「明後日には必ず帰ってくるからねっ。絶対待っててね、さん」
「はい。分かってますから早く集合場所に行ってください。皆さん、首を長
くして待ってますよ」
「もしも寝ちゃってたら遠慮なく起こすからね?」
「遠慮なく起こしてください」
「明後日だよ?」
「明後日ですね。ちゃんとカレンダーにもおっきく丸つけてますから大丈夫
ですって」


昨夜からこの会話を何度繰り返したことか。
少なくとも、相手をするのがかなり面倒になる程度は繰り返したはず。
の部屋のカレンダーには彼自身が赤いマジックで大きな花丸を書き込
んであるし、手帳には付箋がこれまたカカシによって貼られている。


「じゃ、行ってきます」
「いってらっしゃい、気をつけて」
「明後日だからねー!」
「…ハハハ」


こんなにも彼が強調する『明後日』とは『9月15日』。
すなわち、彼の誕生日。


……さ〜て、どうしようか?










誰よりも複雑な君へ、回りくどい約束を












「どうしようって、この期に及んで何を今更」
「紅サン冷たい」


じっとりと非難がましい視線を向ければ、実体のないそれを払い除けるよう
に細い手をひらひら振られた。
もう片方の手で掴んだグラスをぐいっと煽る。
いつもながらの見事な飲みっぷりだ。
は空になったグラスにすかさず透明な液体を注ぎ込む。


「だってアンタ達付き合ってほぼ丸1年でしょ? 今更も今更、何をそんなに
悩むことがあるのよ」
「それを言われると返す言葉がないんだけど」
「プレゼントが決まらないの?」
「……いや、それはもう買っちゃったんだけど…ね」
「だったら何を悩んでるのよ?」
「いや…それがね、一応、誕生日祝いの準備はしてある…っていうか、考え
ているんだけどね」
「ええ」
「本当にこれで良いのかなぁって…」


言った途端に「莫迦らしい」と溜息をつかれてしまった。


「い、いや! 惚気とかそんなんじゃなくてね! 私が考えてることってか
なりそっけないというか、この間ゲンマさんに話したらすっごく微妙な顔さ
れちゃったくらいなんだけど……カカシさんはそれはもうすっごく期待して
るっぽいから」
「…期待を外してがっかりさせるかもしれないと思ってるわけね?」


呆れて今にも立ち去りそうな気配を見せた紅を引き止めんが為に意気込んだ
説明は、しかし進むに連れてどんどん勢いを失ってゆき、とうとう途絶えそ
うになったところを紅が引き取ってすっぱりと言い切った。


「う…ん、まぁ、ソンナトコロデス」


やっぱりちょっと惚気っぽかったかも。
ここ数日の己の悩みの種だが、他人の口から聞くと客観的に見られるせいか
かなりこっ恥ずかしい。
赤くなりながらも頷けば、紅からは深い、深ぁ〜い溜息が。


「……ま、いいわ。とりあえず、どんなことを計画してるのか話してみなさ
い」


ご馳走になってる酒代くらいの義理は果たしてあげるわよ。
そう言って微笑む紅の前にある酒瓶は、既にその中身を半ば以上失っていた。











……そんなことも間に挟んでいたらあっという間に2日経った。
目下の重大問題の当日である。


「あ〜…ま、まぁ料理はこんなものかなぁ?」


すっかり準備の整った食卓を前に、はやっぱり悩んでいた。

サンマの蒲焼のセイロ蒸しを主菜に、出汁巻玉子、貝割菜のお浸し、鶏ミン
チと豆腐を混ぜたタネを茄子で巻いた蒸し物に、汁物は奮発して松茸の土瓶
蒸しという、和食づくし。

昨夜から下ごしらえして作り上げた力作だが、カカシの好物とは微妙にずれ
ているのが気にかかって仕方ない。
紅は「そんだけやれば充分でしょ」と太鼓判を押してくれたのだが。


