目の前には、元は狐か何かの巣だったらしい小さな穴倉。

それを見つけた瞬間、思い出したのは何年も前に観たテレビ番組だった。










世界と引き換えにしても欲しいモノ











あれは確か、地元の放送局が作ったローカル番組だった。
一般の学生が3人1組で『名探偵』に扮し、制作側が提示する推理クイズや難問に
挑戦するとかいう内容で、ミステリ好きのは妹のと一緒に真剣になっ
て観ていた。

その中で、「名探偵はいかなる状況からでも生き延びる能力と運に恵まれていなけ
ればならない」と、半日プロの傭兵という恐るべき追っ手から逃れて山の中に隠れ
るゲームというのがあった。

が今思い出しているのはそのゲームで勝ち残った少年のことだ。

確か彼も、こんな感じの小さな洞穴に隠れたのではなかったか。
しかし、あれはあくまでもゲーム、こちらは文字通りの真剣勝負だ。
負ければの命が危うい。
果たして安易にあの少年の真似をしても良いものかどうか。
こんな子供だましに歴戦の忍者が騙されてくれるのか?

………どうする?

ごくりと唾を飲み込みたいところだが、緊張でカラカラの喉では張り付くような不
快感しか感じられない。

足元に目を落とす。

脱げたのか取り上げられたのか、知らぬ間に靴が無くなっていた足はそれでも気に
せずに森の中を走り回ったために彼方此方の皮膚が裂け、血が滲んでいる上に破け
たストッキングが纏わりついて無惨な状態となっている。
血止めはしたが、このまま無闇に逃げ回ってもすぐに追いつかれ、捕獲されるのは
必至。

かといって、周囲を見回してみても他に身を隠せそうな場所はない。


ここしか、ない。


は覚悟を決めてゆっくりと身体を屈めた。












微かに残る獣臭。
息を塞ぐような湿った土の臭い、草や枯れ葉の臭い。
そもそも満足な呼吸すら出来ない窮屈な姿勢のまま、いつ来るか分からない敵と助
けをただ待つ時間は1分を何十倍にも引き延ばす。

今、何時だろう?

シャツの裾を裂いた布切れで口と鼻を覆いながら、ふとおもった。
その時だった。


ガサッ


枯葉の踏みしめられる音にびくりと肩が震えた。
喉の奥が強張る。


  ここか?」


その低い声には聞き覚えがあった。
が木の枝の上に釘付けにした忍者だ。


ザッザッ


本当なら聞こえないほど微かなのだろう足音も、今のにはスピーカーで増幅
されたようにはっきりと聞き取れてしまう。

それが近付くにつれ、心臓が跳ね上がる。

どくどくと血脈がこめかみに響く。向こうに聞こえないか心配になるほどに。


ザッ…


ぴたりと、足音が止まった。


「………」


見開いた目は瞬きも忘れていた。


奥まで覗き込まれたら、終わりだ。


手の平を爪が抉って血が滲んだ。


   っ!」


指が。

手甲を嵌めた無骨な指が迫ってくる。
だが、身動きして避けるスペースなどどこにもない。


  カカシさん!!


……が。

それはの鼻先20cmで空を掻いた。


「何もない、か…」


低く呟く。
というと、向こうからはこちらが見えていないのだろうか。

は息を詰め、全身を強張らせてひたすら身動きを我が身に禁じた。


「…チッ」


小さな、舌打ちの音。忌々しげなそれが聞こえたと思った次の瞬間には、少し離れ
たところから枝がしなって木の葉が擦れあうような音が、聞こえた。


後には、元通りの静寂が。


……気付かれなかった、の、かな?


握り締めていた拳を開こうとして、思うように動かせないことに気付いた。
筋肉も関節も強張っているみたいに、ゆっくりとしか動かない。
何度か握ったり開いたりを繰り返している内に、漸くスムーズに動くようなになっ
てきて、はほぅっと息を吐いた。

だが、まだ油断は出来ない。
あの男とその仲間はまだこの辺りを探し回っている筈だ。

ここから出るべきだろうか?

またあの男が戻ってきたら……一瞬過ぎった考えを、しかしは自ら否定した。

人間は一度探した場所は二度と疑わないものだ。
だったら、このままここで助けを待ち続けるのが得策なはず。

しかし、それはこの法則を知らない場合に限られる。
敵が知っている場合、それを疑ってもう一度この穴倉を検分しに来ないとも限らな
い。いや、むしろ一通り付近を捜して見つからなければ、一度探した場所をこそ、
疑いの目で見、今度こそ念入りに探し回るに違いない。
少なくとも、ならばそうする。

だったらやっぱり、移動した方が良いのかも?
だがそれはそれで、下手に動いて敵の目を引く可能性だってある。


判断がつかない。


どうしたらいい?


出るべきか残るべきか  


かり、と左手の親指の爪を噛んだ時だった。


「お、やっぱりおったな」
「!!!!!」


突然腹の下から聞こえてきた声に全身の筋肉がビクゥッと跳ねた。
ここが身動きも出来ない穴倉でなかったらきっと漫画のように飛び上がったに違い
ないほどに。


「おーい! ここだここだ!!」
「?!」


しかし、声の主はそんなこと頓着せず声を張り上げた。
慌ててそれを止めようと身じろぎするが、なにせ呼吸すらままならぬほどギリギリ
のスペースなだけに、首を巡らすことも出来ない。

どうしよう。どうすればいいんだ。って言うか、この声はドコから?!

一人おたおたと、如何することも出来ない分、尚更慌て混乱していると。


がしっ。


誰かに腕を掴まれた。


「ひ…っ!!」


咄嗟に振りほどこうと腕に力を篭めてもびくともしない。
どころか、逆にぐっと引っ張られてあっという間もなく外に引きずり出されてい
た。


「ちょっ、待…っ」


乱暴に引き摺られたせいで崩れてきた土が目や口に入り込んでくる。
それに咽て、でもそれでも掴まれた腕から逃れようともがいていたら、


さん!」
「……え?」


名を、呼ばれた。








next.

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カカシさんの出番が…