「大丈夫?」と訊かれたら、
「大丈夫」
大抵の人間がそう答える。
それはもう条件反射のようなもので 実は全く大丈夫じゃないとしても、
そう答えてしまうのだ。
そのことを、カカシはすっかり失念していた。
「……だからといって、これはないんじゃない?」
小声で愚痴る彼の視線の先には、盛大に布団から手足をはみ出させて眠る彼
の部下と
世界と引き換えにしても欲しいモノ
無事に救出できたのは良かったものの、里へ漸く戻ったと息吐く間もなく病
院へ引きずり込まれ、検査やら傷の手当てやら何やらで時間をとられ、幸い
火影への報告は疲れているだろうからとの配慮により翌日へ繰り越されたも
のの、をアパートに運ぶことができたのは夜中を超えて、むしろ夜明
けに近い時間帯だった。
にも拘らず、
「姉ちゃん! 無事だってばよ?!」
ドアを開けた途端飛び付いてきた小柄な体躯をごとカカシが受け止め
れば、心配の色を一杯に湛えた大きな瞳が一心にを見つめた。
「こ〜らナルト、お前明日…ってももう今日か。朝から任務だって判ってる
か? こんな時間まで起きてて…」
「だってよカカシ先生! 姉ちゃんが攫われたってのに俺ってば大人しく寝
てなんていられないってばよ!」
「あ〜…三代目に聞いたのか……」
些かウンザリした様子で溜息を吐くカカシとは逆に、まだ彼に抱き抱えられ
たままだったは小さく苦笑しながらもナルトの頭にそっと手を置いた。
「…姉ちゃん?」
「ごめん、心配かけたね」
もう大丈夫だよと微笑む姿は言葉とは逆にやけに頼りなく。
心配げに眉間に皺を寄せる部下に、しかしの元気がない理由を知って
いるカカシは溜息と共に「だいじょーぶ」声を掛ける。
「さんがぐったりしてるのは怪我が原因じゃナイよ」
「そうそう」
「…じゃあ、なんで」
ナルトの問いに、はハハハ、と乾いた笑いを返す。
「これは……ほら、アレですよ。単なる乗り物酔い?」
「 はぁ?!」
「だってカカシ先生すっごい速いんだよ? おまけにアップダウン無茶苦茶
激しいし、舌噛むかと思ったくらいなんだからっ」
カカシを乗り物扱いしていることにはこの際目を瞑るとしても。
元々乗り物には弱いのだと力説すればするほど、ナルトの目は呆れの色を濃
くしていく。
「…んじゃあ、姉ちゃんが元気ないのって」
「酔って胸焼け起こしてるだけだな」
「……心配して損したってばよ」
がくっと落ちたナルトの肩にの腕が背後から回された。
「ごめんごめん」
「……いーけど。姉ちゃんが無事なら良かったってばよ」
そのまま引き寄せるように抱きしめられて、途端に大人しくなった部下にほ
ほえましさを覚えるものの。
………どこか面白くない。
「カカシ先生」
「 あ、うん」
むっとしていたのを勘付かれたかと一瞬焦ったが、当のはきょとんと
カカシを見上げていて、それ以上の意図はありそうにない。
ほっと息をついたのも束の間、今度は何故自分がそこでほっとしたのかとか、
そもそもどうして不機嫌になったのだろうとか色々気になって
「カカシ先生?」
「あ。……うん」
今度こそ訝しげに変わったの視線を曖昧な笑顔でやり過ごした。
「じゃ、俺は帰るけど……」
「あ、はい」
じっとカカシの視線がに注がれて。
「…あ、あの、カカシ先生?」
いたたまれなくなったがたじろぎながら見つめ返せば、
「……大丈夫?」
心の奥まで見通すような視線はそのままに、それでも確かに労わりが問う声
に滲んでいる。
薬を盛られて誘拐され、
命の危機に曝され、
あまつさえその犯人の最期を目の前に突きつけられた。
一般人の彼女には想像もつかないほど大変な一日だった筈で。
おそらく受けたストレスもショックも相当なもの。
なのに。
「大丈夫ですよ」
はまるで「心配性だなぁ」とでも言いたげに眉根を寄せたいつもの笑
顔を浮かべた。
「そっ? ならいーんだけどね」
「先生、おやすみなさいってばよ」
「はいはい、おやすみ。明日寝過ごして遅刻すんなよ」
先生に言われたくないってばよ!