「う〜ん、やっぱりサンマは塩焼きにすべきだったかなぁ? でも、メイン
がそれだと地味になっちゃうし、茄子のお味噌汁ももう何度も作ってるし、
どっちも誕生日でなくても作れるしなぁ…」


やっぱり多少は『誕生日のお祝い』的雰囲気を出したかったのだが。
勿論カカシは文句も言わずに食べてくれるだろうが。
何より、好物をそのまま作るなんて芸がないというか、面白みがないと
自身が思ってしまったのだけれど。


「いい加減、このひねた性格どうにかしないと本気でダメだわ」
「俺はさんのそういうところが意表を突いていて面白くて気に入って
るんだけどねぇ?」
「そりゃあ意表を突く方が楽しいし、やっぱり誕生日にはサプライズがあっ
た方が祝われる人も嬉しいでしょ?」
「ん、まーね」
「良かった、同意してもらって。……って、カカシさん」


振り向いた先には、「ん〜?」なんて、至極暢気な顔のくせに、やけに至近
距離に立つ恋人が。
この距離で気付かない自分が鈍いのか、気付かせないカカシが凄いのか。
それは多分両方なのだろうけれど、だからといっていきなりこの立ち位置は
かなり恥ずかしい。

何せ、吐息が触れるほどに近い。


「心臓に悪いので、いきなり背後に立つのやめてもらえませんか」


とは、何度言ったか知れない。
そしてその言葉が報われたことは一度もないこともは良く分かってい
たから、今回はぐっと飲み込んで、代わりににっこりと笑顔を浮かべた。
……その間に溜息も挟んだが。


「おかえりなさい」
「ただーいま」


その言葉を口にするたびにほんの少し照れ臭そうにする、その表情に弱いん
だよなぁ、とつくづく実感しながら。


「ん! うま〜い」


の悩みはやはり紅が言ったように杞憂に過ぎなかったようで、着替え
を済ませてすっかりくつろいだ様子のカカシはナルト並みの健啖振りを示し
の作ったご馳走を片っ端から胃に収めていった。
……がほんの少し席を外して戻ってきた頃には跡形もなくなるほどに。


「あらら、全部食べちゃったんですか?」
「え? あっ、ご、ごめ〜んね? ついいつものクセで早食いしちゃって……
あ! で、でもっ、ちゃ〜んと味わって食べたから!」
「え? …あぁ、いやいや、それはいいんですけど」


慌てて弁解するカカシに至極暢気に返す。
と、いうより元々そこは拘っていないというか、その点はほぼ無条件に信頼
しているので気にしてはいないのだ。

そうではなくて、とはカカシの前に硝子のぐい呑みを置いた。


「これを出すのが間に合わなかったなぁ、と」


遅くなってすみません。
謝りながら、対のものらしい徳利を並べる。


「へぇ、いいね」


透明のグラスに黄色と茶の色ガラスを被せてたわわに実った稲穂を切り出し
たそれらは初めて見るもので、そこへ黄金色した酒を注いだ途端に現出した
郷愁を誘う秋の風景に、カカシは暫し目を細めて見入った。


「素敵でしょう? それ、この間木の葉茶通りの市で見つけたんですけど、
工房の一点物だそうです」
「これ、結構したんじゃな〜いの?」
「カカシさん、値段を聞くのは野暮ってものですよ」
「…ハハハ」
「ま、でも確かにお財布はかなり軽くなりましたとだけ言っておきます」


一目惚れの衝動に負けましたとクスクス笑うにつられるようにして笑
みを零したカカシだった。
が。
ふと、その顔が顰められる。


「…どうかしました?」


きょとん、とした顔のをカカシは顰め面のまま見つめて


「……これ、俺だけ?」
「は?」
さんの分は、ないの?」


俺一人だけ、こんな良い器で呑むんじゃ、寂しいでしょうよ。
まるで子供のように唇を尖らせたカカシ。
その顔をたっぷり十秒は見つめて……は漸く、彼が拗ねているのだと
理解した。


