Real〜リアル〜







決められた時間に少し遅れて職場である受付所に着いたは、自分の席にくると脱力するようにドカッと腰を下ろし、
盛大な溜息と共に机にへたりと伏した。

「どーしたの?」
「も〜今日も朝からカカシさんが…」

顔を上げたその先に、ついさっきやっと振りきってきた筈のカカシが頬杖着いてにっこりと笑っていた。

「ぎゃっふぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

思いきり机を押すと車輪のついている事務椅子は勢いよく後ろに下がり、背後を通ろうとしていた忍びに激突してしまった。

「うおっ!」
「あっごご、ごめんなさいっ!」
「痛ってぇな〜!気をつけろ…よ…」

の机の向こうから押し寄せる凄まじい殺気。

「あ…いや、まーその、なんだ」

そそくさと逃げていく同僚。

『た、助けてよぉ〜!』

誰も自分の側に寄ってこない。
同僚達を恨めしげに見れば、皆遠巻きに見守っている。
仕方なく元の場所に戻るべく、座ったまま椅子を移動させていく。
席に着くとさっきの鬼気はどこへやら、カカシはご満悦といった様子でに笑顔を振りまくのだった。



そもそもの始まりは一昨日のこと。
イビキに頼まれていた資料を届けに拷問部に行くと、会議室にいると言われた。
マル秘扱いの物なのでくれぐれも手渡しでと言われていたので探しに行くと、幾つかある会議室の一つにカカシがいた。
昼間なのにカーテンを閉めた部屋で椅子に座って窓の方を見ている。
顔を見なくても髪の色と特徴的な髪型ですぐにカカシだとわかったは声を掛けた。

「カカシさん、イビキさん見ませんでしたか?」

返事がない。

「カカシさん?」

ゆっくり近づくと、向こうもゆっくり振り向いた。
なぜか…物凄く、凝視している。

「カカシ…さん?」

三度目に名を呼んだ時、カカシは椅子を倒すほどの勢いで立ち上がり、一直線にのところへきて唐突に抱きしめた。

「好きだ…っ!好きだ…、好きなんだ…っ!」

頬擦りしていたカカシは口布を下ろしキスしようとしてきた。
明らかにオカシイ上忍の顎を手で押し返しながら大声で助けを呼んでいると、
その声に気がついた拷問部の忍びが数人駆けつけた。

「なんで人がっ!鍵掛けてなかったのかっ!?」
「まずいな、誰か鎮静剤だっ!」
「カカシ上忍、鎮静剤効かない体質だろっ」
「「…」」

三人掛かりでなんとかからカカシを剥がそうとしたのだが、上忍に敵うはずもなく。
背中にカカシを背負ったままは重大な事を告げられた。



中忍になると半年に一度、対忍薬用の予防接種が義務付けられている。
上忍になると抵抗力をつけるために毒薬や媚薬を少量ずつ摂取していく(もちろん身体に悪影響を及ぼさない範囲でだが)。
そうして長年薬物への耐性をつけてきた上忍達は、時折新薬の効力を調べる為に実験体となることがある。

今回カカシが実験体として飲んだのは、『惚れ薬』。

諜報活動等で頻繁に使用する薬だが、現行使用している物は三日間しか効果が続かず、
薬を何度も密かに盛らなければならないというリスクを伴う。
その為新薬の開発が五代目の厳命により急かされていた。
今日は人体に拒否反応が出ないかを調べるだけで、服用後三時間誰にも会わなければ効力は発揮されないまま、
通常の生活に戻れる筈だった。

偶然実験室が全部使用中になってしまったのも、鍵が掛かっていなかったのも、不運だった。

「うっ嘘っ!惚れ薬〜〜〜っ!?」
「従来の物より強くしてあるから、そうだな…10日間は我慢してくれ」

ショックで口をパクパクさせているの首元に腕を絡ませて、彼女の髪に頬擦りしたり顔を埋めたりしているカカシ。

「んー、の髪、いー匂いv」
「ちょっ、やめてくださいっカカシ上忍っ!」
「カカシでいーよ、v じゃ〜、行こっか!」
「え?どこにですか?」
「愛を確かめ合う場所にv」

