真っ白なままのメール画面を睨み続けて早、5分。


「……どないせぇっちゅうねん」


呟きは空しく宙に溶けた。











簡単な話や。
『月末、空いてないか?』そう入力して送信ボタンを押すだけ。
……いや、それよりも先に今晩の予定を聞く方が先か。


今日。
10月15日。
俺の誕生日。


なのに、俺の携帯のフォルダにアイツからの新着メールは一個もあらへん。
今日だけやない。
最後にメールが来たんは……先週の日曜か。10日も前やん。
それも用件だけの愛想もそっけもない、ついでに絵文字どころか顔文字すらない、
恋人へ送ったとは到底思われへんメールのみ。


「……へこむわ」


履歴確認せなあかんくらい連絡がないってどういうことなん?
ありえへんやろ?
そりゃ、俺ら付き合うようになってもう何年も経っとるし、今更付き合い始めの頃
みたいに毎日メールも電話もなんてしてへんけど……って、あかん。そういえば俺
ら最初の頃からあんまりそういうベタベタしたことせぇへんかったわ。

俺もアイツも、そういうところわりと冷めとったからなぁ。


   「私と忍足ってほんっと似たもの同士だよね」


の声が耳の奥に蘇る。
これを言うときのアイツは、いつも複雑そうな、それでいて面白がっているような
笑顔を浮かべとった。それに俺はいつも「そうやなぁ」って同意して。
食べ物の好みとか、洋服の好みとか。
そういう判りやすいトコもよぅ気が合ったけど、が言うのはそういうことや
なくて、もっと内面的な話で。


例えば常にどっか冷静に自分含め、他人の動向を観察・把握しとるとことか。
徹底した合理主義で実用主義だとか。
恋愛の優先順位が低すぎて没頭することが出来へんところとか。


そういう厄介なところが俺達はほんまに良く似とる。
これでよく恋愛できたな、と思うほどに。






だから、嫌でも解ってまうねん。
メールの数が減ったんは、イコール俺への関心が薄れとるってことやって。






「……それやのに、「誕生日祝ってくれ」なんて言われへんやんなぁ」


断られる、か、もしくは嫌々お義理で付き合われるのが目に見えとるっちゅうねん。
そんなん俺かて嫌や。


「はぁ……」


辛気臭い溜息と共にフリップを閉じる。
結局、メールできへんかった。
我ながら余りのへたれっぷりに涙が出そうや。
諦めて上着を手に立ち上がったのと入れ替えに、見慣れすぎて新鮮味の欠片もない
同僚が部屋に入ってきた。


「おや、まだいらっしゃったのですか?」


口調は丁寧やけど、その真意は「いつまでこんなところでぐだぐだ油売ってるつも
りだ、お前」ってとこや。ええ加減付き合いもここまで長なると、幾らミラーコート
された眼鏡で表情が見えへんゆぅても嫌でも分かってまう。


「もう帰るトコや」


やから余計なこと言うな。
こっちも言外に意思を滲ませて返すと、「そうですね、その方がいいでしょう。折角
の誕生日なのですしね」とか、お前絶対解ってて言うとるやろ! 的余計な一言が
返ってきた。
ほんま、コイツのどこが『紳士』やねん。
むっちゃ性格悪いっちゅーねん。

ムカついたけど、言い返す気力すら今は湧いて来ぇへんかったから、無言で睨みつ
けるだけで俺は医局を後にした。


「普段から注がれる愛情に胡坐をかいているから、いざと言うときに慌てる羽目に
なるんですよ」


背中を追っかけてきた奴のご忠告は、丁重に無視や。
……に、しても……仁王、お前よぅあんな根性真っ黒とコンビ組んどったなぁ。本
気で尊敬するわ。今更やけど。









とぼとぼと家路を辿る。
自分の家に帰るのにここまで気乗りせぇへんなんて初めてや。
かといって居酒屋とかわざわざ人の多いところに行って一人寂しく飯食おうって気
にもならへん。
今日はもう家で自棄酒やな……。
もう何度目かわからへん溜息を吐き出して、ようやく見えてきたマンションの自分
の部屋を見上げる……あれ? 電気ついとるやん。うわ、俺電気つけっぱなで出て
きてもうたんか?!
あーもう、なにやっとんのやろ、俺。
……なんかもう、色々と情けなくなってがっくり肩を落としながら鍵を開けた。


