「……Sorry?」
ワタシニホンゴワカリマセーン、な表情を必死で取り繕ったが、火に油を注いだだけだったらしい。
「アーン?」
ひぃっ!
超が10乗するくらいの不機嫌極まりない視線がぐっさり突き刺さる。
「Indeed did you say unless the words that I speak can understand it now. ah-n?」(まさか、今、俺の言葉が分からないとか言ったか、アーン?)
「………っ」
ネイティヴに限りなく近い発音で聞き返され、言葉に詰まったは意味もなく視線を左右に彷徨わせるが、この場をごまかすのに協力してくれそうな担当編集者の姿は見当たらず、矢鱈存在感を醸し出している榊はこちらの様子に気付いているらしいのに、「諦めなさい」とでも言うように首を横に振って見せる。その口元を愉しげに緩めながら。
「(アンタ絶対面白がってるだろーーー!!!)」
叫びたくとも叫べず、は恨みがましい目を榊に向けるのみだ。
「なになにー?」
「跡部ー、ほんとにがいんの?」
「つか、コイツがなのか? マジ?」
「ほ、ほんとに先輩ですか…?」
「上手いこと化けたモンやなぁ。そう言われてじっくり見んかったらわからへんわ」
「変装って本当にできるものなんですね」
「くいつくのそこなのね、日吉…」
「……ウス、驚き、ました」
「フフッ、でもさんにはもうちょっと薄いお化粧の方が似合うよ」
そうこうしてる間にも、わらわらと見知った顔が集まってくる。
全員、それなりのスーツ姿ということは、正式な参列客だということだ。
跡部に連れられてきたのだろうか。
「(っていうか、そんな大声で本名連呼しないでーっ)」
バレるだろう! 折角変装してまで外国人のフリをしていると言うのに!!!
無表情の仮面の下でひたすら焦るを見透かして、跡部は鼻で笑った。
「もう逃げられねーなぁ、チャン?」
「…………………………………………………………………………Okay」
跡部WIN。
そんな文字が彼の背後に見える気がした。
ともかく、そんな話をココでするわけにはいかない。
は深いため息を一つ落とすと、くるりと背を向けて歩き出した。
「Follow me」
呟くように残した一言に満足そうに笑んだ跡部を、グーで殴ってやりたい、とこっそり拳を固めたのは秘密だ。
着いてこい、などと偉そうに言ったものの、こんな無駄に着飾った状態で行ける所なぞ決まっている。
着替えのためだけにとった部屋へ皆を招き入れると、決して狭くはない部屋がいっぱいいっぱいになった。
なんとなく息苦しささえ覚えるほどだ。
「…狭いな」
「我侭言うな」
ぴしゃりと日本語ではねつければ、「ようやく観念したか」と跡部がにやりと笑う。
それに何か言い返してやるより先に、の携帯電話がその存在を主張した。
「誰だ?」
「担当さん。……はい?」
フリップを開いて応じたのはいいが、は何故か一度耳元に当てたそれをすぐさま腕を伸ばして遠く離した。
「先輩? なにやっ…」
『せんせーーー!! どこ行っちゃったんですか?! って言うか、今どこですか?! なんでトンズラしちゃってるんですか?!』
機械越しの声は鳳の疑問を声もろとも弾き飛ばした。
『気が付いたら姿が見えないし、招待客の方々からは挨拶したいから紹介しろってせっつかれるし、どーしたらいいのかって無茶苦茶焦ったんですよ?!』
「……ごめんなさい」
『とにかくすぐ戻ってください!』
「それはダメ」
『はぃ??!』
「招待客には気分が悪くなったから部屋で休んでるってことにしといてください。勿論お見舞いはお断りで」
『えぇ?! で、でもだって、例のお偉いさんはどうするんですか?! まだ挨拶もしてないんですよ!!』
「あー……それ、ねぇ」
はちらりと跡部の顔を見た。
脳裏には榊の顔も浮かんでいる。
「アーン?」
「多分放っておいても大丈夫。何かあってもこっちでなんとかしますから心配しないで下さい」