以下青褪める忍び達。

「おかしいな、こんなに効き目強いのか?」
「いや、効果には個人差があるからな」
「薬品の分量間違ってないか?」

薬談議を始めた拷問部には怒鳴った。

「そんなコト後にしてっ!どーにかならないんですかっ!?」

拷問部達は顔を見合わせた。

「悪いが、薬が切れるのを待つしか…」

10日もこんな状態では、確実にカカシに『喰われる』。

「無責任ですよっ!イビキさんに鍵掛け忘れたこと言いつけてやるーっ!!!」



そんな訳で、つきまとわれているのである。(まだ喰われてはいない)
朝は勝手に部屋に入ってきて朝御飯を作っているし、通勤途中に他の忍び(♂)に挨拶しようものなら、
相手にクナイの雨を降らせる。
そして任務以外の時間は受付業務担当のの前の席を陣取って、何かとちょっかい出してくるのだ。
お陰で事務仕事も滞り、大変な事になってきている。
しかもカカシファンからの風当たりはキツイし、面白がっている連中も多いしで、うんざりなのだ。

書類を開いたまま内心落ち込んでいると、カカシに名を呼ばれた。

どうした?具合悪い?」
「いーえ!」
「どれ」

カカシは身を乗り出し片手での前髪をかき上げると、自分の額をつけようとした。

「…額当てしてるのに熱は測れません!」

何かにつけて触ったりくっついたりしてくるカカシに3日もすると慣れてしまった自分も怖い。

「あ、バレた〜?」

笑いながらカカシは額当てを真っ直ぐにし、口布を下ろした。
至近距離で素顔を出されて、流石のも見蕩れてしまう。

『うわぁ…やっぱり、美形……』

噂は本当だったんだと見蕩れる余り、キスをしようと徐々に近づいてくるカカシに気づいていなかった。

ーーーっ!仕事中だぞっ正気に戻れーーーっ!!!」

一喝と共に椅子を後ろに思いっきり引いたガイのお陰で、間一髪の唇は守られたのだった。










コックを捻り熱い湯を頭から浴びる。

「はー、気持ちいー」

受付所にある女子シャワー室で3日振りにゆっくりと汗を流す。
家で風呂を使うとドアの向こうからカカシが『背中を流す』だの『一緒に入る』だの言ってくるので、
気が気じゃない。
昼過ぎのこの時間、殆どの忍びが任務に出てしまい人気は無い。
カカシも任務に出ていてまだ戻らない。だからこうしてゆっくりとシャワーを使っているのだ。
髪を洗っていると、誰かが入ってきて隣のシャワーを使い始めた。
気にせずは躰を洗おうとスポンジを持ち、石鹸受けに手を伸ばして、うっかり取りそこなった。
石鹸は滑って隣へ行ってしまった。

「すみません、石鹸そっちにいっちゃって…」

間仕切りの板は胴体を隠す程度の物なので、横を向けば相手の顔が見える。
隣のくの一は見たことのない女性だった。
長い銀髪、白い肌、大きな胸、くびれた腰。背の高い物凄い美人。
女同士なのに、ドキドキしてしまう。

