に過ぎる『力』を宿した者として、彼の強さに憧れ、欲した。
彼が真っ直ぐなままでいる限り、自分もまた道を誤らないでいられるような気
がした。
けれど所詮は欺瞞に過ぎず。
彼と離れた途端、の心は簡単に足を踏み外した。
元々倫理観に乏しいとは自覚していた。
けれどこれほどまでに脆いとは思わなかった。
「いつか、カカシさんのことも殺してしまうかもしれない。そんなバケモノを
恋人にするなんて馬鹿げてます。あり得ない」
ゆっくりと口角を上げて笑みを形作る。
けれどやっぱり眉根は寄っていて、見慣れたいつもの笑顔なのに、哀しくて胸
が痛い。
誰も喋らなかった。
身動き一つしないまま、を見つめていた。
あんなにも五月蝿かったのに、今は物音一つ聞こえてこない。
「だから…何?」
シン、と静まり返った店内にカカシの声が響いた。
怒っているような、低く無愛想な声だった。
「だから…っ」
「さんがバケモノなら、俺なんてもっととんでもない本物の化け物だよ。
俺だけじゃない。ここにいる奴ら全員がそうだ」
何せ、ヒトゴロシを生業にしているのだから。
「敵を殺すことなんて何とも思わない。むしろ殺して当然だと思ってる。ナル
トが忍者学校を卒業した年の頃にはもう、何人殺したかなんて分からないくら
い殺してたよ、俺」
「でも! それはカカシさんは、皆さんは里の為にしていることで、だけど私
のはただの私怨です!」
「同じだよ。俺達だって、戦ってるときは相手をこれ以上ないってくらいに憎
んでる」
悲鳴のようなに対して、応えるカカシはあくまでも静か。
「これが暗殺の任務だったりするともっと始末に悪い。敵意も殺意もなくただ
依頼だからってだけで殺すんだから」
「…違います」
「赤ん坊だろうが妊婦だろうが殺すよ。声一つ立てさせずにね」
「やめて。違う」
「今までに殺した数なんて覚えちゃいない。さんの言葉に従えば、俺な
んか大妖怪だね」
「違います! やめて!!」
とうとう雫が落ちた。
「そんな、そんなこと思ってない! そんなことが言いたかったんじゃない!
皆さんは人間です。バケモノなんかじゃない。絶対ない! そんなこと一瞬で
も思ったことない!!」
ぶんぶんと音がしそうなほど勢い良く、何度も何度も首を振って。
その度に小さな雫が飛び散っては照明に当ってキラリと光る。
「私の…いた所にだって、忍者じゃないけど、戦争する為に訓練された人達は
いました。だけどその人たちだって私と同じ人間だってちゃんとわかってる。
私たちを、誰か大事な人を守る為にその人たちが戦ってくれてるってちゃんと
わかってます! カカシさんたちのことだって…っ」
「同じ、でしょ?」
濡れた頬を伸ばした指先で拭って、カカシは笑んだ。
どこか切なげに。
でも、なぜか嬉しそうにも見える。
「俺たちもね、さんのことバケモノなんて思ったことないし、これから
も思ったりしな〜いよ」
「カカシ、さん」
拭っても拭っても、溢れて流れる涙。
「誰だって、誰かを殺したいと思うことはあるよ。そんなの当たり前のことだ
ろ?」
「で、でもっ、わ、私は、実行に移そうっと、して」
嗚咽でうまく喋れない。
それがもどかしくて、でも涙はカカシの指に誘われるように止まってはくれな
くて。訴えるようにカカシを見つめれば、分かってると言わんばかりに頷かれ
て頭の上に手を置かれた。
大きな、手を。
「俺が、止めてあげる」
next.
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正念場、こんなにひっぱるとは……ごめんよ、カカシさん。