鋭い突っ込みは口から飛び出す直前にの手で押さえ込まれた。
なんたって時間が時間である。
ナルトの大声は明らかに近所迷惑だろう。
小声でがそう諭すと、ナルトは「ごめんってばよ、姉ちゃん」
かなり抑えた声でもごもごと謝った。
「…さんには素直なのね、お前」
「先生、うっさ…っ」
「だーから、大声出すなっつってるでしょーが」
またも怒鳴りそうになったナルトの額がぺしっと鳴る。
軽い音からして別に痛くはないのだろうが、ナルトは悔しそうに顔を紅くし
て自分で自分の口を押さえた。
傍らで見ていたはクスクス笑いを零し、カカシは溜息をついた。
「……じゃあ、さん、おやすみなさい」
「おやすみなさい、カカシ先生」
こんな風に笑えるのなら本当に大丈夫なのだろうと、表情に出さないままに
安堵して軽く会釈すれば、もまた腕の中にナルトを閉じ込めたまま、
カカシよりは幾分か丁寧な挨拶が返ってくる。
それがなんだかくすぐったくて、「じゃあまた、明日」なんてありふれた短い
言葉を呟いて踵を返す。
瞬身ではなくて、心と静まり返った夜の空気の中をほてほてと、自宅までの
道のりをゆっくりと歩いた。
そんな気分だった。
そしてそんなカカシが自分の間違いに気付いたのは朝になってからのこと。
自分の部下の黄色い頭を大事そうに胸に抱きこんで寝息を立てる、の
寝顔を眼にしてやっと。
「あー……俺って馬鹿だ」
「大丈夫?」と訊かれたら、大抵の人間が 事実はどうあれ 「大丈夫」
と答えるものだと分かっていたのに。
「何が大丈夫だよ。大丈夫なわけないでしょーよ」
怖かっただろう。
不安だっただろう。
争いのない世界に育った彼女にはどれだけの衝撃だったことか。
それこそトラウマになってもおかしくない経験をしたというのに。
それを、「大丈夫だ」と笑って言った彼女。
気を遣ったのか、気を遣われるのが嫌だったのかは分からないけれど。
「あー、でもさんのことだから、両方っぽいよねー?」
変な所で遠慮がちになる人だから。
苦笑したカカシの足元で、ナルトがうーと唸った。それにはまた別の苦笑い
が漏れる。
「ったく、侵入者がこんだけぶつくさ喋ってるってのに、熟睡しててどーす
んだろーね。一応忍者デショ、オマエ」
集合時間の9時にはまだ1時間以上の余裕があるから、まだ寝ていても構わ
ないと言えば言えるのだけれども。
「油断大敵」
きゅっと握られた拳が軽く振り下ろされた。
ごいんっ
「ってーーー!!!」
軽く、としか見えない拳があげた盛大な打撃音に続いてこれまた盛大な悲鳴
が上がった。
寝起きにも拘らず即座に起き上がって身構えたところはさすが忍者と言えな
くもないが、如何せん殴られた後だけに滑稽さは拭えない。
「カっ、カカシ先生?!」
「やぁ、おはよう」
「おはようってばよ。……じゃなくてっ!」
「ナルトー、忍者が侵入者に気付かず寝こけてどうする。これが護衛の任務
だったら、確実に護衛対象ヤられてただろうな」
「う……っ」
「まぁあれだ。それだけさんの胸が気持ち良かったってのは分かるけ
どなー?」
にやりと笑って当てこすると、ボフン、と音がしそうなほどにナルトの顔は
一気に赤くなった。
「こ、これは違うんだって! 姉ちゃんがどうしてもって言うから…っ」
「あぁ、分かってるよ」
ぽん、と頭の上に手を置いてナルトを黙らせ、に視線を戻す。
怖かったのだろう。
夜の闇が。
1人で居ることが。
それでもカカシには強がってそんな素振りも見せず、ナルトには素直に頼った。
「意地っ張り」
なんだかやけに面白くなくて、カカシはナルトにも聞こえないくらい小さな声
で呟いた。
next.
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大変な一日がやっと終りました。