自慢するわけじゃないけど、
「付き合ってください」
とか、
「好きです」
とか。
女の子に呼び止められるときは大抵、告白されるか、そうでなければ跡部部長を筆
頭に先輩たちに手紙やプレゼントを渡して欲しいとか、あの人たちに関して訊かれ
たり、そういう用事ばかりだった。
だけど
「さんと別れてください!!」
……コレは初めてのパターンだ。
っていうか、まだ付き合ってもいないし!!
BEL AMI
「いやぁ、さっきのは災難だったね〜」
「はは」
さっきのちょっとした出来事の唯一の目撃者である先輩は、言ってる台詞に
反してけらけらと笑った。テーブルが揺れて、紙コップのコーヒーが零れそうに揺
れるほど豪快に。
俺はそれに対して、中途半端な苦笑を浮かべるしか出来ない。
衝撃の発言をかましてくれたあの女の子は、更に「あんたなんかさんに相応
しくない!」「男なんて不潔よっ」等々、を叫んだ挙句に、大粒の涙を流して走り
去ってしまったのだ。
端から見れば、まるで俺が跡部部長並の女誑しで、あの子を弄んで泣かせたように
見えたことだろう。周囲の視線が矢鱈と痛かった。
……ホントに何だったんだろう、あれは。
「別れるも何も、付き合ってないのに、どーしろっていうんだろう」
「付き合ってないの?」
「ないです」
きっぱりと断言する。
……ちょっと自爆っぽいけど、事実なんだから仕方ない。
「さっきのあのコはもう二人が付き合ってるのは確定! って勢いだったけど」
「一、二回程、練習のないときに誘われて、一緒に買い物に行ったことはあります
けど……」
それだって、ほんとにただ友達と買い物してるって感じで、全然デートとかそんな
雰囲気じゃないし。
付き合ってるには程遠い状態だ。
溜息を付くと、先輩に「気にしなさんな」と肩を叩かれた。
「この場合、関わった相手が悪すぎるんだからさ」
「え?」
俯けた顔を上げると、先輩は訳知り顔でうんうんと一人頷いていて。
「ルドルフのはいろんな意味で有名人だからね。本人女なのに、女の子
の熱狂的ファンクラブがあるのもその一つだし」
「ファン…クラブ?」
「そう。跡部にもいるでしょ、取り巻きと言うか、そういうやつ」
「ああ、はい、ありますね」
跡部部長のことを好きな人たちが、勝手に集まって何やらやってる、あの光景を思
い出す。
同じようなのがさんにもあるってことなのか……流石親戚って言ったら怒ら
れるのかな。
「…先輩、さんのことご存知なんですか?」
「そりゃ勿論。小学校からの付き合いだし」
「へっ?」
「あれ、亮に聞かなかった? って中学上がる前までは氷帝にいたのよ」
「ええっ?!」
聞いてません、そんなことっ。
全くの初耳ですっ。
大体、さんだって全然そんなこと言ってなかったし。
「本当ですか?」
「私が嘘ついて何の得があるのよ」
ごもっともです。
「中学からはルドルフに移っちゃったけど、今でも時々メール送ったりしてるのさ」
何故か自慢げに胸を張った先輩は、
「だから、災難に逢ったちょたにちょっとしたご褒美をあげやう」
「は?」
「後ろ向いてみ?」
にんまり笑って後ろを指差した。
促されるままに振り向いた先には、
「やっ」
相変わらずメンズ物らしい服を着たさんが、いた。
「…………」
「…おーい? 長太郎クン?」
目の前でひらひらと白い指が振られる。
さんが俺の目を覗き込んで……って、顔近すぎ!!
「え? さん? なんでっ、ここっ」
驚いたのと至近距離で顔を見てしまったのとですっかり狼狽して挙動不審になった
俺に、先輩は一杯ストラップの付いた携帯を見せた。
「さっき言ったでしょ。メールの遣り取りしてるって。スタバ入る前に呼び出しの
メール入れといたんだよん」
「えっ?」
「はいつもいきなり呼び出すんだから」
溜息を吐くさん。
だけどその表情は全然怒ってもうんざりもしていなくて、二人の仲の良さを物語っ
てるような感じだ。
「まぁま、いーじゃないの」
先輩も、さんの苦情を軽くいなしてて。
多分、この二人はいつもこんな感じなんだろう。
だけど、丸いテーブルを囲むように置かれた椅子に腰を下ろしたさんと入れ
替わりに、先輩はいきなり立ち上がった。
「?」
「じゃ、ちょたは任した」
「は?」
「今日のわんこはちょっと精神的にお疲れだから、ちゃんとケアしとくよーに」
「先輩?!」
「ちょっと、っ」
俺とさんの引き止める声にも構わず、先輩は「じゃーねっ」と去って
行ってしまった。
なんだか、今日は色んな人に置き去りにされてる気がする。
……ってそれより、「わんこ」ってやっぱり俺の事・・・なんだろうなぁ。
「長太郎クン」
「あ、はいっ」
俺が返事すると、さんは困ったように苦い顔で微笑んだ。
「同い年だから敬語はいらないって言ってるのに」
「あ、…ごめん。つい」
緊張する、せいだろうか。
それとも初対面のときに癖がついてしまったのか。
何となく。
さんを前にすると敬語で喋ってしまう。
意識しないと、タメ口でなんて話せない。
「いいけどね。その方が楽なんだったら、それで」
無理強いはしたくない。
そう言ってくれる彼女の優しさが嬉しい。
「ありがとう。…多分、その内慣れてきたら、大丈夫だと思うから」
「ん」
「……で、何?」
「さっき、が言ってたけど、長太郎クンが疲れてるって…」
「あ…」
「何か、あった?」
遠慮がちに、さんの目が俺の目を覗き込む。
こんな風に目を見つめるのはどうやら彼女の癖らしいんだけど……正直、顔が近く
なって、照れる。
だって、まるで。
その……キス、する直前、みたいで。
「な、なんでもないっ。全然ダイジョ−ブだからっ」
「……ホントに?」
うんうん、と何度も頷いたら、さんは「ならいい」と微笑ってくれた。
だけど、その瞳は「仕方がないから追求しないであげよう」って言っていたから、些
細な俺の誤魔化しは全然通用していなかったことが分かった。
俺ってホント、嘘を吐くのが下手なんだな……。
内心で溜息を一つ。
そうして気持ちを切り替えた。
「さん」
「なに?」
先輩に言わせたら、これはご褒美らしいから。
「コーヒー飲み終ったら、CD見に行かない? 俺のオススメのアーティストが新
譜出したんだ」
楽しまなくちゃ、勿体無いよな。
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この連載はこんな風に日常っぽく展開していこうかな、と。