自分の目が信じられない。
そんな体験は初めて どこか麻痺した冷静な自分が呟く。
力なく崩折れてゆく細身の身体。
低く短い呻き声。
そして、
その背に、左肩甲骨の下辺りに深く突き刺さったそれ。
「 カカシさん!!」
まるで悲鳴のようだ、と麻痺した脳がまた埒もなく呟いた。
世界と引き換えにしても欲しいモノ
いきなり穴倉から引きずり出され、ぎゅっと身体を締め付けられる感触に頭が全然
ついていかず、全身が強張った。
警戒心だけが機能してとっさに相手を突き飛ばそうと身構えかけた、けれど。
「良かった、間に合った…っ」
耳元で溜息と一緒に吹き込まれる声は良く知っているそれで。
木々の間から辛うじて差し込む月明かりを頼りに目を凝らせば、目の前に見える肩
は見慣れたグリーンを纏っている。
チラチラと視界を過ぎるのは月光に映える銀灰色の髪。
それでもまだ自信が持てないのは、余りにも日常からはなれた事態に警戒しすぎて
いて、混乱した脳では切り替えがうまく行かないせいなのかもしれない。
「さん怪我は? どこか痛いところはない?」
本格的に苦しいと抗議しようとした矢先に思い出したように腕を緩められ、パタパ
タと体中を検分するようにはたかれて。
それでも反応を返さないに、訝しく思ったカカシが顔を覗きこむと。
「………」
「……さん?」
砂と土まみれの顔は呆然と、それでも目を見開いてカカシを見つめながらゆっくり
と、膝を折った。
「うわっ」
小さく声を上げてカカシの腕が慌てての腕を掴むが、はすっかり力が
抜けてしまったらしく、土の上にへたり込んでしまう。
「えーっと……ダイジョーブ?」
「ああ、はい。……力が抜けてしまいました」
ハハハ、と力なく笑うにカカシの目も細められて。
「ゴメーンね、遅くなって。向こうで二人片付けてたら意外と時間食っちゃって」
「いえ…」
「あ〜あ、すっかり砂だらけになっちゃって」
カカシの長い指がの髪を梳き、頬を撫でて砂を払い落としてゆく。
特に抵抗もせずされるがままに呆けていたら、
「おいカカシ、拙者は用がないならもう戻るぞ」
「ひゃ!」
足元から、あのを死ぬほど驚かせた声が聞こえてきた。
反射的にびくりと身体を振るわせたの背を、カカシが宥めるように撫でなが
ら、「こら、驚かせるんじゃないよ」が座り込んでる地面に向って窘めた。
その視線にそっても顔を下に向ければ、そこには木の葉マークの額宛をした
一匹のパグ犬が。
「……犬?」
「拙者の名はパックンという」
「ああ、こいつは俺の忍犬だよ」
カカシとパックンの答えはほぼ同時で、一瞬混乱しかけたけれど、はちゃん
と聞き分けた上に、更に状況も把握したらしくこっくりと頷いた。
「見つけてくれてありがとう、パックン」
「いや、なに」
「お疲れさん、もう帰っていーよ」
カカシの言葉が終ると同時に、照れた顔をしたパグ犬はどろん、と消えて。
「カ、カカシさん! 消え…?!」
「あーはいはい、ダイジョーブ。元居たとこへ戻っただけだから」
落ち着いて、とばかりに頭を撫でられても驚きは変わらない。
生まれ育った世界であれば到底有り得ない事柄を何度も目にし、また自分でも行っ
ては来たけれど、それでも始めて目にすることは多くて慣れることがない。
「…本当に、忍者の世界なんですねぇ」
「……まぁね」
しみじみと零れたの感想に、カカシは苦く笑む。
がこの世界についてこういう感想を漏らす度、この女は違う世界の人間なの
だと念を押されている気がして。
自分如きが、本来関わることも出来なかった筈の女なのだと思い知らされる。
「さ、そろそろ行こうか」
胸を苛む苦い思いを押し隠して、カカシは改めての脇の下から両腕を背中に
回し、その身体を持ち上げた。驚いたが小さく悲鳴を上げて慌てて抱き付い
てくるのをあるかなきかの笑みを浮かべて抱きとめると、はすぐさま「自分
で歩ける!」と抗議してきた。
けれどカカシは涼しい顔でそれを聞き流してを肩に担ぎ上げる。
「カカシさん!」
「えー、だってさんあいつ等に靴取られたんデショ? 足、傷だらけで歩け
るの?」
「!」
確かにカカシの指摘通りだった。
攫われて、意識を取り戻したときには既に履いていたはずの靴はなく、ストッキン
グだけを纏った柔な足は敵から逃げ出す時に落ち葉や石で切り傷だらけになってし
まっている。
通常なら直ぐにの特殊なチャクラが自動修復しているところだが、敵の目を
かわすために出来る限りチャクラの流れを止めていたために辛うじて血が止まって
いる程度でしかない。
1歩でも歩けば直ぐに鮮血が落ち葉に滴るだろう。
「ま、その血を敢えて隠れた穴に付けて敵を誤導したのはイイ考えだったけどね?」
「それは……向こうは私をただの一般人だと思ってたのに、逃げる時にチャクラを
使ったから、考えを改めてうまく騙されてくれるかな、と思って」
もしもが本当にただの民間人であれば、敵の忍は「は自分の血
に気付かずに、愚かにも逃げ込んだ場所に印を付けることになったのだ」と考えるだ
ろう。
けれどもし、が忍者であれば話は180度転回し、「敵を誤った場所へ誘導す
るためにわざと血の跡を付けた」と考えるだろう。
しかし、は確かにチャクラを使い敵の手から逃れたが、逆にそのチャクラで
敵を攻撃したり忍術を使ったりはしていない。そのために敵は「が忍
者だ」と断言は出来なくなっていたし、また「そうではない」とも言えず、その為
に冷静に血の跡の意味を読み取れなくなっている筈だとは踏んだ。
そしてそれに賭けたのだ。
「『忍は裏の裏を読め』、その疑い深い性質を逆用したってわけだけど、それがど
れだけ危険な賭けだったか、分かってる?」
「…はい」
「そんな奇策が通用するのは1回だけ。二度目はないからね」
「はい、ごめんなさい」
急に先生口調になったカカシがなんだか可笑しくて、クスクスと笑いが漏れる。
「さん? ホントに分かってる?」
カカシがじとっと睨んでくるのさえ可笑しくて。
「分かってますって」
がそう答えるのと、それはほぼ同時だった。
ドスッ
鈍く掠れた、何かがぶつかった時のような音が、した。
それは振動と一緒にの身体に伝わった。
「ぐっ」
低く、押し潰したような短い呻き声がそれに続いて。
ずるり、と支えを失くしてずり落ちる我が身。
その目の前に深々と突き立った鈍色のクナイ。
カカシはゆっくりと膝をつき、の身体はとうとう地面に転がり落ちた。
「カカシ、さん」
目の前の光景が信じられず、は呼びかけた。
けれどそれに応える声はなく。
「カカシさん!」
慌てて立ち上がり駆け寄ろうとしたのだが、それは果たせなかった。
それより先に何かがの両手を絡めとり、首に巻きついたからだ。
ちり、と首元に痛みが走る。
「動くな」
首筋に刃物が当てられているのは見なくても分かった。
「少しでも動けば殺す」
低く抑揚を抑えた声。
けれどはそれをどこか他人事のように聞いていた。
目の前の、地に臥したカカシの背中だけを見つめていた。
next.
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久し振りの更新(汗)