11.知念寛


曲が切れるのを待って、寛クンがそうっとマイクを置いた。


「…どうだったさ?」


その大きな身体を丸めて、心配そうに私の顔を覗き込んでくる。
そんなに心配することないのに。
だって、


「寛クンすっごくカッコ良かった」


んだもん。
にっこり笑うと、寛クンは予想通り、顔を真っ赤にして「そ、そうか?」明後日の方を見
てしまう。


「うん。歌、上手いんだね。聞き惚れちゃったよ」
「けど……やーはあの歌知らんやんに?」
「うん。全然」


うちなーの島唄だから、意味さえわからなかった。


「だったら音を外しててもやーにはわからんやっし」
「でも、メロディから外れてなかったし、外れてたとしても音のつながりが綺麗だったか
ら、私は寛クンが歌った歌がいい」
「そ、そうか?」
「うん。ね、ね、寛クンもっと歌って?」
「お、おう。…何が良い?」
「んーとねぇ…」












「やったー、そういうのはわったーのおらんとこでやるさー」
「凛クン、フロントに電話して。別の部屋に移るよ」
「……おー」
「最初からそうすれば良かったさー」


分厚い曲目リストを捲るのに気を取られてた私達が、木手クンたちがいなくなったことに
気付いたのは寛クンが私のリクエストした曲を全部歌いきった後だった。









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唐船ドーイ




12.田仁志慧



聞き覚えのないイントロが流れてきて、思わず口をつけていたカップから顔を上げた。
ディスプレイを見ても、やっぱり知らないタイトル。
それが島唄なんだってことは表示されてたからわかったけど。


「これ誰ー?」
「おー、わんやっしー」
「えっ?!」


田仁志がテーブルの上のマイクに手を伸ばしたのを見て思わず声を上げると、怪訝そうな
顔で見返されてしまった。


「何ばぁーよ?」
「いや…田仁志ならもっと…違うジャンルの歌が好きだと思ってたから」


実際この前カラオケ来た時は甲斐とかと一緒になってノリのいい曲歌い倒して大騒ぎして
たし。……あの時のサバトっぷりは中々忘れられない。その後の木手の般若っぷりは……
アレはもう、思い出したくない。悪夢だ。悪夢。


「わんは何でもイケるさー」


流石にそれで懲りた、というわけでもないのだろうけど、田仁志の歌は実際とてもまとも
だった。というより、


「……田仁志、普通に歌上手い」


素朴なメロディと歌詞を訥々と歌い上げて、でもなんか、この歌好きなんだろうなぁって
田仁志の思い入れが判るって言うか、つい聞き入ってしまった。
なに、これ。
なんなんですか。


「だろー?」


得意げに笑う田仁志がちょっとカッコよく見えた、何て。









もしかして、これが噂のギャップ萌えってヤツですか?
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芭蕉布





13.甲斐裕次郎




歌詞が終わったのと同時にマイクを置いた甲斐は、いつものように演奏停止ボタンを押そ
うとリモコンに手を伸ばしたのだけど、私はそれを邪魔するように今さっきセルフのドリ
ンクバーから持ってきたコーラのグラスを押し付けた。


「おつかれー」
「お、サンキュー」


甲斐はあっさりリモコンのことを忘れてコーラを一気飲みする。
当然だ。
ぶっ続けで10曲も歌ったんだから、そりゃあ喉も渇くってなもんだ。


「おかわりしてくれば?」


まだ飲み足りなさそうな甲斐にドアを指差せば、「そうする」素直にグラスを持って出て
行く。その隙に私は目当ての曲を手際よく入力(私は甲斐と違って常識があるので、ちゃ
んと1曲だけしか入れない)して、溜息をついた。



この、妙な緊張感をどうしたものか。



甲斐とカラオケに行ったことなんて何度もある。
古いデュエット曲をわざとらしく肩を組んで情感たっぷりに見つめあいながら歌ったこと
だってある(でもって平古場と田仁志に爆笑され、木手に大層冷たい笑みを貰い、知念ク
ンに慰めてもらった)。
だけどそれはいつもテニス部の面々やらクラスの友達やらその他大勢が一緒だった。
二人だけで来たことなんてなかったのだ。

なのに、今日は狭く薄暗い部屋に二人っきり。
これはどうしたことか。


「甲斐に誘われたときは、てっきりテニス部の皆と一緒だと思ったのになぁ…」


それが、蓋を開けてみれば本日の参加者は甲斐と私の二人きり。
正直間が持たない。
誘った張本人の甲斐もそれは同じらしい。そうじゃなければ流石のヤツでも10曲連続は
やらかさない……と、思う。


「気まずい…」


多分、どうして良いのか判らないのだ。
私だけを誘ってくれた甲斐の意図が見えないから。
ただ単に暇そうだったのが私だけだったから、という可能性も否定できないし、でも、そ
うじゃなくて、私と行きたいと思ってくれたのだったとしたらいいなぁという期待も捨て
られない。意外と乙女だったんだね、私も。

もう一度溜息を吐き出し終わったところで曲のイントロが始まった。
ついでに甲斐も戻ってきた。


「おかえり」
「おう」


マイクを持って歌い始める……と、サビのところでいきなりマイクを奪われた。

は?!
いきなり何???