その女性は屈んで石鹸を拾うと上から渡してくれた。

「あ、ありがとうございます…」

女性は微笑むと不思議そうにを見た。

「何かついてる?」
「えっあっいえっ!すみません、すごいスタイルいいなぁって思って!」

見蕩れていたはシドロモドロになる。

「そう?」
「ええ、羨ましいです、胸も大きくて」
だって結構あるじゃない」

自分の名を知っている。会った事はないけれど暗部の人かな、と考える。

「私は小さい方ですよ、コンプレックスなんです」

キレイでもう少しスタイルがよければ………カカシも、薬が無くても気に止めてくれただろうか……

『ヤダ、私何考えてるんだろ』

石鹸をスポンジにつけようとして、また落としてしまった。
隣へ入ってしまう石鹸。

「…行っちゃった…」

ポツリと呟くとそんなを見つめていた女性はシャワーを止めて石鹸を拾い、
こちらのシャワーの方に持ってきてくれた。
なぜか腰にタオルを巻いている。

「はい石鹸」
「…ありがとう」

石鹸を受け取っても戻らない女性を見上げると、彼女は自分を見つめてほんのり頬を染めていた。

「あの…?」
「キレイだよ、肌も傷一つ無くて陶器みたいだ…胸だって、そのぐらいが丁度いいよ」
「そ、そーですか?」

そんなに落ち込んでるように見えたのかと恐縮しつつも、こんな美人に躰を見られて褒められて、
恥ずかしい。思わず胸を隠して俯いた。

「あ、あんまり見ないでください…」

すると女性はの手をそっと握った。

「隠さないでちゃんと見せて?」

『…低い、声?』

突然女性の声が低音に変わった。
ぱっと顔を上げて見ると、気不味そうな表情の女性。

…銀の髪、瞳は青と赤…、も、もしかして…

顔を引き攣らせながら最悪の結果を予感しつつも尋ねた。

「カ、カカシさん…?」

ぼふんっと上がる白煙。

「ピンポーン♪正解〜!」

嬉しそうに笑っているカカシ。

「俺はそのぐらいが好きなんだけど〜、もっと大きくしたいなら協力は惜しまないよ?」
「・・・・・っ!!!(声にならない怒り)」

シャワー室から何かが割れる音や壊れる音が響いたのは数秒後のことだった。





やっと終業時刻になった、一日がようやく終わる。
は家に帰る気になれなくて、食堂でコーヒーを買って窓際の席で飲んでいた。

裸まで見られて精神的に動揺しているところに、カカシファンのくの一達から聞こえよがしに中傷されて、
表面上は明るく笑っていたが心はボロボロになっていた。



『あんな女、薬が切れたらカカシ上忍も後悔するわよ!』



「そんなこと私が一番よく知ってるんだっての!」


本気にしてはいけないのは誰よりもわかっている。
でもこんな風に恋愛事で押し捲られるのは初めてで…
朝から晩まで追いかけられて、好きだと言われ続けて。
カカシは本当に自分のことを好きなんじゃないかと錯覚しそうになる。

『洗脳?ヤバいなぁ…』

苦笑いしてコーヒーに口をつける。酸味の強い苦味が広がる。
恋は思い込みから始まる物だと言ったのは誰だったか。
ならば、薬の影響で始まった恋はどうなのだろう。
自分の心には…とうに、カカシが住んでいるのに。
そう、実は彼女も木の葉の里に溢れるほどいるカカシに想いを寄せているくの一の一人だった。
偽りだとわかっていても嬉しくなってしまう、夢を見てしまいたくなる。
覚める時がくるとわかっているのに。

「…引き返すなら、いまだよね…」

ポケットから小さな白い包みを取り出し開いた。紙に包まれていたのは小さな黒い丸薬。
それは今日イビキがくれた睡眠薬だった。

『強力な物だ、10日は眠り続ける。どうにも耐えられなくなったらコレを飲ませろ』

カカシに飲ませれば眠っている間に惚れ薬の効果が切れる。目覚めれば元通りだ。
は掌の丸薬をぎゅっと握り締めた。





受付所を出ると案の定、カカシが待ち構えていた。

「一緒に帰ろう?」

いつもなら全力で逃げ出すところだが、今日のは違った。

「うん、帰ろうカカシさん」

にこっと笑って見上げてくるをカカシは思いっきり抱きしめた。

っ好きだよ!一生大事にするからっ!」
「一緒に帰るだけですよっ!」

興奮気味のカカシをなんとか落ち着かせては片手を差し出した。

「行きましょうか」

驚いていたカカシはおずおずとの手を取る。そのまま、二人は手を繋いで歩き出した。
カカシは上機嫌で、嬉しくて堪らない様子だ。

「俺すっごい幸せよ?と手、つないで歩けるなんてv」
「…私もですよ」
にやっと俺の愛が伝わったんだね〜」
「…そうですよ」

はそっと目を伏せる。
二人はすっかりクリスマスモードの繁華街を抜けて、広いロータリーの前にくると、
高さが20メートルもある大きなクリスマスツリーが輝く光を纏って立っていた。
大勢の人が立ち止まって見上げている。
二人もツリーの近くに行って黙って見ていたが、不意にカカシが隣のに言った。

「俺、の事ホントに好きだ。は俺の事、好き?」

問われてゆっくりとカカシの顔を見上げる。
暫しの沈黙の後、意を決したように口を開く。

「私は…」

その声はクリスマスツリーの方から鳴り出した鐘の音に掻き消された。
いつの間にか現れた聖歌隊が賛美歌を歌いだす。
は口を噤んでしまったが、カカシは彼女を見つめて答えを待っている。
俯いていたは顔を上げた。

「今年のクリスマスは予定があるんですか?」
と約束する為に何も入れてないよ」
「じゃあ、その時に教えます」
「えー、いま訊きたいのに」
「じゃあ、コレで我慢してください」

はカカシの口布を両手を使ってそっと、丁寧に下ろし、一歩近づく。
躰を寄せて背伸びして、唇を重ねた。
すぐにカカシの腕がしっかりとを支え、からのキスはカカシからのキスへと移っていく。

だが、急にカカシは眉を顰め、唇を離した。

っ何を……」

最後まで言い終わらないうちに意識を失い、カカシはの胸に倒れこんだ。
先程密かに口にあの丸薬を含み、キスをしてカカシに飲ませたのだ。
長身を抱きとめて、はカカシのぬくもりを感じながら目を閉じた。

「…ごめんなさい、ありがとう…」

涙で濡れた頬の冷たさよりも、自分の心の方が冷たく感じた。










いつもの平穏を取り戻し、あっという間に10日が経った。
朝から少し緊張していたのだが、カカシはの前に姿を見せない。
受付所でリストを確認すると、既に任務に出ていた。