『えぇぇ?!』
伊藤は焦った声を上げるが、こちらには天下の榊グループと跡部財閥がついているのだ。
その『お偉いさん』が何者かは知らないが、例えごねられたとしてもこの両者に逆らえるとは思えない。
……というか、の推測では十中八九その『お偉いさん』は榊か跡部なのだが。
「だから、今日のお仕事はこれで終了! あ、しばらく部屋使わせてもらいますけど、誰もこの部屋来ないでくださいね。勿論伊藤さんも」
『えぇぇぇぇ?! ちょ、ちょっと待ってくださいよ、先生!』
「それじゃ、電話も電源切りますから。お疲れ様でした」
『せんせぃ?!』
伊藤の悲鳴をすっぱり無視して通話を終えるとそのまま電源までオフにしてしまう。
ちなみに、ここの会話の間中、の携帯電話は彼女の耳から遠く離されていたため、部屋にいた全員に会話は筒抜けだった。
「お、おいおい、良いのかよ?」
「いいの。それより化粧落としてくるからちょっと待ってて」
「おぅ」
用済みとなった電話をベッドの上に放り出して、バスルームへ篭ること10分弱。
日吉に変装と言われた飾りを全て剥ぎ取り、元の制服に着替えた彼女を見たレギュラー達+が一様に安堵したような表情を浮かべたのがには面白かった。
「お待たせ。…さぁ、質問をどうぞ?」
そうおどけてみせる自身が、メイクを落とす前よりもずっと表情に柔らかさが出ていることに気付いていないのだが。
「質問は一つだ」
当然のように跡部が発言する。
打ち合わせなどしていないだろうに、他の皆は彼に一任することに異存はないらしく控えている。
「どうして隠していた」
跡部の声は厳しい。
これ以上の誤魔化しは許さないとその声で告げている。
はこの短い時間に何度目か分からないため息を吐き出した 時間稼ぎの為に。
ほんの数秒でも、心の内を明かす勇気を掘り起こす時間が欲しかった。
「」
「 怖かった、から」
「怖い?」
「この間みたいなストーカー騒ぎ、実を言えば、アレが初めてじゃないの。実を言えば、イギリスにいたときに1度だけ」
「……何だと?」
「あ、た、大したことはされてないから!」
一瞬で険を増した跡部の眼光には慌てて言葉を足した。
「ただ、ちょっと付き纏われて……車に引きずり込まれそうになった、けど」
「じゅーぶん大したことじゃん!」
「大丈夫やったんか?」
「うん。ちょうど、向こうの出版社と打合せして出てきたところを…だったから、ビルのガードマンが気付いてくれて、逆に取り押さえてくれたの」
「頭の足りない奴ですね」
「それで良かったんだよ、日吉。そうじゃなきゃ、さんは大変なことになってたんだから」
鼻先で嘲笑った日吉を滝が嗜める。
「ちゃん…」
がそっとに寄り添うと、は「大丈夫だから」と微笑んで、逆にの肩をぽんぽんと叩いた。
「ちょっと待て。そいつはどっちのお前を狙ったんだ?」
「は? どういうことだよ、跡部」
「…チッ。筋肉だけじゃなくてたまには脳を動かせ、宍戸」
「なんだと!」
「考えてみろ、そもそもあの小説の作者が誰なのかは伏せられてたんだぞ。名前だけじゃなく、性別も、年齢も一切が秘められた覆面作家だったんだ。なのに、ストーカー野郎はを襲った」
そいつは学生のが目当てだったのか?
なら出版社から出て来るところを待ち伏せたのは何故だ?
跡部の指摘に宍戸だけでなく鳳や岳人、慈郎も「あ」と口を開けた。
「彼が付け狙ったのは作家の私。情報は……私の友達だった子から買ったんだって」
「友達て……」
「親友、だと思ってたの。出版社に持ち込むべきだって勧めてくれたのも彼女だったのに…」
「実際にプロデビューして、本が売れた途端に妬まれたってわけか」
こくん、とは頷く。
「『アタシだって少し位稼いだっていいでしょ』だって」
はははと空ろな笑いが口からこぼれる。
アンタが売れたのはアタシのお陰じゃない。なのにアンタばっかり金持ちになって、アタシがちょっと小銭を稼いだからなんだっていうのよ!
