Purururururu…


『Hello,Percival Publishing.jacica speaki'n 』
「Hy,jacica. It's me. 」
『Oh! you? Longtime no see! how are you?』
「Fine. Ah……Mr.Loss is there? I'd like to……」


受話器の向うから聞こえる相変わらずの様子に、ほんの少しだけ、懐かしさ
を覚えた。















人間というものはおかしなもので「大丈夫か」と聞かれると反射的に「大
丈夫だ」と返してしまう。どんなに「大丈夫ではない」事態であっても、
切羽詰っていればいるほどに。
だからテニス部の面々は誰も彼女に「大丈夫か」とは訊かないし、
で彼らの気遣いに感謝しつつも気づかない振りを気丈に続けてい
る。

けれど、それも


「そろそろ限界やな」
「ああ」


忍足の脈絡のない一言、その主語が何かなんて明白すぎて、話しかけられ
た宍戸もため息混じりに頷くだけ。

ストーカーに狙われている。

その恐怖とストレスはどれほどのものなのだろう。
同じ立場におかれたことこそないが、ただ自称ファンだという女子集団に
追いかけられるだけでも相当に怖いし、疲れることは身をもって知りすぎ
ている。それが行き過ぎれば…と考えただけで背筋に冷たいものが走る。
学園にいる間は男子テニス部員総勢200名が目を光らせて護っているとはい
え、セキュリティを潜り抜けて手紙を届けてきた実績のある敵だ。油断は
出来ない。


だからこそ、辛い。
息をつける場所がない。


その上彼女は自称テニス部ファン達の反感を一手に引き受けている。
流石にテニス部員の庇護下にある現状では直接何かされるということはな
いが、その分陰に回っての嫌がらせは目に余るほどになってきている。
これ見よがしの陰口、無視、誰かが故意に流したとしか思えない悪意だら
けの噂話……どこかの掲示板サイトに実名で槍玉に挙げられていたとも聞
いている  即座にプロバイダに連絡し、そのサイトは閉鎖されたらしい
が、それも所詮いたちごっこだ。


「そろそろ倒れんじゃねぇか、アイツ」
「そのうち、やなくて、そろそろかい」
「限界っつったのはお前じゃねーか」
「それはそうやけど」


話し、憂えている間も体は素振りを続けている。
以下にレギュラーといえど、否、だからこそ基礎練習を疎かになど絶対に
しない。
ラケットが風を切る独特の音が規則的に鼓膜を震わせる。


「せめてファンの人たちだけでもなんとか出来たらいいんですけど」
「だよな。なんかイイ手ないのかよ、侑士」
「ん〜、難しいなぁ」
「肝心なときに役に立たねぇ奴」
「……あんなぁ、自分ら、俺は立海の幸村とか青学の不二と違って普通の
人間なんやで」


無茶言うなや。
忍足は体を動かしながら、器用にため息を深々と吐き出した。
残りの3人も、内心で重いため息を吐く。


「だいじょーぶだって」


だが、一人だけ。
明るく笑ってそう言い切った人物がいた。


「どこが大丈夫なんだよっ、ジロー」
「大丈夫だって、皆心配ショーだなぁ!」


珍しく部活に遅れてこなかったと思ったら、何故か今日はすっかり覚醒モー
ドらしく、


「だって跡部がいるじゃん」


ハハハッと快活に笑うと、彼は言った。


「跡部がちゃんを護るって言ったんだったら、それはホントにそう
するってことなんだよ。跡部はそういうの、絶対嘘つかねーC!」


一点の疑いもなく、慈郎は笑う。
4人は彼につられるようにして彼の視線の先を追った。
もう一組のレギュラー陣中の誰よりも綺麗なフォームでスマッシュ練習を
繰り返す彼らの部長を。
俺様で口が悪くて傲岸不遜を絵に描いてCG処理したような男だけれど、
同時に、『彼なら何とかしてくれる』と安心させる何かをもたらしてくれ
る、稀有な男だ。

