「」
皆がテニスコートに集まって、これから部活が始まろうというその時、跡部が私を
呼んだ。
「何?」
……うわ。
近くに寄っていくと、眉間にはとても不機嫌そうな皺。
「忍足は休みだ」
「は?」
「5限目の体育で怪我をしたらしい。病院まで付き添ってやれ」
「はぁ?!」
面倒なことを押し付けられるんじゃないかと身構えた私に、跡部は文字通り面倒な
ことを言い付けたのだった。
AQUA ALLEGORIA
待たせて悪かったな、と言いつつ診察室から出てきた忍足の左足には、真っ白な包
帯が巻かれていて。
それを目にした途端、私の中の苛立ちは何故かその色を濃くした。
「馬鹿じゃないの?」
「いきなりそれかい」
不機嫌を隠そうともせずにそう言えば、忍足は苦笑い。
「きっついなぁ、自分」
「この時期に、部活ならともかく体育のたかがバレーの試合で張り切って足捻挫す
るなんて、何考えてるの?」
「……面目ない」
「ホント、馬鹿じゃないの?」
どうせ、女子の黄色い声援に応えようとか、そういうしょーもない理由ではしゃい
だのに決まってる。
そんなくだらないことで部活を休まなければならない怪我をするなんて。
大会を目前に控えた、この大事な時期に。
「心配かけたか?」
「岳人がね」
「なんや、岳人かい」
少しはダブルスパートナーのことも気に掛けてやれ。
そりゃ、岳人だってシングルでレギュラー狙えないわけじゃないけど、でもやっぱ
り彼の本領はダブルスでこそ発揮されるのに。
「まぁ、ええやん。どうせ明後日から期末で練習できへんのやし」
「自主トレはどうするのよ」
テスト期間中は部活はない。
でも、そんな規則を真に受けていたらレギュラーの座は守れない。狙えない。
「平気やって。捻挫いうても軽かったから、湿布貼って動かさんようちゃんと固定
しとけば3日で治るて先生も言うてはったわ」
「そうなの?」
「せや」
「……なら、まだマシね」
ふぅっと息を吐くと忍足がまた苦笑いを零していた。
―――ポーン
気の抜けたような音と一緒に電光掲示板に「053」の文字が点灯した。
私は手の中の整理表でその番号を確かめる。
「行ってくる」
「ん。頼むわ」
私は清算と薬の受け取りのために会計窓口へ向かった。
授業中の怪我ということで治療費は学校側が払ってくれる。
私は取り合えずで預かってきたお金で清算を済ませると忍足を置いてきた待合の椅
子まで戻ってきたのだが。
「……あれ?」
いない。
肝心の間抜けな怪我人の影も形もない。
どこへ行ったのか、ときょろきょろ周囲を見回してみると―――いた。
玄関口に飾られた笹を見上げてなにやらニヤニヤしている。
「……なにやってんの?」
怪我人なんだからウロウロするなと咎めながらその隣に立つ。
「いや、そういえば今日は七夕やったなぁって」
そう言って笹に視線を戻す忍足はやけに嬉しそう。
ふと、笹の横に設置された小さなテーブルに気が着いた。ボール紙の箱の中に色画
用紙を切って作ったと思われる短冊とボールペンが入っている。
それから、『ご自由にお書きください』の札も。
「?」
「ま、気休めだけどね」
首を傾げた忍足にも読めるように、走り書きしたそれを見せた。
『忍足の足をさっさと治して下さい』
一目で読み取った忍足の目が驚きに見開かれて。
それから徐々に柔らかな笑みに変わってゆく。
「……けど、今夜は雨が降るらしいで?」
天気予報で言ぅてた。
揶揄うような口調は、でもその嬉しそうな顔に見事に裏切られて効果がなくなって
いる。
私は跡部のようにふっと鼻先で笑って見せて、
「知らないの? 七夕の雨は1年振りに逢えた織姫の嬉し涙なんだって説があるの
よ?」
無意味に勝ち誇って見せた。
「そうなん?」
「そうよ」
まぁ、所詮ハッピーエンドを望む誰かが捏造した説なんだろうけど。
元々が御伽噺なんだから、それもありだろう。
忍足は「ほんなら俺も書かんとあかんなぁ」なんてぶつぶつ言いながらペンを取り、
短冊になにやら書き付けるとそれを私が書いた短冊と一緒に長身にものを言わせて
笹の一番高い位置に結びつけた。
「何を書いたの?」
角度が悪いらしく、私からは忍足の短冊に書かれている文字は読めない。
「ん〜? 大したことやないって」
忍足はそう誤魔化して、帰ろうかと私の背を押して促した。
「ん。帰ろ」
短冊が気にならないわけではなかったけど、こういうときの忍足は絶対に口を割っ
たりしないのは今までの付き合いで分かっているから、私も素直に頷いた。
しばらく歩いていたら、背中を押していたはずの手がさり気なさを装って私の肩に
回ってきた。
けれど、私はそれを払い除けたりせずに放っておいた。
足を捻挫してることだし。
今日くらいは大目に見てやろう、なんて自分でも言い訳だって分かっていた。
「……なんか、早速願いが叶ったかもしれへん」
「なに?」
バス停でバスを待っていたら、忍足がぼそっと呟いた。
「さっきのな、実は『が早く俺に惚れるように』って書いてん」
「……馬鹿じゃないの?」
本日三度目の言葉を呟いた私は、顔どころか耳まで赤くなってるに違いなかった。
「そりゃないで」と肩を落とした忍足は、全然気落ちしてるようには見えなかった
から。
「レギュラー落ちするような男に用はないからね」
「任しとき」
嗚呼。
私って、本当に良く出来たマネージャーだわ。
fin.
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七夕夢、テニプリは忍足でした。
一応、「TABU」の続きのつもり。
まだ付き合ってなかったらしいです、この人たち(苦笑)。