「あはは、いえ、ありますよ、私の分もちゃんと買いましたし。っていうか、
セットなんですけどね」


そう言って出してきたカカシの手の内にあるものよりも一回り小さいそれは、
まるで『夫婦茶碗ぐい呑みバージョン』のようで、もそれを考えたの
だろう、照れ臭そうに頬を染めてカカシを見た。


「そっかー、あるんだ。なら良いよね」


何が良いのか良く分からないが、一気に上機嫌となったカカシは豪快に酒を
呷る。
はこほんと照れ隠しに咳払いを一つ。


「気に入りました?」
「うん。すっごく」
「そうですか。なら良かった」


素直すぎる返答にもにっこりと笑んで、


「それ、私からの誕生日のプレゼントですから」


本日とっておきの爆弾を投下した。


「…え?」
「但し、門外不出。この家からの持ち出し厳禁です」
「え?」
「おまけに、それって図柄と素材の都合上、お盆明けから今のこの時期しか
使えませんから」
「は? え、でも」


意外な、というより突拍子もない言葉の連続に手にしたガラスの器と
笑顔を交互に見比べていたカカシだったが、謎はすぐに解けたようで。


「…りょーかい、有難うさん」


とろけるような笑みとはこういうものを言うのだろう、と考えつつも。


その笑顔をどうしても直視できないはぷいと顔を逸らし、益々カカシ
の笑みを深いものへと変えるのだった。











「持ち出せもしない季節限定の器……ねぇ」


まるで手の中にあるそれが見知らぬもののようにまじまじと見つめながら、
アスマは煙を盛大に吐き出した。


「やってらんねぇな」
「まったくだわ」


すっかり中てられちゃった、と渋面を作って、でもすぐに浮かんできてしま
う笑みを噛み殺して紅が頷く。


プレゼントなのに持ち出し禁止なのは、その酒器を共に使いたいから。

敢えて季節が限定されるような柄を選んだのは、それが使える季節をこれか
ら先も一緒に過ごしていきたいから。

そんな願いと思いの篭ったプレゼントが、の出した答え。


「随分捻くれちゃいるが、なんとも色っぽい誕生日の祝いだな。そんなモン
贈らた日にゃあ、カカシの野郎なんざ一瞬で骨抜きだな」
「…なのに、本人無自覚なのがまたすごいところなのよねぇ」


少しは自覚して欲しいところなんだけどね。
紅の、今度は些か重みの増した溜息にアスマがぴくりと眉を上げた。


「……そういやの奴、この話を最初にゲンマに相談したんだって?」
「そうなの」
「よりにもよってアイツにか」
「そう、よりにもよって、ね。話してる間中、何ともいえない微妙な顔して
たらしいわよ」
「そりゃあ……災難なこった」
「ホント、思わずちょっとだけ同情しちゃったわ」


冷静沈着と額宛のオカン被りで知られる長髪の同僚が、をかなり気に
入っていたというのは、仲間内では結構有名な話だ。
  否、ゲンマだけでなく結構な数の忍に彼女は好意を寄せられていた。

が、当の本人はそのことを全く知らない。

カカシが巧妙にライバル達の邪魔をしていたというのも勿論あるのだろうが、
何せ本人が相当鈍い。
何かと話しかけられたり物を貰ったり手助けしてもらえるのは皆が優しくて
親切だからだと未だに信じているのだ。

最初は面白がっていた紅やアンコも、最近では「そんなわけあるか!」とツッ
コミたくてたまらない。  カカシの仕返しが怖いので実行には移さないが。


「しっかし、アレだな」
「何よ?」
「そのゲンマの『微妙な顔』っつーの、一遍拝んでみたかったよな」


にやりと笑えば、紅もフフッと笑って。


「見ものだったでしょうね」


グラスを満たすウォッカを干した。

失恋相手に惚気話を聞かされた同僚へ、同情するにやぶさかではないが。
この酒豪コンビにかかればそれすらも酒の肴と化す。


俗に言う、『他人の不幸は蜜の味』


アレは確かに一面の真理ではあるようだった。









fin.