ストーカーに自分の情報を売り渡した少女は問い詰められてそう言い放った。
情報を売った相手がをどんな目に遭わせようが知ったことではない 否、むしろに災難が降りかかればよかったのに、と。
「そーいう卑怯な奴、俺きらい」
「くそくそっ! そんな奴友達なんかじゃねーよ!!」
「……うん、そうだね」
「ちゃん?」
「多分、彼女は私のことを友達だとは思ってなかったんだよ。最初は、違ってたのかもしれないけど」
が覆面作家としてある程度知名度を得た頃には、きっともう彼女の意識は変わってしまっていた。
そしてそれは、の両親も。
「怖かったのは、ストーカーなんかじゃなくてね。私の副業…というか、収入かな、それを知った途端に変わってしまう人」
あのコは、事件が起こるまでは確かに親友だと思ってた。
両親だって、が作家になるまでは平凡などこにでもいる人たちで、だけど彼らのできる限りの愛情を持って育ててくれていたと思う。
なのに、変わってしまった。
「最初におかしくなったのはお母さんだった。気が付くと初めて見る服ばかりになって、しかも派手で。鞄も靴もアクセサリーも、色んなものが一変してた。それまでは家に引きこもりがちだったのに、やけに外泊が多くなって……」
「……男か」
跡部の確認するような問いかけには頷くだけ。
「お父さんはそれに気が付いてから、だったかな。泥酔して帰ることが多くなったの。で、こっちも水商売風な派手で化粧の濃い女の人と一緒にいるところを見かけるようになった。おまけに、ある日いきなり会社を辞めて、私のマネージメントをやるんだって言い出したし」
「うっわ、サイテーだな!」
「岳人、のご両親やで」
失礼やろ、と忍足に肘で小突かれてやっと気付いたらしい。岳人が慌ててごめんと謝るのへは苦笑しつつ首を横に振る。
「いいの。実際、あの人たちが私に寄生しようとしてたのは本当だからね。私も最低だと思ったし、今でもそう思ってる。もうとっくに家庭なんて崩壊してたのに、表面だけ取り繕って……笑えるわ」
親は娘を金蔓としか考えず、娘はそんな親を軽蔑してる。
そんな『家族』に何の価値もない。
自分を妬むだけの友人も。
だから捨てたのだ。
親も友人も捨てて、日本へ戻ってきた。
「…裁判を、したの」
「え?」
「親権を盾に私の収入や行動を好き勝手されないために、裁判を起こして親権を祖母へ移したの。祖母のいる京都じゃなくて、こっちへ住むことにしたのも、あの人たちが私を追いかけてきてもすぐには見つけられないように用心のため。あのストーカー騒ぎのとき、私の後見人だって人が来たでしょう? あの人が裁判でお世話になった弁護士さんなの。こっちの生活をする上での後見もしてもらってる」
「徹底しとんなぁ」
「徹底せざるを得なかったってことだ。親の為にな」
忍足の漏らした感想に応えたのは跡部だった。
「一度楽をすることを覚えた人間は中々元には戻れねぇ。更生させるにはコイツとの関わりを徹底的に絶って、自分で地道に金を稼がせるしかねぇんだよ。……だろ?」
どうして。
「辛かったな」
跡部には分かってしまうんだろう。
「お前はよく頑張ってるよ」
ぽん、と頭に置かれた手がそのまま肩まで滑り落ちて引き寄せられた。
「跡部」
「だが、一人で頑張りすぎだ。もっと俺達を頼れ。信用しろ」
「……皆を信用してなかったわけじゃないの。だけど、ごめんなさい」
「遅ぇんだよ、バーカ」
どうして、跡部の腕の中はこんなにも安心できるのだろう。
next.
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久し振りすぎてヒロインさんの口調を忘れてました(汗)。