怪我
「お前ね、馬鹿だろ」
報せを受けて駆けつけてきた恋人は、呆れた表情を隠そうともせずそうのたまった。
「うっさい」
疲れているにも拘らず車を飛ばして来てくれた恋人に、は悪態を返した。
ついでに、顎をぐっと上げて睨んでやる。
ただでさえ30センチ以上の差があるというのに、今はがソファに座り、向こ
うはすぐ傍に立っているせいでほぼ限界まで首を逸らさないと視線が合わない。
「今、このタイミングで怪我するってどういうことよ?」
「う…」
それに怒ることなく、仙道は深々と溜息を吐き出した。
「分かってんの? 来週だよ? お前が海行きたいって言ったんでしょーが」
「分かってるよ」
「俺がどんだけ頑張って休みもぎ取ったか分かってる?」
「だから、ごめんって言ってるでしょ」
不貞腐れた返事を返して、は湿布と包帯で固められた足首をそっと擦った。
仙道の苛立つ気持ちは良く分かる。
この、夏の中間決算月でもある月末に、例え遅ればせの盆休暇といえど、どれだけ
頑張って纏まった休みを取ってくれたのかも、想像に難くない。自身、周り
に嫌味を散々言われたのだから。
「……私だって、楽しみにしてたんだから」
寧ろ、自分の方がショックは大きいと思う。
何故ならこの旅行を言い出したのはからだったし、新しい水着も今日買った
ばかりなのに。……最も、その買い物の途中で人込みに足を取られて転んで捻挫す
る羽目になったのだけれど。
「あ〜あ…」
なんだか泣きたくなってくる。
旅行支度の為の買い物が、その旅行自体をぶち壊すことになるなんて。
「海、行けないよねぇ。お医者さんにも1週間じゃ治らないって言われたし」
「捻挫はしっかり治しておかないと後に響くからな」
「今からお宿キャンセルしたら、キャンセル料どれくらい取られるかな?」
折角買った水着も、それに合わせたサンダルと上着も、全部無駄になってしまった。
がそうぼやくと、仙道が再び溜息を付く。
「お前、やっぱり馬鹿だろ」
「……何でよ」
「なんで宿キャンセルすんの?」
「だって…」
泳げないなら、海へ行く理由はないではないか。
そう言った途端、仙道の人差し指がの額を弾いた。
「った!」
「海は泳ぐだけじゃないでしょ? 釣りもできるし舟に乗ってもいい」
「え?」
「宿だって折角いいとこ抑えたんだぜ? 100%天然自家源泉がウリの純和風旅館。
捻挫の療養にはちょうどいいだろ?」
「それは、そうだけど…」
「丁度いい機会だし、じっくり教えてやるよ、釣り。そしたら二人でらぶらぶして
られるし、も俺への理解を深められて一石二鳥」
さも、「名案!」と言いたげに胸を張った恋人に、もぷっと吹き出して。
「釣りはいいけど、らぶらぶって何よ?」
「決まってんじゃん。俺と二人っきりでいちゃいちゃすんの」
「だから何で」
「え? ナニ? 嫌なの?」
「嫌に決まってるでしょ!」
釣りというからには屋外で、屋外には人目があるのだ。
人目を憚らずバカップル振りを発揮するのは、流石に自分たちの年齢では恥ずかしい。
しかし。
「え〜? ソレは嘘だね」
きっぱりと言い切ってみたものの、仙道はあっさり否定した。
「だってお前、寂しかったんでしょ?」
「なっ…!」
続いた言葉に言葉をなくす。
一瞬で赤く染まった耳が何より仙道の言葉が正しいことの証明だった。
その頭に、仙道は腕を伸ばして、
「最近忙しくて構ってやれなかったもんなぁ」
殆ど独り言のように呟きながらぐしゃぐしゃと髪をかき回す。
「は寂しがり屋だからなぁ?」
放っておいたらそれこそ滅茶苦茶に髪が絡まるまで止めそうにないその大きな手を
両手で掴んで引きおろすと、
「……そんなんじゃないもん」
顔を伏せたまま唇を尖らせた。
「意地っ張り」
「うっさい」
「そういえば俺が予約した旅館、部屋に露天風呂がついてんだって」
「……ふぅん?」
「一緒に入ろーな、ちゃん?」
「一人で入ってろ!」
ぎゃあぎゃあと言い合う間も、に掴まれた仙道の手が離されることはなかった。
fin.
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2005『夏祭り』に投稿させていただきました。
リンクラリーでパスワードを集めて行ける隠しお礼部屋用に書いたもの。
お題「怪我」でした。
写真提供:「ゆーりの休日」様