跡部が「護る」と言ったのなら、それは必ず履行されるだろう。
自分達はそれに全力で協力すれば良いだけだ。


「ま、とりあえずは練習に全力投球、だな」
「ですね。こわーい部長が睨んでますからね」
「言われなくても、いつもより高く飛んでやるよ!」
「後でバテんねんから、今は飛ばんでええて」
「あー…でもなんっか、眠くなってきた…」
「寝るな!」


広いコートに怖い怖い部長様の麗しき怒声が響き渡るのは時間の問題だっ
たが、とりあえず今、注意する人間は誰もいなかった。












日が傾いても、氷帝レギュラー陣には関係がない。何故ならレギュラー用
コートには夜間照明が完備されているからだ。
自然光とは違う白々した光に照らし出されたそこからは、部活動の規定終
了時間をとうに越えたというのに、小気味良いスマッシュ音が絶え間なく
聞こえてくる。着替えを終えたは滝を待って居残っている
挨拶を交わしてからコートへ向かった。


「部長!」


金網のフェンス越しに声を張り上げる。
流石にこの時間まで居残っているファンはいないから、彼女達の目を憚る
必要はないのだ。

だが、の声に振り向いたのは宍戸で、彼はすぐに跡部の名を呼び、
振り向いた彼にの方を指差した。
それを受けて、跡部がフェンスに駆け寄ってくる。


「帰るのか、
「うん。部室にはちゃんが残ってる」


跡部は分かってる、と頷いて、の後ろへ視線を向けた。
もそれに倣う。
5m程離れた辺りでがっしりとした体つきの1年生部員が律儀に
待って立っていた。


「今日の護衛は柴田か」
「そう」
「……


跡部の手が伸びて、フェンスに掛けたの指に触れる。


「気を付けろよ」
「……うん」


跡部の指が、そっとの指の上を滑る。
ゆっくりと、宥めるように何度も。


「俺達がお前をガードするようになって、手も足も出せなくなったストー
カー野郎がそろそろ焦れてくる頃だ。何か仕掛けてくるかも知れねぇ」
「うん」
「何かあったらすぐに俺を呼べ。何時でもいい。遠慮はするな」
「うん」


神妙な顔で頷いたに、ふ、と跡部の瞳が和らいだ。


「心配するな。お前は俺が護る、そう約束しただろう?」
「……うん、分かってる。信じてる」
「そうだ、それでいい」


お前は俺を信じていれば良い。
そう告げる跡部は気付いていなかったが、いつの間にかあれほど響いてい
た打球音や声が止んでいた。
レギュラー達は皆、例外なく、足も手も止めて彼らを見ていたからだ。


「なんか、あそこだけ空気が違う気がしねー?」


岳人の呟きが金縛りを解いた。


「……跡部部長、カッコいいッスねぇ」
「うっひょー、跡部やるぅ!」
「……ウス」
「っつーか、全身がカユいぜ」
「俺も、今日はもう帰ろうかな、と」
「っち、少しは人目を憚って貰いたいもんだ」
「………ッス」
「まぁ、そない言うなや日吉。って、今さり気に日吉に同意しよったな、
樺地……流石のお前でもアレは照れたか」
「ウス。……ラブシーンはちょっと……恥ずかしい、です」


樺地の返答と、「だけど跡部のアレが自覚無しってのが問題だねー」とい
う滝の言葉が、その場にいた全員の総意だった。







平和な、一日の終わりの筈だった。
20分後に跡部の携帯の一つが鳴り出すまでは。


「なんや? からやないか」
「ああ、無事帰宅したって連絡だろ」


サブディスプレイの表示を横から覗き込んだ忍足を押しのけながら、跡部
はフラップを開いて耳に当てる。「律儀やなぁ」と言う忍足の感想は当然の
如く無視された。


「俺だ」
「Help!! Help me!! 跡部、助けて!!」












next.
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急転回…やっと。