可愛いって言葉にも色々ある。

顔立ちが整っていたり、体格が小さかったり。
幼い子にもこの言葉を使うし、猫や犬にも使う。


でも、彼女はちょっと特別なんだ。


確かに顔は可愛いけど特別整った造作ってわけじゃないし、背だって女の子ではむし
ろ高い方に入るんじゃないかな。同い年だから幼くもないし、勿論犬や猫でもない。
……もっとも、気紛れな彼女はちょっと猫っぽいけど。


それまではそんなこと、気にも留めてなかった。
僕らはただの元クラスメイトで、今でも顔を合わせれば多少話す程度の、他の女の子
たちよりは少しだけ親しいかもってくらいの付き合いだったし。









ROCABAR









4限目が終った昼休み、教科書を片付けてさて今日はどこでお昼を食べようかと英二
と相談してた。そんなとき。


「あっ、ちゃんと見っけーっ」


僕らのクラスより数分早目に終ったのか、連れ立って廊下を歩く二人を見つけたのは
英二のほうが先で、


「ああ、そうだね。彼女たちはどこへ行くのかな?」
「俺ちょっと訊いて来るーっ」
「あっ」


遠目でもはっきりと分かる彼女たちの深刻そうな表情に、「行かないほうがいいよ」
と止めようとした僕の手は一瞬遅く、空しく宙を掻いた。
英二はそんな僕にも彼女たちの様子にも気付かずに駆け寄って、


「お二人さんっ会いたかったよン!」


二人纏めて抱き締めるみたいに後ろから飛び掛っていた。


「!!」
「げっ! 菊丸?!」


その瞬間、さんは全身を強張らせて立ち尽くし、さんは目に見えて狼狽
した。

これはとても珍しい反応だった。

いつもならさんは冷たい視線と冷笑をセットにして間髪いれずに英二の顎に鉄
拳をめり込ませていたはずだし、さんはそんなさんを宥めつつ、英二を
気遣ったり僕に挨拶してきたり、するはずだったのに。


「〜〜〜〜っ!!!!」
「…あり?」
っ!」


そのまま、両腕で自分を抱きしめるみたいにしてさんは蹲ってしまった。
思いっきり背を丸めて、膝に額を乗せて限界まで丸くなる。
何かに耐えてる、そんな感じ。


、大丈夫?」
「ど、どうしたんだ? 俺が悪いの?!」


背を屈めて様子を伺うさんは、ちょっとだけその丸めた背に手を伸ばしかけた
けど、結局すぐに引っ込めてしまった。
代りに、


「このバカ丸!! あたしのになんてことしてくれちゃってるの!」


見事としか言いようのない背負い投げが決まり、周りから拍手が起こった。

……さすが女子柔道部のエース。












「はぁっ? 肋骨が筋肉痛?!」
「菊丸、あんたやっぱり馬鹿ね」
「容赦がなくて素晴らしいツッコミだね、さん」


思わず拍手したくなっちゃったよ。
だけど英二はやっぱりわかってなくて、「なんでっ」と口を尖らせている。


「……あのねぇ、肋骨は骨でしょうが、ホネ、bone。筋肉痛ってのは筋肉が痛むか
ら筋肉痛っていうのよっ」
「そんなの解ってるっつーのっ! でもさっきちゃんは肋骨が痛いって言っ
たじゃん!」
「だーかーらーっ、肋骨の周辺の筋肉が炎症起こしてるのよ!」


英二のことはさんに任せて、僕は未だしゃがみこんでいるさんに近寄
ると、目線を合わせる為に隣に同じ様にしゃがんだ。


「大丈夫?」
「ん、へーき」


僕が尋ねると、さんは何とか顔を上げて唇の端を上げてみせる。

青白い顔色。

荒い息。

右手はずっと左脇の下辺りを押さえていて。


「迷惑掛けてごめ…っ、ゴホゴホッ、ゲホッ!」


何かを話そうとした途端に酷く咳き込んで、背を丸めるだけでは堪えきれずに廊下に
座り込んでしまう。膝の上にはお弁当を入れた巾着袋。


「〜〜〜っ」


声にならない悲鳴、というのは本でよく見かける表現だけれど、実際はきっとこうい
う感じなんだろう。

歯を食いしばって、

眉根をきつく寄せて、

右手は痛む肋骨を庇っているのか、抑えているのか。

行き場のない左手は偶々延ばした先にぶつかったものを反射的に握り締めて、指先が
白くなるほどに。


「痛い?」


喋る余裕がないのだろう、さんは僕の問いにただこくこくと何度も頷いて、で
も抑えきれずにまた襲ってくる咳と痛みに息も絶え絶えだ。

そうでなくても咳は体力を消費するからね。
なのに肋骨の痛みにも耐えなければならないなんて、相当辛いんだろうな。

随分以前から風邪をひいていたのは知っていた。
けれど、肋骨にダメージを受けるほど拗らせるなんて、運が悪いと言うか…。
それとも、普段英二が言うように体力がなさ過ぎるのかな?

少しの間考えてから、


「英二、ちょっと持ってて」
「へ?」


手に持っていた自分の弁当箱と、さんの膝の上のそれを英二に押し付けた。


「ごめんね」


酸欠で赤くなっている耳に囁いて、腕を彼女の腰に回して力任せに引っ張り上げた。


「ひゃっ?!」


裏返った声が可笑しい。


「な、ふ、なに?!」
「不二?!」
「保健室まで連れてってあげるよ。こんなトコで座り込んでても埒が明かないでしょ?」


さんとお弁当を食べる為に屋上へ行こうとしてたみたいだけど、この調子じゃ
昼休みが終っても辿り付けそうにないよ?

英二は最初驚いていたみたいだけど、すぐに事情を飲み込んで、「俺達は部室に行っ
てるからな〜」と二人分の弁当箱を改めて僕に持たせた。ついでに、さんも
かなり強引に引っ張って行ってくれた。「不二!! あたしのに手ぇ出したら
投げ飛ばすわよ!」って怒鳴り声が、それでも段々遠ざかっていく。


「あ、あの、不二くん? 歩けるから、わたっ…ゴホッ」


持ち上げるように腰を抱えているから、当然お互いの体が必要以上にくっつく。それ
が恥ずかしいのだろう、さんは腕を突っ張らせて身体を離そうとするんだけど、
その前に咳き込んでしまってすぐに身体を強張らせてしまう。


「〜〜っ」
「ほら、遠慮しない」


諦めておとなしくしてなさい。
……本当は身動きするだけでも痛いんでしょ?

それに、どんなに暴れたとしても。

僕は君を解放してあげるつもりはさらさらないんだから、ただでさえ少なくなってる
体力を浪費する必要はないんじゃない?






「………不二君」
「ん? 何?」


痛みには勝てなかったんだろう。

君はすぐに観念して、僕に寄りかかるようにゆっくりゆっくり、足を進める。


「ありがとう」


咳き込まないように、そろそろと吐く息の間で小さく呟かれた言葉は、確かに僕の耳
に届いた。
ざわりと胸の奥が蠢いくような感覚を覚える。
だけど、それは全然不快じゃない。

むしろ


「お安い御用、だよ」


そんな短い言葉がやけに嬉しくて、にっこり笑ったら君の頬が紅く染まった。
それは、風邪のせいで熱が出た、とかじゃあないよね?



ねぇ。



縋るように僕のシャツを握り締める細い指と、力なく項垂れたその項に堕ちた、って
言ったら。



君はどんな顔をするのかな?








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不二周助はサドっ気で決定。