問題が一つ。

それも重大な問題が。


「……よく考えたら、テニス部の部室の場所知らないんだった」


とりあえず、少年二人が走り去っていった方角へと向かってみるものの。
それらしい建物なぞがちらりとでも見えないかと窓から外を眺めてみるものの。
目指す建物の外観すら知らないのではどうにかなるはずもない。

家庭科教師に借りた大きなタッパーを二つも抱え、は完全に途方にくれていた。


しかし、幸いな事にここはどこかの廃墟ではなく、日中は常に人の行き交う学校の中である。
それは特別教室ばかりの棟でも変わりはない。

現に、廊下に立ち尽くすその背中に歩み寄る足音が。


「……何をしている?」
「え?」


ぱっと振り向いたは、その相手を誰だか確かめる間もなくたたっと駆け寄って頭を下げ
た。


「お願いします! テニス部の部室に連れて行ってくださいっ」
「なに?」


おそらく。
男子テニス部の部員であれば誰でも、この場に居合わせたかったと願っただろう。

何せ、正体不明・難攻不落・謎の音楽教師 榊 太郎(45)が面食らった顔を拝むことが出来
たのだから。












「お前が、か?」


目の下に黒子がある無闇矢鱈に煌びやかな顔をしたオニーサンがいきなり教室に来て言った。
早々に食事を終えて自分の机で本を読んでいたの横に立っている為、当然なのだが見下
ろされる状態になる。
そのオニーサンの背後では、岳人が眉を八の字にして申し訳無さそうに大きな目でこちらを見つ
めていた。


「おい、返事位したらどうだよ?」


岳人に気を取られていたら、少し苛立ちの混ざった声が降ってきた。
見下ろされている状況とその偉そうな態度がの神経に障った。


「どちら様ですか?」


至極冷静な声と態度だった。
何故かあんなに煩かった教室のざわめきが一瞬消えた。


「……俺を知らねーのかよ」


それを何故だろうと首を傾げる間もなく、再び振ってきた声に視線を戻せば、呆れたような、と
言うよりも拍子抜けしたと表現した方が良いだろう表情をされて、今度はそっちに首を傾げる。

と言っても彼の正体に悩んだわけではない。
何故、そんな事を訊くのかと訝ったのだ。

自分を知らないのか、と確認してくるのは相当有名だと自認しているからこそだと、その位は考
えなくとも想像がついた。ついでに、岳人が一緒であるからには彼と知り合いか友人の間柄で、
その彼が自分の名前を口にしたのだからそれは岳人が自分のことを彼に語ったからに他ならない。
そして、その岳人自身がこれまた学園内では相当な有名人らしいのに、は先週彼に会って
話すまで彼のことを全く知らなかったのだ。

その事実を、岳人はこの偉そうな彼に話さなかったのだろうか?

普通に考えれば、真っ先に話題になりそうなものなのだが。


「向日クンから聞いてないんですか?」


だから、直球で訊いてみた。


「何を?」


聞いていないらしい。
岳人に視線を向けると、両手を合わせて拝まれた。

どういう意味だ。


「……初対面の相手にものを尋ねるときは先ず自分の名前を名乗るのが礼儀ですよ」
「自分の学校の生徒会長も知らねーのか?」
「生徒会長?」


自尊心をわざと傷つけるようなの態度に怒るかと思ったが、代わりに嘲笑の響を持った新
たな情報がもたらされた。

……が、そんな肩書きで恐れ入るほど可愛らしい性格は残念ながらしていなかった。


「だとしても、私が投票したわけではないので」


転入してくるより以前に選出された生徒会役員なんか知るか。
言外にそんな意味を含ませて、尊大な頷きに返してやる。
途端に偉ぶった彼が苦虫を噛み潰したような表情になったのが面白かった。


「氷帝学園高等部生徒会会長兼、男子テニス部部長、2−A跡部景吾だ」
「2−E、2週間前に転入してきたばかりなので所属している部活はありません」
「知ってる」
「……何で」
「生徒名簿を見た」
「それはプライバシーの侵害じゃないの?」
「心配しなくても俺以外の奴は見れねぇよ」
「そういう問題じゃないけど……まぁ良いわ」


跡部の右眉が上がった。「良いのか?」とでも言うように。
それには溜息とともに頷く。


「学校に所属している以上、完全なプライバシーの保護なんて有り得ないでしょ? 先生方は勿
論、必要に応じて大学や他校に流れたりもするし」
「……まぁな」


頷いた跡部の表情からは険が消えていて、いつの間にか教室の喧騒も戻ってきていた。

それで、何の用なのかと。
問おうとしたら跡部がにやりと、それはもう「何か企んでます」と露骨に表現している嫌な笑み
を浮かべて、言った。


「気に入った。お前、ウチのマネやれよ」
「………………………………は?」


嵐は突然やってきた。







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何故高校設定なのに榊監督がいるのか。
その謎はおいおい明かしていきます(笑)


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