先生、ありがとうございましたー」
「はい、お大事にねー」


つい3分前まで腕に負った傷のために泣きべそをかいていた少女は、今は晴れやかな
笑顔で元気一杯に走り去っていった。
それを軽く手を振って見送ると、は一呼吸置いて体の向きを直す。
順番待ちの長蛇の列は日々変わらない。


「はい、次の方どうぞ」


にこやかに掛けた声に応えて狭い診察室に入ってきたのは、長身を丸め、口布と斜め
がけにした額当てというどこからどう見ても怪しい風体の忍だった。しかし
特に動ずることなく「お名前は? どこを怪我されたんですか?」と目の前の椅子に
座るよう示しながら、問診を始めてしまう。
カカシはそれに一瞬だけ驚いたように右目を見開いたが、


「いや、俺じゃなくってね」


すぐにその身体の陰になっていたらしい少年をずいっと前に差し出した。


「えと……?」
「うちはサスケ」


黒髪の少年は無愛想に名乗った。
しかし、その少年の太ももに巻かれた包帯代わりと思しき布には決して小さくはない
赤い染みが今もじわじわとその領域を広げている。


「任務で、ちょっとね」
「これくらいかすり傷だ。放っておけば治る」


手当てを受けるのが嫌なのか、サスケはむっとしたように言い返した。が、


「どーこーが、かすり傷だよ。それで明日からの任務に支障をきたしたら迷惑だ」


カカシが覆い被せるように言った言葉を否定できずに、しぶしぶの前の椅子に
腰を下ろした。こっそりされた舌打ちはバレバレだったけれども。
はそれに胸の内だけで笑んで、そっとその血の滲む太ももに手を翳した。

時間にして約1秒。


「はい、終わり」
「え?」
「もう大丈夫。傷完全に塞がってるはずだから」
「……早くな〜い?」


いくら掌仙術とはいえ、サスケのあの深手をこの短時間で、とは無謀すぎる。

……だが。


「……治ってる」


の言葉通りサスケが軽く傷のあったはずの場所を指で押してみても、痛みも
感じないし、違和感すら残っていない。


「あ、でも血を流した分は補充できないんで、薬局で増血剤貰って下さいね」


半ば呆然とした二組の視線を照れ笑いで受け止めて、は二人の肩をぽん、と
叩いた。












世界と引き換えにしても欲しいもの












の勤務は日が傾く前に終わる。
決まった時間はないが、昼を過ぎ、ある程度怪我人の波が途切れたところで病院を
後にするのだ。


「じゃあ、お疲れ様でした」
「お疲れさん。気をつけて帰れよ」


振り向きもしない院長の、それでも暖かな挨拶を背に病院を出た。
真っ直ぐアパートへ向かう道ではなく、少し回り道をして商店街へ向かう道を歩けば、
もはや顔見知りとなった商店主達から威勢のいい呼び声が掛かる。それに小まめに応
えながら品物を物色しつつ家路を辿るのがの毎日のささやかな楽しみだった。


「小父さん、今日のオススメは?」
「おうっ先生!! 今日はいい鰤が入ってるよっ」
「鰤……いいわねぇ。他には?」
「鰯はどうだい? 女性の味方、肌に良いよっ」
「あはははは。……そんなに肌荒れてる?」
「い〜や、そんなことねえよっ。けど、ちょっと疲れてるみてぇだから」
「うわっ、バレバレ? ん〜、じゃあ鰯食べてケアしないと」
「毎度っ」
「あ、鰤もね。二切れ入れといて」
「いいねぇ、彼氏と食べるのかい?」
「そうよ〜、カッコイイオトコノコなの」
「かーっ、うらやましいねっ」


そんな遣り取りをしていると、「先生、鰯はつみれにして鍋なんてどうだい? 白菜
と菊菜がお買い得だよ」と向かいの八百屋から声が掛かる。
はそれじゃあと他にもいくつか野菜を買い込んで、両手にそれらを抱えると商
店街を後にした。

もしかしたら、今日は居るかもしれない。

何となくそんな予感がして家路を辿る。

アパートの前に着いたとき、丁度階段を上がるその小柄な体躯を見つけて、
にんまりと笑んだ。


「おーい、おかえり!」


の声に少年が勢いよく振り返った。


姉ちゃん、お帰りってばよ!」


満面の笑顔で、の小さなボーイフレンドは大きく両手を振った。












上忍待機所『人生色々』に現れたカカシはそこに馴染みの顔を見つけると音もなく
近寄っていった。


「なんだ、お前も待機組か?」


慣れたもので、アスマは将棋盤に向けた顔を動かすこともなく問いかける。


「いや、今日はもう終わり」


カカシも特に気にせずにそれに応える。
と、アスマは何かに思い当たったのか、漸く顔を上げた。ついでににやりと笑う。


「会ったのか?」


誰が? とは言わない。
このひと月というもの、木の葉の忍の注目を一身に浴びている存在だからだ。


「ん、まあね。サスケが怪我しちゃったから、その治療で」
「どう思った?」
「ん〜。まぁ、顔はカワイクナイってことはないね。目を引く美人でもないけど」
「は?」
「身長はちょっと低めで、160センチ位と見たね。ぽっちゃりしてるけど、出るとこ
は出てるし、バランスは悪くない。ま、10人並み?」
「…おい」
「あっ、でも声は良いね。ちょっと低めで、穏やかな喋り方は聞き心地良かった」
「そういうことじゃねぇだろ」


アスマがうんざりした表情を隠そうともせず呟いた途端。

得体が知れない。

ぼそりと低い声で答えた。


「忍でもないくせにあのチャクラの量は尋常じゃないデショ。サスケの傷、一瞬で
直しちゃったんだよ? かなり深手だったのに。それに……」
「それに?」
「彼女、俺の傷も直してくれちゃった」
「あぁ?」
「サスケにも気付かれてなかったのに、なんで一般人の彼女が気づくんだよ?」


7班の任務ではなく、上忍として請け負った任務で負った背中の傷。
一通りの手当ては済ませていたし、それほどの深手でもなかったから放っておいた
のに。

痛みが消えていたことに気付いたのは病院を出てから。


「どうして気付かれたのか、何度思い返しても解らないんだよねぇ」


仮にも忍が押し隠した表情を、どうやって読み取ったのか。


「……確かに少しばかり奇妙だが……まあ心配することはねぇだろうよ。なんてっ
たってあの伝説の三忍の一人、綱手様の肝入りなんだからな」


噂では、は綱手の手ほどきを1年に渡って受けたのだと言う。
少しでも疑わしいところがあれば、既に綱手によって葬られていたはずだ。
そうでなくても彼女はこの木の葉に現れたときにイビキと三代目によって徹底的に
尋問と調査を受けており、それをパスしているのだ。


「あの子、一体何者なんだろうね」


綱手と出会う以前の出自に関する情報が全く伝わってこないの、どうみても
裏表があるとは思えない照れ笑いを思い出して、カカシは軽く溜息をついた。



next
=================

カカシさん連載開始。
暫くはあんまり甘くはならないかも。(汗)