ドシッ
足の裏に重みがかかった。
いつも思うけど、喧嘩で人を蹴るときは脛や膝を使うよりも足の裏にするべきだ。
じゃないと痛いし。
それに何より、相手を蹴り飛ばせるのが魅力かな。
love me, I love you
悪いけど、囲まれて脅されたからといって萎縮するほど可愛らしい性格はしていない。
むしろ大雑把で妙に男前だと小・中学の友人は言う。
喧嘩だって小学校の頃はしょっちゅうやってた。
流石に中学に入って自重するようになったから、高校からの友人は私のこんな一面は一つも知
らないけれど、実際はかなり短気で喧嘩っ早かったりするのだ。今までぼろが出なかったのは、
短気だけど妙に割り切りが良くて、干渉されて怒るほど大事なものが少ない性格のお陰。
「な、何するのよっ」
「それはこっちの台詞。大勢で囲めば抵抗されないとでも思ったの? ふざけないでよ」
「ネコかぶってたのね!」
「それがどうした」
相手の勝手な思い込みに合わせて動いてやる必要は一つも感じなかった。
大体、ネコならこの子達のほうがずっとたくさん被ってる筈だ。
陰でリンチ紛いのことやってるくせに、男の子の前では甲高い声で媚びてるくせに。
―――イライラする。
「あんた達なんかに、私達のことを口出しして欲しくない」
「なっ!」
「部外者は引っ込んでろってこと。これ以上蹴られたくないんなら、とっとと行きなさいよ」
「………っ」
「行け!!」
一喝したら彼女たちはあっさり逃げていった。
「ふん……喧嘩する度胸も根性もないんだったら、はじめっからやるなっつうの」
「……かっこいーなぁ」
「!」
慌てて振り向いた私の目の前で、やけに背の高いその男はぱちぱちぱち、と間の抜けた拍手を
していた。
「いやぁ、なんか壁に凭れて休憩してたら、なんか人の話し声が聞こえてきてさ。なんだろー
って思ってきてみたら、さんが囲まれてるし。やばそうになったら助けようと思ってた
んだけど、全然心配要らなかったなぁ」
「なんでここに…」という私の声にならない問いを目で読み取ったのだろう、仙道クンは暢気
に笑った。
「折角さんのピンチを助けてカッコイイ俺に惚れさせよーと思ったのに、さんが
予想外にかっこいいから、俺の方が惚れ直しちゃった」
にこにこにこ。
仙道クンはいつもと同じように笑ってるけれど、私はすぐに気付いた。
気が付いて、何故だか胸が痛いような気がした。
「……仙道クン」
「なに?」
「知ってるんでしょ? 私が松本クンと別れたの」
「うん」
さっきから、仙道クンは名前を呼ばない。
それは私が松本クンと別れたから?
やっぱり仙道クンは私をからかっていただけなのだろうか?
「知ってるよ」
ダメだ。
イライラする。止められない。仙道クンの顔をまともに見れないのもそのせいだ。
「だから、ちょっと真剣になろうかと思って」
「……え?」
私が逸らせていた顔を彼に戻すよりも、仙道クンの動きの方が早かった。
ぐっと腕を掴まれたかと思ったら、次の瞬間にはもう彼の腕の中で。
「ちょっ、仙道クン?!」
「……俺さぁ、越野にいっつも言われるんだよね。お前の言葉には真実味が欠片もないって」
暴れる私を軽々と抑え込む。
私も決して小柄な方じゃないのに、大き過ぎる身体に私はすっぽりと包みこまれてしまう。
仙道クンの低い声が、耳ではなくて体から直接響いて聞こえてくるようだった。
「でも越野や親しい奴らは口ではなんだかんだ言っても俺のこと信じてくれてたし、その他大
勢にはどう思われてもいいやって思ってたからさ、ずっとこういうキャラで通してきたわけな
んだけど」
「…こういうキャラって?」
「『いつもへらへら笑ってて何考えてるか分らない奴』ってトコかな」
……それは、確かにその通りだと思った。
でもそれはきっとわざとだ。
わざと、本心を他人に見せないようにしてる。仙道クンはそういう人だ。
だから敢えて何もコメントしなかったら、仙道クンは逆の意味に受け取ったらしい。
「さんもそう思ってるでしょ」
こつん、と頭の天辺に顎が置かれた。拗ねたような声。
「だから信じてもらえないのかな、と思ってさ。ちょっと反省した」
「……信じるって、何を?」
「さんを好きな俺の気持ち」
さらりと。あっさりと。
……不覚にも。
彼らしからぬストレートな言葉に不意を突かれてしまった。
喉の奥が痛くなった。
「……ダメだよ。今そんなことを言うなんて、反則」
「うん。さん今弱ってるよね。だから付け込もうかと思って」
「……普通、ここは敢えて付け込んだりしないのがお約束じゃないの?」
「そんな奇麗事、言ってらんないでしょ」
カッコつけてる間にまた他の男にさらわれたりしたら目も当てられないし。
その言い方に、ふっと笑ってしまった。
その弾みで眦から落ちた涙と一緒に、イライラしてた理由もストンと胸の中に落ちた。
そうか。
私は弱ってたんだ。
そう、納得した。
「さんはさ。さんなりに松本クンのことが好きだったんだよ」
「……そうかな?」
「まだ恋人としての『好き』じゃないにしても、友達の『好き』でもなかったんだと思うよ、
俺は。だからこんなに弱ってんだろ」
「……そうかな」
そうだったら良いな。
少しは松本クンに気持ちを返せていたのだったら嬉しい。
仙道クンの腕の中にいるのに申し訳ないけど、私は自分の気持ちが彼が言う通りであることを
願った。
「………仙道クン、ありがと」
「どう致しまして。泣き付き甲斐のある胸だろ?」
「うん。無駄に広くて」
「無駄って言うか。……まぁいいけど」
「いいの?」
「さん限定だから」
「……それはどうも」
またもや不覚にも顔を紅くしてしまったけれど、この体勢なら仙道クンには見えないからまあ
いいか、と肩の力を抜いた。
と、仙道クンはそれを読んでいたかのように更に強く胸の中に私を抱き込んだ。
「仙道クン?」
「俺ね、さんに頭撫でてもらうの好き」
「……うん、知ってる」
「さんの手が優しくて、すごく安心する。どんなに落ち込んでても、さんが撫で
てくれて「大丈夫」って言ってくれると、本当に大丈夫な気がするんだ。他の女の子にやって貰
ったこともあるけど、全然ダメだった。全然違ってた」
「…………」
「それで俺はさんが好きなんだなぁって思った」
「…………」
「さんも俺の腕の中を好きになってよ。さんが落ち込んでたらいつでもこうして
慰めてあげるからさ。俺はでかいからさんが泣いててもちゃんと隠してあげられるし、
鍛えてるから多少八つ当たりで殴っても平気だしね」
ゆっくり、ゆっくり仙道クンの指が私の髪を滑る。
「好きだよ、さん。だから、俺を好きになって」
仙道クンはずるい。
絶対に、私が拒まないのを知ってて言ってるんだ。
だって私は知ってしまったから。
強い腕を。
広い胸を。
大きな手を。
その、居心地の良さを。
仙道クンは、ずるい。
「………本気で弱ってる所に付け込む?」
「言ったでしょ。奇麗事は言ってられないんだって」
end
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喧嘩のとき、蹴りが出るのは作者です。(野蛮)