聖ルドルフ学園。
それは、あのデータマン観月さんがいる学校で。
「……偵察?」
もしかしたらこの人もマネージャーなのかも知れないと思って訊いてみたのに、
「偵察? 何の?」
本気で驚いているようで、瞠った黒瞳が俺を綺麗に映し出していた。
それには俺の方が驚いてしまって、その真っ直ぐな視線に不意に心臓が大きく鳴った
ような気がした。
「何って……テニス部の、なんですけど……」
「テニス部になんて興味ないよ」
さらりと言われてしまった。
あんまり当然のように言われたから、ある意味侮辱とも取れるその言葉を俺はあっさ
り受け入れてしまって。
「はぁ」
でもやっぱり、心のどこかで残念に思ってる自分がいて。
それがどうしてなのかはちっとも分からない。
「……すみません、変な勘ぐりしちゃって」
「気にしない、気にしない。観月とは確かに知り合いだしね」
「そうなんですか?」
「ま、あくまでも知り合い程度だけど」
何が面白かったのか、またクスクスと笑われてしまった。
……本当に、良く笑う人だ。
BEL AMI
そうして歩いていれば、すぐにテニスコートが見えてくる。
所詮学校の敷地内、大した距離じゃない。
「あれー? やん」
そのことを残念に思ってると、もう耳に馴染んだどこかのんびりしたイントネーショ
ンが飛び込んできた。
俺が振り向くのと、「やぁ、忍足」と彼が片手を挙げて応じるのとはほぼ同時で、そ
れはつまり彼の苗字がさんだと判明した瞬間だった。
「なんや、珍しいトコで会うなぁ。跡部に用か?」
「ん。そんなとこ。いる?」
「居るで。ちょお待っとり」
口調と同じ様にのんびり歩み寄ってきた先輩は、徐に後ろを振り返って
「あとべー!! お客さんやでーーっ!!」
大声で呼ばわった。
それにはすぐに「アァン? 馬鹿デケー声出してんじゃねーよ」という不機嫌そうな
応えが返ってくる。
……普通なら、その声だけで大抵の人は怯むんだけど、忍足先輩だけは態度が変わる
ことがないんだよなぁ。いつもながら尊敬してしまう。
「そんなこと言ぅてええん? 跡部が嫌なんやったら俺が応対したるけど」
「…客って誰だ?」
「私」
ニヤニヤ笑う忍足先輩の後ろから登場した部長は、さんを見て、一瞬だけど確
かに驚いた顔をした。
「」
「悪いね、部活の邪魔して」
「…何かあったのか?」
「大したことじゃないよ。来週の打ち合わせ、今の内にやっとこうかと思ってね」
「アン? そんなのわざわざ来なくても家でいいじゃねぇか」
「残念ながら、誰かさんと違って当日まで忙しい身でね」
「………チッ」
………珍しい。
「なんや、鳳。跡部が圧されてんのが珍しいんやろ?」
「え?……いや、あの……」
まさかその通りですとも言えずにははは、と笑って誤魔化した俺は、話を逸らそう
と別の質問をした。
……といっても、さっきからずっと気になってたことなんだけど。
「忍足先輩。さんって、何者なんですか?」
あの跡部部長と対等に話せて、忍足先輩とも顔見知りらしい。
俺が知ってるのは彼がルドルフの生徒だって事ぐらいだし。
「あぁ、鳳は知らんかってんな。は跡部の遠縁や」
「そうなんですか? 遠縁って」
「俺もようは知らんのやけど、確か“はとこ”とか言うとったな。跡部のばあさまの
妹の孫娘らしいわ」
「はぁ……そうだったんですか。道理で……」
成る程。
跡部部長のおばあ様の孫娘さん……………………ん? 孫……………娘?
「むすめ?!」
えええ?!
だって、ええ?!
素っ頓狂な声を出していた自覚はある。
でも、だって、娘って事は……女?!
「なんや自分、のこと男や思ぅとったんかいな。失礼な奴やな」
「えっ、いや、だって!」
背だって高いし、声も低めだし!
……あ、でも柔らかな雰囲気とか、確かにちょっとドキドキしたりしてたのは、ある
けど。
「いいよ、忍足。よくあることだから」
にっこりとさんはそう言って微笑んでくれて。
「お前がそんな紛らわしい恰好してるせいだろうが」
「似合うからいいんだよ。オオトリ君も、そう思うよね?」
「えっ? 俺の名前…」
「ん? 違った? さっきから忍足がそう呼んでるから君の名前だと思ったんだけど」
「い、いえ、違ってません! 俺、鳳長太郎っていいますっ」
「良かった。私は。跡部の遠縁でね、忍足たちとも顔見知りなんだ」
ヨロシク、と差し出された手をどぎまぎしながら握り返した。
ああ、顔が熱いって。
今、俺、真っ赤なんだろうなぁ。
先輩たちのにやにや笑いが目に入って、俺は後でさんざん揶揄われるのを覚悟した。
跡部部長がさんと話すために部室へ行く寸前、俺の横をすれ違いざまに囁い
た。
「鳳、30分後に部室に来い」
「え?」
「を送らせてやるよ」
にやりと笑った部長に感謝するべきかどうかはとっさに判断がつかなかったけれど、
この時ほど頼もしく思えたことはなかった。
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長太郎はどこまでも初々しく、先輩たちのオモチャ(笑)