『目、覚めたんだ…』

睡眠薬から気がついて自分の所に現れないということは、惚れ薬の効果も完全に切れたということ。
安堵と淋しさが入り混じり、複雑な感情に襲われる。

『バカね、わかってたじゃない!あれは幻、あれは幻!』



今日はもうクリスマス、予定の入っている者達は早々に帰っていくが、は態々残業を引き受けた。
深夜まで掛かって仕事を終わらせて、家に帰る。
途中、ツリーの側を通ったが、誰もいなかった。
自宅の近くまで来て自分の部屋を見上げてみるが、灯りはついていない。
階段のところにも、ドアの前にも誰もいない。
鍵を開けて部屋に入っても、冷えた空気があるだけだった。

『バカだなぁ…なに期待してたんだろ…』

暗い部屋でひとしきり泣いて、それから眠った。



翌日も普通に一日は過ぎ、夕方になった。

、今日は早く上がっていいぞ」
「はーい、じゃあお先にー」

受付所を出て繁華街を通る。
もうクリスマスの飾りは片づけられて、すっかりお正月モードになっている。
夕飯を買って広いロータリーのところまで来て、足を止めた。
そこにはあのツリーがまだそのまま輝いていた。

『なんでコレだけ…片付け間に合わなかったのかな』

天辺の星を眺めながら歩いていて、徐々に下へと視線を下ろしていくと根元に人が立っていた。
輝く光をバックに立っているそのシルエットに見覚えがあった。

「…カカシさん?」

思わず口走ると、銀髪が振り向く。目が合って、足を止めた。

会いたくないかもしれない、昨日だって顔を出さなかったのだ。
それよりも謝られたくない。謝られたら否定されたも同じ----------自分の気持ちは、散ってしまう。

大切にしてきた恋心を失いたくなかった。
は後ずさると方向を変えて走り出す、だが相手は上忍、すぐに捕まってしまった。

、待って!」
「離してっ!」
「離さないよ、約束でしょ?教えてくれるって」

暴れていたの動きが、止まる。

「昨日は任務で帰れなくて一日遅れて、すまん。
 ツリーだけでもと思って無理言って残してもらったんだけど…ダメ?」

困ったようにほほえむカカシの顔が、滲んでぼやけて、見えなくなる。

「ど、どーした??」

慌てて腰のポーチから手当て用のガーゼを取り出しの涙を拭う。

「すまん、ハンカチなくて…」

涙を拭かれて気がついた。カカシはあちこち汚れている。

「…任務から戻ったばかりなんですか?」
「んー、ちょっと手間取っちゃってね」

笑っているが、本当は5日掛かるところを2日で終わらせてきたのだ。
そうまでしても、カカシはの答えを聞きたかったのだ。

はガーゼでもう一度涙を拭いた。

「好きに、決まってるじゃないですかっ」

涙声の告白をカカシは嬉しそうに聞いて、口布を下ろした。

「俺も好きだよ」

赤い目元や頬にキスしながら囁いて、唇に溶けるような甘いキスをした。





同じ頃、こちらは拷問部。

「入るぞ」
「五代目!」

椅子に座っていたイビキは立ち上がり礼をする。
綱手は楽にしてくれと言って、側にあるソファに足を組んで座った。

「例の薬はどうだった」
「あれは失敗です。媚薬よりも自白剤の方が強く出てしまった」
「と言うと?」
「はい、薬が効いてきた時に側にいる人間に心を魅了されるのではなく、
 自分の好きな人物を探し求めて告白する、という作用に働いてしまって」
「うーん、やはり惚れ薬は調合が難しいねぇ…」

綱手は腕を組みソファに深く座りなおした。
諜報活動に当たるくの一達は里の為に躰を張っている場合も多い。
そういう負担を少しでも減らしたくて綱手はこの薬の開発を急がせているのだ。

「まだ開発途中ですから、試行錯誤ですが前進はしています。今回の薬はすべて廃棄処分しますので」
「ああ、頼むぞ」
「わかっております」

綱手は立ち上がると拷問部を後にした。
見送ったイビキは席に戻り、再び書類に目を落とす。

あの薬のお陰で今年のクリスマスに数組の恋人達が誕生した事は報告書には記されていない事実である。









2006.12.21





=====================
水琴窟様の10万打祝いでリクエスト募集されてたので、ダメモトで応募してみたら!
こんな素敵なカカシさん頂いてしまいました!!
人間チャレンジしてみるもんです。
ちなみに、リクは
「これでもかってくらいカカシに追いかけられたい。
でもってこれでもかってくらいカカシから逃げたい」
でした。(笑)