ENVY
「……でさー」
「げー。マジかよ、それ」
「おっまえ、サイテー。なぁ、仁王?」
「…あぁ、そうじゃな」
突然自習になった現国の時間、課題として配られたプリントは要領が良ければものの
20分程度で完成させられるようなもので、その上この後はLHRと部活を残すのみの
6限目ともなれば遊ぶなと言う方が無理というものだ。
そんな中、仁王は愚にもつかない無駄話に花を咲かせている級友達に囲まれて、適当
に話に加わりながらも心は左後方、つい先月のホワイトデーに紆余曲折を経て漸く手に
入れた愛しくて仕方ない想い人へと向けている。
「仁王、何見てんだ?」
「……いや、なんでもないきに」
目敏い級友の目を仁王は何気なさを装って誤魔化す。
別に、バレても良かったのだが。
―――が、嫌がるかもしれんからの・・・
偶然にも二人の関係はほとんど知られていない。
知っているのは精々テニス部の一部メンバーぐらいのものだ。
仁王は特に隠すつもりはないから、告白が成功した翌日には彼らに話したのだけれど、
のほうは誰かに話した様子はなかった。
まぁ、わざわざ言い触らすことでもないし、その内自然と知れるだろうと放っておいたのだ
が、仁王にしては読みが甘かったと言うべきか、付き合って一ヶ月は経とうとしているのに
二人の関係は一向に周囲に知れ渡ることはなかった。
とにかくタイミングが良かったのか悪かったのか。
思いが通じ合ったのが3月の半ばで、そのまま試験休みから卒業式を経て春休みへと雪
崩れ込んでしまったから、学校で二人一緒の場面を目撃されることもなく、高校へ進学し
たらしたで運良く同じクラスになれたはいいが、幸か不幸か、何故か仁王を毛嫌いしてい
るの親友のも同じクラスで。
それはにとっては嬉しいことだったのだが、が仁王との接触を一切嫌がるお陰で、
休み時間などに仁王と過ごす機会がなくなってしまった。
それだけでも痛手なのに、の家は仁王とは逆方向なので『登下校デート』もできず、
端から見て付き合っているとは到底思えない状況に至ってしまっている。
仁王としては不本意この上ない。
けれど、打開する良い案も浮かばなければ、時間もなかった。
何せ二人の仲をより一層深める為の時間すら取れなかったのだから。
そして逢えない分、思いは募る。
教室にいる間、仁王の目はを見つめ、仁王の耳はの声を探し、仁王の全身での
気配を感じ取ることに集中してしまっている。
まるで片思いしてるときと変わらずに。
だからだろう。
この喧騒の中でその会話を耳に拾えたのは。
「って、本当に敏感だよねぇ。感度が良いって言うかさ」
つくづく感心したといった態で頷いたのはで、聞きようによっては不健全極まりない想
像を膨らませるその発言に仁王が思わず振り向いてしまったのは彼らしくもないが、けれど
も仕方のない事だと言えよう。
ついでに、彼につられた級友達の視線も同じ方向へ向いてしまったのも。
「そうかな? 普通だと思うけど」
「いやいや、さっきも首元がむずむずするって言うから何かと思ったら、髪の毛が一
本落ちてただけだったじゃない? そんなの普通気付かないって」
「えー、それは偶々だよ」
「あ、でもって擽ったがりだよね」
横から口を挟んだのは二人と一緒に課題をしていた別の女子。
一緒に課題をしていたと言うよりは、一方的に写させて貰っていた様だが。
「あー、それは確かにそうかも」
それに頷いたのは当人ではなくで、何故と訝るよりも早くにんまりと悪
戯に笑うや否や、
「えいっ」
「きゃあっ!」
どうやら首筋を軽く引っかかれたらしいは片手で首を押さえて身を捩っている。
「ほらね、これくらいでこんなリアクションするんだもん」
「っ」
得意げに笑むは軽く睨みつけるに「なに? もっとして欲しいって?」
と言うなり再び短い掛け声と共に今度は無防備なわき腹を突付く。
「やぁっ」
は勢い余って隣の椅子に倒れこんだ。と、同時にはぁ、と息をつく。
「えーいっ」
調子に乗ったがその上に覆いかぶさると、はつつかれ擽られる度に声を
上げる。
「やぁっ……あんっ。…っも、ぅ。ダメ……っ、あっ」
断続的に上がる声。
荒い息遣い。
身を捩り、頬どころか体中を赤く染めての下から逃れようと足掻き悶える姿に
仁王の視線は釘付けになる。
それほどにその姿は煽情的で。
「……なんて声出すのよ……」
同姓であるたちですらうっすら頬を染めるほどの威力がある。
しかし。
ココは教室。自習とはいえ授業時間中。
当然自分以外の野郎共の目も耳もあるわけで。
「……すげー。、無茶苦茶色っぽい」
「結構・・・クル」
仁王がそのことに思い至ったのはそんな呟きが聞こえてきてからだった。
「っ!」
周りを見渡せばほんのり頬を染める者や居心地悪そうにあらぬ方向を向いている級友
たちの姿ばかり。
即座に立ち上がった仁王は派手な音を立てて椅子が倒れたのも気にせずにずんずんと
未だ擽られて身悶えるに歩み寄った。
「もう…やっ、っ」
「ふっふっふ。良いではないか、良いではないか」
どこの時代劇の悪代官かと心中で突っ込みを入れながら、の腕を掴み上げる。
