と始めて顔を合わせたとき、そのあまりの愛想の無さと直線的な物言い
を見かねて、言ったことがある。
「もう少し笑うとか何とかしたほうがいいんじゃない?」
なるべく嫌味に聞こえないよう気を配ったつもりだったが、言われた方はそう
は受け取らなかったかもしれない。
「受け取らなかったようだ」と断言できないのは、の表情が言った後と前と
で少しも変わらなかったから、判断のしようが無かった。
「任務に必要なら、いくらでも笑います」
なんて可愛くない女だ。
無表情のまま淡々と返された答えに、そう思った。
任務遂行中のはその口調と同じく。
沈着冷静。
私情を挟まず、徹底して合理的。
忍術・体術・幻術のバランスが良く、どれかが突出して良い訳ではないがその
分有用性に富んでいて、安心して背中を任せられた。
「はたけ上忍」
「カカシでいーよ」
同じ上忍同士で「上忍」なんて呼び合うなんて変デショ?
そう言ったら、「同じ上忍でもはたけ上忍は先輩です」と言い返された。
……ほんとーに可愛くない。
「カカシ」と呼ばせ、敬語をやめさせるために、仕方なく先輩の命令という権力
を使うしかなかった。
そのとき、は意外と頑固なんだと知った。
「今回の作戦は……で、だから――で行く」
「それじゃあ東南からの攻めに脆い。途中の崖の辺りで…」
俺の立てた作戦に正面切って異議を申し立てる度胸もある。
しかもそれは大抵正しくて、彼女の意見を取り入れた修正案は原案に比べれ
ば遥かに精度と確度の高いものになった。
雨の日だった。
凍てつく冬の雨―――ではなくて、夏の、生ぬるい水滴がぽつぽつと頬に当
る、そんな雨の中、傘を差しながら道端にしゃがみこんでいるを見つけた。
何をしているのかと不審に思って。
気配を消して様子を伺えば、ボロいダンボール箱に入った仔猫がの視線
を受け止めて見上げていた。
「…捨てられちゃったの?」
にぃーと仔猫は返事をするように鳴いた。
細く長い指が小さな頭を撫でる。
ほんの僅か細められた目元と、微かに持ち上げられた口元を見た途端、ドク
ンと心臓が跳ねた。
カッと顔に血が上った。
「おいで」
ダンボール箱ごと抱き抱えた仔猫を、はある1件の家の前に置き去りにし
た。
何となく気にするようになって見ていれば、はその無表情さ程には他人に
対して無関心でもないし、容赦の無い口調ほどには他人を見下しているわけ
でもないことはすぐに分かった。
例えば。
の後から誰かが待機所に来たとする。
すると彼女は無言で立ち上がって、当たり前のようにそいつのためにお茶を
淹れてやる。コーヒーや紅茶ならミルクと砂糖、緑茶なら温いのから熱いの
まで、こちらが何も言わなくても好みに応じた飲物が丁度良い温度でそっと
出されてくる。
「お、すまんな!」
「ついでだから」
今日も、無駄に熱血して暑そうなガイにそっけないとしか言えない態度で薄
い緑茶をデカい湯のみで出してやっていた。
ガイはいつも一杯目は喉が渇いているのでがぶ飲みするからとわざと温く
して、その間に二杯目用に熱〜い昆布茶を用意してやっている。
本人はミルクたっぷりのコーヒーを冷ましつつ。
……一体、どの辺が「ついで」なのか教えて欲しいもんだよね。
仲間内では珍しい程の奥ゆかしさに、知らず笑みが浮かんでくる。
あの日、が仔猫を置き去りにした家には独り暮らしの老女が住んでいる。
彼女は一月ほど前に家族のように可愛がっていた猫を事故で亡くし、それ以
来すっかり塞ぎこんでしまっていたらしいが、今は新しい『家族』に励まされ、
以前の元気を取り戻したとか。
不思議なもので、ずっと見ているとあんなに無表情で無愛想だと思っていた
の感情も何となく分かってきた。誰かが任務で里の外に出ると聞けば、顔には
出ないけど心配そうにその背中を見送ってるし、そいつが無事に帰ってきたら