驚いて目を見開く私の目の前で、甲斐はサビを歌いきった。


「ちゃんと聞いてたか?」
「は?」
「今、わんが歌ったトコ」
「……聞いてたけど」


会話している間にも2番は始まっていたけれど、どちらもそんな事を気にしてなかった。
空しくBGMと化している。


「あれ、わんの気持ちあんに」


よくよく見たらヤツの日に焼けた頬が色を濃くしているのに気がついて。
私の耳にはもうBGMすら聞こえなくなった。





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涙そうそう





14.木手永四郎



永四郎は歌が上手い。


というより、声が好い。
低音で、実に耳に心地良い。
それに普段テニスやら武術やらで腹筋が鍛えられてるので声がよく出るし、通りも良い。
その上完璧主義の彼が音を外す筈もないので、必然的に「上手い」という評価になる。

だから、かもしれない。
今まで何度か耳にした事のあるこの歌の、その意味に気付いたのは。


……いやいやいや、それは永四郎が歌う場合に限ってのことかもしれないと思い直す。
他の人が歌う場合は、というよりこの歌を作った人はそんな意味なんて全然込めてなかっ
た可能性だって高い。ただの、純粋に蛍というものを歌っただけかもしれない。


だけど、永四郎が歌うと到底そうは思えないのだ。
これは絶対彼のせいだ。
彼の声がエロいせいだ。
低くて耳障りがよくて、でもどこかヤラシイ響きを持つあの声が悪いのだ。


「どうしました? 顔が赤いね」
「……なんでもない」
「と、言われてもね。そんな顔してちゃ説得力なんてないでしょ」


だからさっさと吐いてしまいなさい。じゃないと、痛い目見ますよ。
長い指に頬を痛くない程度に抓まれて、私はその穏やかな脅迫にあっけなく陥落した。


「ちょっと、蛍の意味について考えてただけ」
「蛍の『意味』?」
「綺麗な水で誘惑して下りてきて欲しいのは、自分のところに落ちてきて欲しいのは、本
当は蛍なんかじゃないんだろうな、って」
「ふむ……つまり君は、この歌は『恋人を誘惑している歌』だと言うんですね」
「えっ永四郎の歌うのを聞いてたらそう思っただけだから!」


なんだか自分がとんでもない発言をしたような気がして思わず顔ごと目を逸らしたら、く
つくつと永四郎が笑う声が耳元で聞こえた。
ぞくりと背筋を何かが走る。


「ちょっ、永四郎! 近い!」
「正解ですよ」
「は?!」


慌てて離そうとした身体は、永四郎の腕で簡単に押さえ込まれる。


「本来の意味は知りませんが、俺はそういうつもりで歌ってましたからね」






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ジンジン




15.平古場凛



「……平古場、大丈夫?」
「どーいう意味さぁ」


心配して顔を覗き込んだら、途端にむっと眉間に皺を寄せて睨まれた。
いや、だって、ねぇ。


「だって、平古場が女性ボーカルの歌を歌うなんて熱でもあるとしか思えない」


凛、という名前が女の子っぽいと気にしてる彼は、そのことで揶揄れるのを徹底して嫌
がっていて、その延長でカラオケに行っても女性ボーカルの歌なんて絶対に歌わなかった
のに。(そのくせ、長い髪は切ろうとしないんだから矛盾してる)


「……たまにはそういう気分の時だってあるばぁーよ」
「はぁ…?」


そういう気分、ねぇ。
……どういう気分だ?


「それに、今日は裕次郎とかいねぇし。やーはわんのこと揶揄ったりしないさー」
「そりゃあ、ねぇ」


そのネタで平古場を揶揄ったりしたら、即行ブチ切れて大暴れされるのが目に見えてるし。
そんなことになったら誰が後始末をするのか。

しかも意外と根に持つタイプなのか、中々機嫌直してくれないのだ。ヤツは。

過去のとばっちりが身に染みている私は、わざわざ虎の尾を踏みに行くようなお馬鹿な真
似はいたしません。


「……で、どうだった?」
「へ?」
「わんの歌。どう思ったさ?」
「あぁ……結構良い感じだったよ? 優しい感じの声で」
「そ、そうかよ」
「うん」


褒められて嬉しかったのか、明後日の方を向く平古場の耳が赤い。
それがなんだか妙に可愛くて思わず笑いを零すと、「なに笑ってるさー」すぐに気付かれて
またもや睨まれた。


「……他には」
「ん?」
「他は、なんもないんかよ」
「って、言われても…」


他って何だ?

どんな褒め言葉を期待されてるのかわからなくて首を傾げていたら、平古場がボソリと呟
きを落とした。


「……永四郎が「女性の歌を男が歌うのは女性にはセクシーに聞こえるらしいですよ」っ
て言ってたんさー」
「はぁ?」


何だそれは。
女の子口説く練習なら余所でやってくれ。
そう文句を言おうとした口は、半開きのまま固まることになった。


「わんは、やーにそう思われたい」


まるでテニスをしているときのように真剣な目で私を見つめながら平古場がそう言うから。






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さとうきび畑