「……あれ? 仁王?」
「………?」
「その辺にしときんしゃい。それ以上は俺が許さんきに」
きょとん、と見上げてくるにそう告げて、その下で助かったとばかりに息を整
えるの両脇に手を差し入れて起こしてやる。そのまま抱き上げる要領で自分の
前に立たせた。
「大丈夫か?」
乱れた髪を手ぐしで整えてやりながら顔を覗き込めば、「うん、ありがと」とまだ紅い顔の
まま遠慮がちに微笑まれる。
その姿すらいじらしくて、仁王の感情を煽るというのに。
ここは教室。
下手なことをしたらに嫌われる。それは嫌だ。
……と、必死でなけなしの自制心を掻き集めていることなぞついぞ知らず、は少し
ばかり挙動不審になった仁王を不思議そうに見上げてくる。
ここは教室。ここは教室。
「ちょっと、なんで仁王の許しがいるのよ」
涼しい顔の下での内心の葛藤の激しさは、むっとした表情で睨んでくるに感謝した
ほどだった。
これが通常なら「可愛げがないのぅ」と鼻先で笑ってたことだろうに。
「から離れなさいよ、仁王! が妊娠したらどうするのよ!」
「抱き寄せただけで妊娠するか」
「あんたならする!!」
「……プリ」
流石に仁王もここでそう断言されるとは思わなかった。
「あ、あのね…」
「…残念ながらまだ妊娠させるようなことはしとらんよ。安心せい」
眉を顰めた仁王に気付いて慌てて取り成そうとしたの肩に前触れもなく回さ
れたのは紛れもなく仁王の右腕で。
「仁王くん?!」
その瞬間、教室中がざわめいた。
その中心で更にをぐっと抱き寄せて、
「というわけでは俺のじゃけ、肝に銘じとけ?」
勝ち誇ったように告げる、それはだけでなく教室中への牽制を兼ねた交際宣言。
「、課題は?」
「え? ・・・あ、うん。もう終ってる」
「そんじゃ、俺のとの分の提出ヨロシクな」
呆気にとられたままのへ平然と告げて、の手を引き教室を出て行く。
彼を引き止められるほどの胆力の持ち主は残念ながらこのクラスにはいなかった。
仁王に引っ張られて、たどり着いたのは特別教室棟の外れにある社会科教室で、鍵の
かかった扉を前にどうするのかと眺めていたら、仁王はおもむろにポケットから合鍵
を取り出して開錠した。
「企業秘密ナリ」
何故そんなものを持っているのかと訝しんだのが顔に出ていたのだろう、片目を瞑っ
てしゃあしゃあとそんなことを言ってみせる。
呆れた、と表情だけで語ったはそれでも笑み混じりで、仁王はそんなの
顔を背を屈めて覗き込んだ。
「……怒ったか?」
「どうして?」
「……皆にあんなこと言ったから」
余裕綽々の顔で交際宣言をかましたくせに、今頃になって自信なさげにの顔色
を窺うなんて。
「……皆にバレちゃったね」
「別に、隠しとったわけでもないきに構わんと思うたんじゃが。……でももしが
嫌じゃったら……」
もしも本当にが嫌がったら。
それは恋人を自慢したくて堪らない仁王には寂しくて仕方のないことだけれど、彼女
が望むことならどんなことでも叶えてやりたいと、そう思うから。
「すまんかった」
「別に構わないよ?」
きょとんとした顔で小首を傾げられる。
「でも、には言ってなかったじゃろ?」
「それは、ちょっと言いそびれただけだから」
バツが悪そうに微笑むから、それが本当にタイミングを逃しただけなのだと知れた。
「仲の良いにも内緒にするくらい、秘密にしたいんかと思うとったから……」
いつも飄々としている仁王が、こんなにも情けない表情をするのもに嫌われた
くない一心から。それが分かっているからこその心は浮き立つ。
「秘密になんかしてないし、全然怒ってもいないよ?」
「……ホントに?」
「うん。どっちかと言うと……嬉しかった」
安心させるようににっこりと微笑むと、仁王はほぅっと息をついて、そのまま
の背に腕を回した。
頭に頬をすり寄せるようにしてぎゅっと抱き締めれば、はされるがままに仁王
の胸の中にすっぽりと納まってしまう。
「仁王クン?」
「もうあんな表情誰にも見せたらいかんよ? あれは俺だけのもんじゃから」
「?」
判っていなさそうなその表情に苦笑が漏れた。
彼女の前ではこんなにも余裕がなくなる自分があまりにも滑稽で。
でも、それも悪くないと思えるから不思議だ。
「とにかく、に限らず、もう誰にも擽られんように!」
「……擽られたくて擽られてるわけじゃないんだけど」
やっぱり判っていない彼女。
それでも「返事は?」と顔を覗き込んだら「はい」と微笑んでくれるから、仁王の中
に悪戯心が芽生えてくる。
そっと耳元に唇を寄せ、触れるぎりぎりの距離で囁いた。
「その内、俺の下で本物の喘ぎ声を聞かせてもらうからの。覚悟しときんしゃい」
「!!」
紅くなって固まったの頬を手の甲で撫でて、仁王は声を上げて笑った。
これ以上なく嬉しそうに。
end
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OMNIAの後日談、のつもり。
一応単品でも平気だとは思いますが。
仁王は好きな子の前でだけ、へたれ。