喧騒の中でどうしてその声だけが聞こえてきたのか。
多分、彼女の周りの子達は「陵南の人たちってカッコイイ」とか、そんな話をして
たんだと思う。そして同意を求められたのだろう。
だけど。
「……私は嫌だな。あの仙道さんって人、何か怖い」
なんで?
振り向いた先にいたのは、とても真面目な顔をした女の子。
「だってあの人、笑って人を殺せそう」
耳に飛び込んできたのはそんな一言。
台風でもくりゃいい
「なんでそれで惚れるのか俺にはわからん」
「え〜? なんで〜」
「いや、俺もそう思う。そこは怒るところだろ?!」
異常者呼ばわりされたんだぞ?!
怪訝そうに首を傾げる福田と拳を握る越野に、仙道はでれっとした笑顔を向けた。
「えー? だって、こんな強烈な出会いってないじゃん?」
「それは確かに強烈だけどだな!」
「もーね、運命感じちゃったのよ。びびびってね!」
「仙道、それは死語だ」
福田の冷静な突っ込みにチャイムの音が重なった。
「あ、時間だ。じゃ越野、後は頼んだ」
「……おぅ。さっさと行って来い」
しっしっと越野に追い払われるまでもなく。
仙道の巨体は猛ダッシュで正門へと向かっていた。
その背中を見送りながら。
「……いいのか?」
これから部活だというのに。
規則に煩い越野が毎週火曜と木曜だけは仙道が遅れてくるのを許すのが不思議で、
そっと顔色を窺うように訊ねてみれば、案の定越野は苦虫を100匹くらい纏めて噛
み潰したような顔をしつつも頷いて。
「仕方ねーだろ。遅れたぶんは取り戻すからって朝一時間早く出てきてんだから」
その言葉に福田は目を剥いた。
「……あの仙道が?」
「そ。あの仙道が」
朝は苦手と公言して憚らないあの遅刻常習犯が。
「……『恋は盲目』って言うのは本当だったんだな……」
「同感」
さぁ、俺達も部活だ。
感動にプルプルと体を震わせる福田の肩を、越野が促すように叩いた。
なにやら廊下の向うが騒がしい。
ざわめきに気付いたは溜息と共に読んでいた本を閉じた。
そして廊下側の窓に視線を向けると、タイミングを計ったようにその無駄に高いと
しか思えない体が姿を現した。
「や」
窓枠に腕をかけて、そんな風に堂々と挨拶してくる。
他校生をそんなに易々校内に入れてもいいのか、と学校の警備を疑いたくなるが、
来てしまったものは仕方がない。
「……ちょっと待ってて」
仙道から見えないようにもう一度溜息を付いて、は読んでいた本を鞄の中へ
突っ込んだ。
火曜日と木曜日はの通う予備校が休みの日だ。
いつの間に、どうやってかそれを調べ上げた仙道はその日に限ってを迎えに
現れる。
「サン、鞄貸して」
「…はい」
断っても、どうせが折れるまで仙道は粘るだけだ。
大人しく渡された鞄を自転車の籠に突っ込んで、仙道は嬉しそうに笑う。
「……なに?」
「サンの鞄っていつも重たいよね。教科書とかいっぱい詰まってるって感じが
する」
「ガリ勉って言いたい?」
「そうじゃなくて! いいなぁって思ってさ」
「は?」
「サンらしい感じがするから」
「……わけわかんないし」
どんなにそっけなくしても、仙道はへこたれない。
そればかりかニコニコと嬉しそうで。
そんな真っ直ぐな笑顔を向けられるとどうしていいか分からなくなる。
ただ、何をするでもなく二人で歩く。
仙道は自転車を引いて。
はその隣を歩く。
「サン」
「なに?」
「海行かない? ちょっとだけ」
「……部活は?」
「アリマス」
「じゃあ行かない。サボるの付き合ったら私が越野君に怒られちゃう」
「……」
むぅ。
仙道の唇が拗ねたように突き出される。
それをは不思議そうに見上げた。
週に二日の帰り道、仙道がどこかに寄ろうと誘うのはいつものことで、それを仙道
の部活を理由に断るのもいつものことなのに、どうしたのだろうかと。
には分からない。
自分の口から出た他の男の名前が仙道の機嫌を損ねたことなど。
「なんでもないよ」
仙道はその視線に気付いて苦笑に似た笑みをに見せた。
しかしは。
「仙道クンのその笑顔、やめた方がいいよ」
逆に眉を顰めてしまった。
「へ? どうして?」
「すごく嘘臭い」
普通なら怒り出してもいいくらいの言われよう。
だけど仙道は笑うのだ。
それはそれは嬉しそうに。
「俺、やっぱサン好きだわ」
「それはそれは」
本気なんだけどー?
さらりと流されてしまった告白に拗ねた仙道の隣を、は歩く。
クスクスと笑いながら。
実を言えばの家は陵南の直ぐ近く。
徒歩ならば1時間掛かる道のりを二人で歩いて、陵南の校門の前で別れるのがいつ
の間にか決まっていたお約束。
「じゃ、今日も部活がんばってね」
「うん」
しかし、今日は違った。
が背を向けた途端、仙道がを呼び止めたのだ。
「サン」
「…なに?」
「次から、サンって呼んでも良い?」
から見た仙道は丁度逆光になっていて。
その表情は多分いつもの笑みを浮かべていたのだろうとは思うのだけれど。
どういうわけか。
にはとても仙道が緊張してるような気がした。
いつもの飄々とした笑みを浮かべながらも、その笑顔がぎこちなくなってるような
気が。
「ダメ?」
首を傾げるその仕草がいつになく弱弱しくて。
―――何故か無性に可愛かった。
「…いいよ」
は、何だかとても恥ずかしくて。
仙道からは自分がしっかり見えているのだと考えるとすごく恥ずかしくて。
仙道が何かを言う前にくるりと背を向けた。
そのまま、歩き出す。
1歩。
2歩。
……5歩目。
「サーン! 俺やっぱさんのこと大スキだー!!!」
その大声に背中を押されるように、は走り出した。
顔を真っ赤にしながら。
それでも、どこかくすぐったくて。
くすくす笑いがこぼれ出すのが止められなかった。
むずむず、する。
小さくなっていく背中を見送りながら、嬉しさが体中に浸透していくのが分かる。
「っしゃー! やるぞー! 矢でも鉄砲でも持ってこーいっ!!」
「だー、うるせーっつの!!」
仙道の雄叫びは騒ぎに駆けつけてきた越野の飛び蹴りにも負けなかった。
「ねぇ、どうして「人殺し」なの?」
試合が終わったらすぐに彼女のところへとんでいった。
「え?」
「怒らないからさ、教えてよ」
「……聞こえてたんですか?」
あからさまに警戒してますって顔してたけど、そんなことは気にならなかった。
だってあんな風に言われたの、初めてだったし。
理由を知るまで俺が退かないつもりなのが分かったんだろう、彼女は溜息を一つ
付いて、「本当に怒らないでくださいね?」念を押して話してくれた。
「目、です」
「…俺の、目?」
「色んな感情全部自分の中に飲み込んで、笑ってる。そんな目をしてるから」
人を殺すときでも笑ってられそうな、そんな気がしたと。
誤魔化しが通用しそうにない、透徹した瞳で射抜かれて。
心臓を鷲づかみにされたような気がしたんだ。
fin.
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ぴよ様に捧げます。
……ぴよ様の期待を見事に裏切ったような気が……(汗)
いつでも書き直しします。