お帰りなさい、手塚選手。凱旋帰国おめでとうございます。
ありがとうございます。
テレビ画面に映ったその姿に、もう猶予がないことを知った。
私にはちっとも良く分からない舌を噛みそうな名前の外国の大会で初の日本人同士
の決勝戦を勝ち抜き、これまた大会初の日本人優勝者となった彼は、一躍国民的英
雄となり、ワイドショーは連日彼の話題でもちきりだった。プライバシーなんて、
あったもんじゃない、彼の生い立ちから出身学校、テニスの経歴や海外留学してか
らの戦績なんかは勿論、学生時代のめぼしい交友関係までも繰り返し。傲岸不遜を
絵に描いて金銀宝石で装飾したような我が従兄などは当然ながらその筆頭で。
「……景吾君、パパラッチされても偉そうなんですけど」
「嫌味言う為だけに来たんなら今すぐ帰れ」
「あああああ! ごめんなさいいぃぃぃぃっ」
俺は忙しいんだと一瞬で突き放される寸前で追い縋れば、ちっと行儀悪く舌打ちさ
れはしたものの、引き止めることには成功した。
「……で?」
「でって……言われましても」
「手塚の帰国がどうしたってんだ? お前も婚約者が帰ってきて嬉しいだろうが」
「だ、だだだだだだだだだ誰が婚約者か!!」
「どもり過ぎだ、バーカ」
ぺん、とはたかれた額は結構痛かった。
忙しくて余裕がない、と言うのはどうやら本当らしい。景吾君はいつもカッコつけ
て余裕ぶっているけれど、疲れてるときなんかはじゃれあいの力加減が適当になる
癖があったりするのだ。
……こんなことで量れてしまう自分もどうかと思うけれど。
ぶすくれる私を尻目に、景吾君は携帯を操作しだした。
それはいつものことなので気にしない。
「違わねぇだろ? 一時帰国した手塚にプロポーズされたっつって、大騒ぎしてた
じゃねぇか」
「う……」
それは、そうだ。
間違いない。
事実その通り。
「見て見て、手塚君。すっごい綺麗!」
あれは、4月のことだった。
前触れもなく私の勤める会社に姿を現した手塚君は、慌てて仕事を無理矢
理終わらせた私を車に押し込んで、都心から少し離れた山辺の街に連れて
行ってくれた。
そこには満開というには少し早いけれど、見事に咲き誇った桜並木があっ
て。
仕事が立て込んでいて花見に行く時間もないとメールでこぼしてしまった
私のつまらない愚痴を覚えていてくれたのかと感動してしまった。
だって恋人でもなんでもないのに。
景吾君の従妹で中学の頃から試合会場や練習試合だのと何かと顔を合わせ
る機会が多かっただけの、ちょっと親しい顔見知りでしかない私。
たまに景吾君と飲みに行くときに誘ってもらったりするだけ。
VIPな二人とは違ってただの一般人である私は完全におまけ扱いだ。
……ま、それをいいことに色々ご馳走になっちゃったりしているけれど。
なのに、こんなに素敵なサプライズをプレゼントされるなんて思ってもみ
なかったから、すごく、すごく嬉しくて。
だから、あのときの私は必要以上に浮かれていたんだと思う。
「」
人通りの乏しい田舎町、それも黄昏時とあって人目を憚る必要もなく二人
で桜の回廊を通り抜けていたときだった。
手塚君が足を止めて私を呼んだのは。
なに?
聞き返そうとした声は喉から先へ出ることはなかった。
彼の、試合のときのような真剣な眼差しに魅入られてしまったから。
ざぁっ。
風が、吹いた。
「、俺と、結婚して欲しい」
俄かに巻き起こった桜吹雪の中、手塚君は言った。
「……へ?」
「返事は、次に俺が帰国したときに聞こう」
なんて素晴らしい舞台背景。
それに負けないほど綺麗な顔と、良い声で告げられたら、断る女なんてい
ないんじゃなかろうか。
そんな彼と私の呆然としきった間抜け面はさぞ対照的だったに違いない。
そうして、言葉どおり彼は翌日にはもうアメリカへと旅立っていったのだ。
相変わらず混乱の続く私を一人置き去りにして。
「いいじゃねぇか、俺ほどじゃねぇが手塚はいい奴だぜ? おまけに堅物で一途と
きてるから浮気の心配もねぇ。プロテニスプレーヤーとしても実績があるし、それ
なりに稼いでるみてぇだしな」
なにが不満だ?
そうストレートに問われると言葉に詰まってしまうのだけど……
「第一、お前だって手塚に気がねぇわけじゃないんだろ?」
「そりゃ…」
あれだけ素敵な人だもの。
ぶっちゃけ、私だって淡い恋心めいたものを持っていなかったわけではない。
だけど、プロの世界でどんどん頭角を現して有名になってゆく彼としがないOLで
しかない自分が釣り合うとは思っていなくて、ずっと気持ちに蓋をして、目を背け
続けてきた。
だけど、問題はそんなことじゃなくて!
「なんだよ」
「あのね、景吾君! 私達は付き合ってもいなかったのよ?」
「アン?」
景吾君は段々私の話に飽きてきたらしい。
本格的に携帯でメールを打ち始めている。
「それが?」
「それが、じゃない! お付き合いもしていないのに、いきなり結婚てナニ?!
色々飛びすぎてませんか? ねぇ!」
「……だ、そうだが、聞こえたか手塚」
「へ?」
……なんか、妙なことを言いませんでしたか景吾サン?
しかも、どうして携帯に向かって喋ってるんですか?
パタン、とフリップを閉じて振り向いた従兄弟殿は、それはそれはいやぁ〜な笑顔
を見せてくれました。
「5分で来るそうだ」
「5分?!」
「丁度お前を訪ねて近所まで来てたそうだ」
逃げるなよ。
しっかりクギまで刺した上に、逃げられないよう執事さんに玄関まで送らせて下さ
いましたよ。……その、微笑ましげな様子はやめてください、執事さん。
おまけに、馬鹿でかい玄関先にはしっかり手塚君がいるし。
「」
「手塚君」
真剣な瞳は真っ直ぐに私を映してる。
でも、何を言えば良いのか判らない。
「、俺はずっとお前が好きだった」
気まずさに俯いた私の耳に、彼の声が響いてきた。
fin.
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うを?!
ぎりぎり(0時5分前!)ですが、間に合った!!
誕生日おめでとう、部長!