St.Valentine's day

恋人たちの守護聖人、聖バレンタインの没した日。

世の中の男も女もこぞって騒ぎ立てる日に、


「え? チョコいるの?」


一筋縄ではいかない恋人はあっさりすっぱりそんなことを言いやがった。


あ り 得 ね ぇ !





MAT chocolat





跡部はあんまり好きじゃないでしょ、甘いもの。

そんな一言とともに切って捨てられた昼休み、何故か中学からずっと一緒に飯を食ってる忍足
たちの爆笑が異常にムカついたが、あいつらに構ってる場合じゃなかった。

慌てて後を追ったものの。

すぐに顔も知らないような女どもに囲まれて、躊躇している間に見失ってしまった。
あいつとはクラスも離れてるから、次に捕まえられるのは放課後になってしまう。


「ちっ」


軽く舌打ちすると、見失ったはずのあいつがくすりと笑ったような気がした。











ただでさえ良くなかった俺の機嫌は部活終了時に最高速度で急降下した。
何故かって?


「はい、ジロ君」
「うわ〜、手作り?! マジうれC!!」
「義理だけどね。あ、宍戸と長太郎にもね」
「おう。ありがとよ」
「ありがとうございます!」
「俺は? 、俺のは?!」
「岳人にもちゃんとあるって。忍足のもね」
「やった! サンキューなっ」
「おおきに」
「あとわかと樺地クンと滝クンね」
「どうも」
「ウス」
「はいはい、義理でも嬉しいよ」


俺の目の前で展開するこの光景のせいだ。

俺以外の奴らには義理と断っているとはいえ、ちゃんと、しっかり、チョコレートを用意して
あるってのに、どうして俺だけが外れてるんだ?!
仮にも俺はあいつの彼氏だってのに!!


「……なぁ、。ホントに跡部にはないのかよ?」


ほらみろ。
あの岳人でさえ、気を遣うってのに。


「ん? 跡部のチョコはないよ?」
「………それってさ、マズいぜ、絶対」
「そう?」


何にも分かってないは首を捻るばかりだ。

……いいぜ。

そっちがその気なら、こっちだって勝手に貰うとするさ。
今夜は覚悟してもらうからな。


「跡部、おまたせ。帰ろう」
「……ああ」


どうせ、今日はこのままの家に寄る予定だったしな。
義理チョコを配り終えて空になった紙袋を畳んで鞄に仕舞ったは俺の不機嫌オーラに気
付くことなく俺の隣に立って歩き出した。
俺も、その腰に軽く手を添えて歩き出す。
少しは俺の不機嫌に気付けよ、そう思いながら。


「………うわ〜、跡部の周り、なんや発電してそうやわ」
の奴、よくあの状態の跡部に近づけるよな」
「ぜってー火花散ってるぜ、あれ」
「……俺、怖くて跡部部長の顔見れませんでした……」


ついでに外野の声にも気付け。

これだけうるせーんだから。










の部屋はそれほど広くはないが、無駄な物が一切ないせいか、窮屈な感じはしない。
そのくせ妙に居心地は良くて、いつもここへ来る度に不思議な気分になる。
「座ってて」とリヴィングの真ん中に据えられた炬燵と俺専用に買った座椅子に勧められるま
まに腰を下ろすと、すぐに漂ってくる紅茶の香り。……今日はダージリンらしいな。


「セカンドフレッシュか」
「跡部、これ好きでしょ?」
「……まぁな」


二人用の大きなポットと暖めたカップをトレーごと置いて、目の前で注ぐのはこいつの拘りと
やららしく、ふわりと広がる湯気と香りにささくれ立った気分が宥められる……いつもなら。
今日だけは別だ。
そう簡単に直るレベルじゃない。


「……もー。機嫌悪いなぁ」


と、不意にが溜息を吐いた。


「そんなにチョコレートが食べたかったの?」


炬燵越しに俺の顔を覗きこんでくる。


……なんだ。
俺が不機嫌なのは気付いてたんじゃねーか。


だったらどうして知らん顔をしていたのかと問い詰めようとした矢先、は淹れたばかり
の紅茶に口もつけずに再度立ち上がった。
「ないものはないんだよ」なんて呟きながら。
そのまま壁際のローチェストの引き出しから何かの包みを引っ張り出す。

……包み?

どう見てもリボンの架けられたそれは何かのプレゼントらしく。


「本当は、ご飯食べた後にでもゆっくり渡そうと思ったんだけど」


照れくさそうにおずおずと、それは俺の目の前に置かれた。
開けて良いのかと目線で問うと、肯きが返ってくる。

形ばかりのリボンとしっかりした包装を外すと、現れたのは……


「手袋?」
「嵌めてみて」


言われて、箱の中に収まったそれを手に取る。上質の皮が手にしっくりと馴染んだ。


「……どう?」
「悪くはねぇな」


僅かに残った意地が素直じゃない言い方をさせたが、実際にはシンプルなデザインも気に入っ
たし、縫製もしっかりしていて、指の長さも丁度いい。何度か指を動かせばあっけなく違和感
が消えた。

俺が気に入ったのが表情で分かったのだろう、は「良かったぁ」と深く息を吐いた。


「どうしたんだ、これ?」


何処かのブランド物ではないことはどこにもロゴが入っていないのだから確かだった。
かといってこれほど質のいい皮と縫製……日本では滅多にお目にかかれない。


「ん。この間、見つけたお店でね。古くて小さいお店だけど、オーダーで皮小物作ってるの」


オーダー。

なるほど、と納得しかけてはたと気付く。


「それにしたってどうやってサイズが判ったんだ?」


そんなの。

が笑う。

そんなの判るよ。こうやって、いつも触ってるんだから。

俺の手を取って、指先で輪郭をなぞり、頬に当てる。
俺の掌ですっぽり隠れてしまうの小さい顔がほんのりと赤い。
きっと俺の顔も。


「ごめんね」


不意にが謝った。
何がだと訊けば、「跡部はチョコレートは喜ばないだろうと思って気を利かせたつもりだった
のに、逆にがっかりさせたから」と。


「あ、でもブランデーケーキならあるよ。食べる?」


もう一度立ち上がりかけたの腕を引っ張れば、容易くバランスを崩して俺の腕の中へ落
ちてくる。


「跡部?」


見上げてくる無防備なその表情を誰にも見せたくないと。


「……バーカ」


隠すように覆いかぶさって口付けた。



視界の端には、から贈られたチョコレートブラウンの手袋。












「……そういや、なんで忍足達に手作りなんてやってんだよ」
「え? なんで?」
「何でって……義理なんだからその辺のコンビニででも買えば良いだろうが」
「だって人数多いんだもん」
「あン?」
「だから、人数が多いと、買うより作った方が安上がりなの」
「…………それだけか?」
「それだけよ?」
「…………そうか」


部員たちがちょっと哀れに思えた夜だった。






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2005.02.14 バレンタイン夢

年明けも跡部だったので、バレンタインも跡部にしてみました。
ヒロイン設定も年明け夢と同じです。