「ただいま…」


今日はさっさと風呂入って寝よ。
靴を脱いでネクタイを引き抜く。


「おかえりー」
「おぉ」


夕飯、なんかあったかな。
コンビニで買ってくればよかったわ。
上着とネクタイを寝室のベッドの上に放り出して、部屋着に着がえる。
どさりとベッドに腰を下ろしたところで、


「……ん?」


違和感に気が着いた。
今……なんか会話せぇへんかったか、俺?
「おかえりー」って、気ぃ抜けたように言うの癖……。


「忍足、着替えた? 早くご飯にしよ、サンはお腹減りました」


そうか、俺が帰って来んの待っとったんか。
それはスマンかったなぁ、ほなご飯頂こか。


「って、?!」
「今日はあっさりしたものが食べたかったから、がっつり和食にしてみました」


じゃーん。効果音を口で言いながら示されたテーブルの上には、ひじきの煮物に青
菜と薄揚げの煮びたし、大根おろしとすだちを添えた秋刀魚の塩焼き、生姜とおか
かのたっぷり乗った焼き茄子、そして炊き立ての白いご飯が湯気を立てていた。


「いいタイミングで帰ってきたね、忍足。丁度出来たトコだったよ」
「あ、ああ。うまそうやな」
「でしょ?」
「って、そうやなくてっ」
「?」
「なんでがここにおんねん?!」


確かにの作ってくれた夕飯は見た目にも美味そうやし、そんなん見せられた
俺の腹もいい加減限界を訴えててんけど、まず先にその疑問を解消せな食べるわけ
にはいかん気がした。


「なんでって、忍足今日誕生日でしょ?」


やのに、はキョトン、と目を開いて、まさか俺にそんなこと聞かれるとは思
わへんかったって顔や。


「お前……最近メール一つよこさへんかったくせに」


俺への関心失くしかけとったんちゃうんかい。


「ごめんごめん、最近忙しかったからさ。っていうか、ちゃんと言ったっしょ、今
月は面倒なプレゼン抱えてて忙しいからメールもあんまり出来ないって」
「…………」
「もしかして……覚えてない?」
「…………いつ言ぅた?」
「先月半ばにデートしたとき」


記憶を探る。
…………そう言えば、そんな事を聞いた様な気も…………せんこともないような。


「……忘れてたね?」
「スマン」


ジロリ、と睨まれて思わず肩を竦めた。
はふぅ、と軽く息を吐いて、「忘れたものは仕方ないね」と苦笑した。


「あのときは忍足のほうが忙しくて疲れてたっぽいもんね」
「せやったなぁ。ほんまスマン」
「いいよ。別に実害があったわけじゃなし」


実害なぁ……。


「結構あったような気ぃもすんねんけど」


主に俺の精神面と、それによって巻き込まれた周りの奴(主に柳生)とか…な。


「ん?」
「……なんでもあらへんよ。それよりもほら、ご飯冷めてまうで」


そうだった、といつもの椅子に腰を下ろたの向かいに俺も座り、二人で「い
ただきます」してひじきに箸をつけると、ほんのりごま油の香りが食欲を誘った。


「相変わらずは料理上手やなぁ」
「そう?」
「せや。このひじきなんか薄味で、むっちゃ俺好みやで」
「それは良かった。あと、ケーキもあるから後で食べようね」
「ホールか?」
「ホールだよ、ちっちゃいけど」
「そしたら…」
「ちゃんとろうそくも用意してるから」
「わかっとるなぁ。さすが
「当然」


得意げに胸を張るは、さっきまで落ちこんどった反動なんか、俺の目にいつ
もの1.5倍は可愛らしく映っとる。
飯かてむっちゃ美味い。


ああ、ほんま馬鹿な勘違いでよかったなぁ。


しみじみ幸せを噛み締めて、俺の脳はもう二度と同じ様な勘違いをせぇへん為の方
策を打ち出した。


「あんなぁ、
「なに?」
「俺と一緒に住まへんか?」


すれ違う暇もないくらい一緒にいたいてほんまにそう思ったんや。










fin.
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ゴメン……誕生日には間に合わなかったけど、愛だけはいっぱいある!
誕生日おめでとう、おっしー。