なんとなく目がほっとして優しくなってる。
「って、言葉と表情が絶望的なまでに足りないのよね」
以前紅が苦笑と一緒に零した言葉を思い出した。
全くその通りだと思う。
その、通りだと思っていたのに。
あれはなんだ。
「カカシ、顔が怖いわよ」
隣で紅が呆れた顔をしたが、そんなことはどうでも良い。
偶々通りがかった廊下の窓、見覚えのあるシルエットになんとはなし気を引
かれて視線を向けたら、そこには予想通り、がいた。
但し、一人ではなかった。
彼女の傍らを中忍の海野イルカがでれでれと笑いながら歩いている。
何を話しているのかまでは流石に聞こえてこないが、の表情は相変わら
ず乏しいもののその瞳は嬉しそうに輝いていて。
のあんな表情、見たことない。
……何と言うか、言いたくはないが……
「良い雰囲気じゃないの」
「そーゆーことあっさり言わないでよね」
唯一外に曝している右目で睨んでも、紅に効くわけがない。
「あら、怖い顔」
カラカラと笑ってかわされた。
「紅」
「イルカに殺気飛ばすよりも先に、アンタにはやるべきことがあるでしょう?」
「……」
「相手じゃ誤魔化しは一切効かないわよ? 精々頑張るのね」
「……」
そんなことを話していたら、何時の間にかイルカは姿を消していて、がこ
ちらへ向って歩いて来ていた。
「お邪魔虫は消えるわ」そう言い残して紅は踵を返した。
独り取り残された俺は、今更慌てて立ち去るのも変だろうとを待つ。
「―――紅は?」
からもこちらが見えていたのだろう、来るなり首を傾げた。
だけど目は紅をまだ探していて、そこに俺を映しはしない。
「任務」
「ああ」
軽く頷いて、それで会話は終了。
いつも俺たちの間に成立するのはこの程度だ。
俺は、もっと長く話したいと思うのに、思うように言葉が出てこなくて。
は、誰を相手にしても簡にして要を得た必要最低限の言葉しか話さない
から。
だけど、今日はそれで済ますわけにはいかない。
俺はいつものように俺の脇をすり抜けて去ろうとするの腕を掴んだ。
「…なに?」
「イルカ先生と仲良いんだね」
振り返ったは少し不機嫌そうに眉を顰めた。
イルカに見せてた顔と随分な差だよね?
そんなに。
「イルカ先生が好きなの?」
「好きよ?」
即行返ってきた答えは到底そういう感情が入っているとは思えないものだっ
た。
「俺が聞いてるのはそういう意味じゃないって分かってるデショ?」
「答えなきゃならない義理はない」
むかつく。
むかついた。
確かに、義理なんてものは何処を如何探しても出てはこないけどね。
だからこそ焦る気持ちなんてオマエにはこれっぽっちも解らないんだろう。
捕らえたままの腕を引っ張って、バランスを崩した身体を俵担ぎにすると邪魔
が入らないよう瞬身の術を使って人気のない森の中の木の上へと連れ出した。
「なにするの?!」
待機命令が出てるのに!
が睨みつけてくるのを俺は上から睨み返した。
「どーしてそんな風に心臓抉ること平気で言えるわけ?」
「は?」
「オマエのことが好きで、好きで好きで堪んなくて、オマエの恋人になりたいっ
て願ってるのに、義理がないとかそーゆーこと言わないでくれる?」
「な…なにそれ」
滅茶苦茶なこと言ってる自覚はあった。
だけど嫉妬と焦りと怒りと、そういう感情で頭の中がぐちゃぐちゃで止まらな
い。
「何って、が好きだって言ってんの」
「賭けでもしてるんですか?」
0.1秒で切り捨てられた。
しかも、嘘とか言われるならまだ分かるけど、いきなり賭けって!
「なんでそんなこと言うの? 俺、そんなに信用ない?」
嘘とか冗談とかでこんなかっこ悪い告白しないよ?
だけどは俺を睨んだままで。
「無愛想な上に可愛くない女って言ったくせに、信じられるわけがない」
と、きっぱりはっきり。
………………って、ちょっと待て!
