そこまで、と笑ったその人はとても。


とても。










世界と引き換えにしても欲しいモノ










「か、カカシ、さん・・・?」


右目だけで微笑むカカシをは信じられない思いで見上げた。


だって、刺されたのに。
目の前で倒れたのに。
あんなにも、血、が  


「ごめーんね、驚かせちゃって。ちゃんと敵の攻撃は変わり身の術でかわしたか
らダイジョーブ。俺はかすり傷一つ負っちゃいなーいよ」
「かわした…って」


変わり身と聞いて視線をカカシが倒れていた筈の場所へと向ければ、そこに転がっ
ているのはただの丸太で、そこには確かにクナイが一つ、無造作に突き刺さって
いる。


「敵がもう一人いるって分かってたからね。わざと隙を見せて敵の攻撃を誘った
んだよ」
「分かってた…って、どうして?」


問えばカカシは右の眉をくいっと上げて。


さんが教えてくれたデショ? あのちょーちょで」
「あ…」


言われて思い出したのは自分が飛ばした小さな蝶。
その碧の翅に記した3つの斑の意味を、それではカカシは正確に読み取ってくれた
のか。


「で、でも、血が。あんなにいっぱい」
「うん。あれは幻術。変わり身だけじゃ敵さんの油断を誘えないから」
「げんじゅつ…」


うん。だからねとカカシは何でもないことのように続けて。


「もう敵さんの拘束を解いても良いんだよ」


上げたままだった手に長い指がそっと絡んだ。
それで初めて、は自分が誘拐犯  カカシの言うところの「敵さん」  
を中途半端に重圧をかけて拘束したままだったことを思い出した。
それはの意識が他へ逸れても変わることなく続いていたが、が意識
した途端、霧散した。

がくり、と崩れた男の身体を支えたのは、の傍らに立つカカシと寸分違わ
ぬ二人のカカシ。
それに目を瞠ったの耳元で、カカシが一言、影分身と告げる。


「ソイツ連れて、先に行ってて」


カカシの言葉に頷いて、二人のカカシが男を抱えなおした、が。


「……音の忍びを舐めるなぁっ!!」
さんっ!」
「?!」


男の叫びにカカシは本能的にを庇い飛び退いた。
覆い被さる身体の重みと痛いほどに巻きつく腕に驚いて身を竦めた直後。


ドオンッ


低い爆発音と爆風がの髪、身体を嬲った。
それ以上にカカシの身体を。


「…っく」


カカシの漏らした低い呻きにが一層しがみ付く腕に力を篭めると、カカシ
もまた、それに応えるかのようにをぐっと抱き締めた。

目を開けていられないような爆風は、それでもすぐに納まる。

  が。


「…そのまま、目を閉じていて」


身体を離し、顔を上げようとしたの頭をカカシはそっと自分の胸に押し付
ける。


「カカシさん?」
「見ないほうがいい」


その一言に、漸くの頭は理解した。
あの男が自爆したのだと。
自分に覆いかぶさるその身体の向こうに広がる光景を想像しただけでぞくっと寒
気がした。


「カカシ、さん」
「うん」
「あの人……自分で……」
「うん。…多分、体の中に起爆札か何かを仕込んでいたらしい」
「時間がないって言ってた、あの人」
「え?」
「これ以上手間取ったら、自分の命に関わるって」


聞いたときは単に叱責を受けることを言っているのだろうと思っていたのだが、
もしもそれが体内に仕込んだ爆発物のことを指していたのだとしたら?
それが時限式になっていて、ある一定の時間が経ったら自動的に爆発することに
なっていたとしたら。


「多分、アイツは自分で起爆させたんだと思うけど…」
「…他の二人が!」
「死んだ」


その応えはカカシではなく。


「ガイさん!」
「木の葉の里に連行している途中で、二人ともな」


すたっとかすかな着地音と共に姿を現したガイがカカシの傍らに立つ。
彼もまた、が凄惨な光景を目にすることのないように壁になっているのだ。


「怪我人は、ガイ?」
「ゲンマと暗部の1人が負傷した」
「え!」


瞬時に顔色を変えたに、ガイは「大丈夫だ! !」とぐっと親指を立
てた拳を突き出し、キラリと歯を光らせた。


「ただのかすり傷だ。爆風で飛ばされた枝か小石がかすったらしい。敵の様子が
おかしかったんで金縛りの術をかけて一旦離れたのが幸いした」
「かすり傷……よかった」


ほぅ、と息をついたに、だがカカシもガイも苦笑を漏らした。
それを察して顔を上げたの頭をカカシは再度押さえつける。
そのままぐしゃぐしゃと髪を掻き雑ぜれば、は「ぎゃー」と悲鳴を上げた。


「もー、さんはヒトの事心配してる場合じゃないでしょーよ。全身打ち身
や切り傷擦り傷だらけだし、足も血だらけ」
「や、でもこれはすぐ直せるしっ」
「敵に変な薬嗅がされて、その影響も気になるし」
「もう薬は抜けましたってば!」


少しばかりぶすくれて乱れた髪を両手で撫で付けつつカカシを睨み上げれば、カ
カシは「そう? だったら少しだけ我慢して」と断って。

突然覆われた視界。

指で触らずとも何かの布で目隠しされたのだと分かる。
そうしてふわりと身体が浮いたような気がしたと思ったら、すぐに硬い、平らな
場所に降ろされた。


「そこで少しだけ待ってて」


はい、と大人しく頷いたはその意味するところを思って俯いた。

見えないくせに見えるかのように手を目の前に翳して、何度も握ったり開いたり
を繰り返す。


『人を殺そうとした手』


脳裏に浮かんだその言葉にぞっとして慌ててその手を地面にこすり付ければ、指
に触れる感触は硬く冷たく滑らかで、自分が大きな石の上に座っているのだと気
付いた。

平らで座り心地の悪くない場所を選んでくれたのだろう、カカシの優しさと気遣
いに言い知れぬ後ろめたさを感じる。

その気になれば、瞬き一つせずに殺せる己の力。
そしては確かにあの時、殺そうとしたのだ。

殺さずともどうにでもなったはずなのに。
それでも殺すことを選択した自分。


「冷酷だなぁ、私」


ははは、乾いた笑いが漏れる。

常々自分を薄情だとは思っていたけれど、これはそんなものじゃない。
見たくないと目を逸らしていた自分の醜さを目の前に突きつけられた気分だった。

自分はバケモノなのだ、と。

持っている力そのもののことではなく、心が。


「おまたせ、さん」


離れていたはずの気配がいつの間にか目の前に戻って来ていて、上から掛けられ
た声にはぼんやりと振り仰ぐ。


「……どうかした?」
「え? ……何も?」


目隠ししたままだから笑っても分からないかと思ったのだが、口角の上がった口
元で充分伝わったらしく、「そう」ほっとしたような声が返ってくる。


「じゃ、帰るとしますか」


後はガイと暗部に任せて。
飄々とした言葉と共にまたふわりと身体が浮いて。
は諦めを溜息一つで表現して、黙ってカカシに身体を預けた。











next.

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多分、次辺りからちょっとずつ甘くなる予定……
あ、でもその前に関門が立ちはだかってるけど。(^^;