「そんな何年も前のこと、まだ引きずってたの?!」
「初対面の相手にいきなり可愛くないって言われて引きずらない女なんか
いない!」
「や、だって、それは…」
そうかもしれないけど。
そんな意味で言ったんじゃないのに。
っていうか、俺を睨みつけるの顔はすっかり赤くなってて、睫の際にはど
んどん透明な雫が溜まっていってて。
「、あの」
「どうせ可愛くないもん!」
怒鳴った拍子にとうとうそれが零れ落ちた。
「も、もん?」
「無表情で愛想の欠片も無いって解ってるもん! そんなの子供の頃からずっ
と親にまで言われてきたんだから!!」
こ、これはなんだ??
いきなりいつもの無表情が崩れたと思ったら子供の癇癪みたいに泣き喚いて。
「…? あの、落ち着いて。ね?」
「ぃや!」
恐る恐る伸ばした指先はに届く前にばしっと跳ね除けられてしまった。
「いや、嫌じゃなくて」
「カカシなんか嫌い! カカシの言うことなんかいっこも聞いてやんない!」
がーん!
き、嫌いって言われた。
子供の癇癪だと分かってても、結構クる……
「言われ慣れてたってショックなんだから。すごく悲しかったんだからぁ」
「……」
枝に座り込んで体丸めてしゃくりあげるはすっかり子供みたいだった。
けど、本当に悲しそうで。
軽い気持ちで口にした言葉が、そんなにもを傷つけていたなんて知らな
かった。
この口ぶりだと、かなり大きなコンプレックスだったのかもしれない。
子供の頃から言われ続けてきたって言ってたし。
「無愛想」
「無表情」
「鉄仮面」
そんな言葉、女の子が言われて嬉しい筈がないのに。
後悔の苦味が胸の内に広がっていく。
の痛々しい姿に心臓がぎゅっと絞り上げられるようで。
「」
俺も同じようにそこにしゃがみこんで、手を伸ばしての頭を撫でた。
こんなときなのに、さらさらと柔らかい髪の感触が気持ち良いと思った。
「ごめんな」
「今更、遅い」
「が可愛くないなんて思ってないよ、俺」
「カカシなんか嫌い。さっさと愛想が良くて可愛いコのとこへ行っちゃえ」
「やだ。俺はが良い」
頭を撫でてた手を止めて、代わりに両腕を伸ばしての身体を包み込む
ように抱き締めた。
だって、嬉しすぎる。
の泣き顔を知ってるのはきっと俺だけ。
子供みたいに癇癪起こすなんて、他の奴らは想像も出来ないに違いな
い。
「離して!」
「やだ」
藻掻いたって、暴れたって離してなんかやらない。絶対に。
「こんな可愛い女、他に居ないデショ?」
優しくて、気立ても頭も良くて、普段は腹が立つほど冷静なのに一旦癇癪起
こすと子供みたいに泣きじゃくる、なんて。
可愛い以外の何者でもない。
「可愛くないって言ったくせに」
「が可愛いくせに可愛くないこと言うから、俺も憎まれ口叩いただけだもん」
「男がもんって言うなっ」
「あ、それ男女差別ー。差別はんたーい」
を抱いたままゆらゆらと揺り籠のように身体を揺らして。
暫くの間そうしていたら、ようやくが落ち着いてきたらしい。
段々口数が少なくなって、その代りに耳まで赤く染まった。
これは……察するに理性が戻ってきて子供みたいに泣き喚いたのが恥ずかしく
なってきたのだろう。
本当、可愛いよねこの反応ってば。
「ね、」
「……なに?」
真っ赤な顔で睨んでも全然怖くない。
照れ隠しだって解りきってるからね。
ところでさ。
「好きです。俺と付き合って?」
抱き締めたまま、額と額をつき合わすみたいにして言ったら、
「カカシの悪趣味」
………その笑顔、俺だけのものだからね?
他の男に見せちゃダメだよ?
fin.
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あゆら様に捧げます。
……しかし、微妙な話だ(汗)