風が冷たい。
耳が痛い。
吐く息が白い。
「っあー! 寒っ!!」
小さく叫んだら、肺に冷たい空気が入って体が震えた。
自慢じゃないけど、俺は朝に弱い。
ついでに寒さにも弱い。
なので、年の瀬も押し迫ったこの時期の朝錬なんかサボって家で寝ていたい気分がこの
広い胸に満載だ。
だけど。
「あ、いたいた」
この背丈のお陰で俺は他の奴より見通しが利く。
そのことを感謝する日が来るとは思ってなかったけど、今は大感謝だ。
お陰で彼女のことをすぐに見つけられる。
この寒い中、背中をピンと伸ばしてまっすぐ前を見て歩いている。
颯爽、という言葉がぴったりの姿勢は見ていて気持ちが良い。
「おはよう、さん」
俺はちょっとだけ足を早めて彼女に追いつくと、出来るだけさりげなく声を掛けた。
「仙道クン、おはよう。今日も早いね」
振り向いてほんのちょっと唇の端を上げて微笑んでくれる。
その瞬間がすごく好きだ。
「さんこそ」
そう答えながら、横に並んで歩く早さを合わせた。
あ、鼻の頭がちょっと赤くなってる。
寒いからなぁ、今日は。
……俺の鼻も赤くなってんのかな。
だとしたら嫌だなぁ。
カッコ悪いじゃん。
さんの鼻が赤くなってるのは可愛いけど、俺の図体じゃ情けないだけだ。
「私はミーティングがあるから」
「ああ、生徒会の?」
「そう」
「そんなに毎日何を話し合ってるのか疑問なんだけど」
「大したことじゃないんだけどね。今は来期の部費の予算案を組み上げるための準備とか」
「大変だね」
「そうでもないよ、今はまだね」
照れたようににっこり笑うさんはこの間の選挙で生徒会長に就任した。
1年のときは前期では書記、後期では会計だった。2年の前期では副会長。
春に全校生徒を講堂に集めて行われる選挙演説で、演壇に立った彼女の姿を今でも覚えて
る。だって俺はそのとき彼女に一目惚れしたんだから。
勿論、俺は彼女に清き一票を入れた。
……だけど、後になって彼女は担任に無理矢理立候補させられてたんだと知って、ちょっ
と後悔したんだよなぁ。
結局、生徒会の仕事が楽しかったのか、さんはそのまま生徒会役員を続けてる訳な
んだけど。
そして俺はずっとさんに投票し続けてるんだけど。
「仙道クンは朝錬だよね。バスケ部の」
「うん。そう」
「そっちのほうが大変そう。こんなに朝早くから運動しなきゃいけないんだもん。私は運
動全然ダメだから尊敬しちゃうよ」
そんなことを言って肩を竦めてるけど。
運動が苦手でも、さんはすごく頭が良いのを知ってるんだよ?
定期テストでも毎回上位に食い込んでるって噂だし、実際、生徒会役員だからってだけと
は思えないくらい先生の覚えもメデタイ。
頭が良ければ運動なんて出来なくても問題ないと思うけどな。
逆に俺みたいなのはバスケで大学(下手したら就職も)まで行かなきゃいけない訳だから、
結構シビアだ。
「……あー、そっか」
ふと思いついて、ポン、と手を打った。
「? どうかした?」
うっわぁ。
俺の背が圧倒的に高いせいで上目遣いに見上げてくるさんは無茶苦茶可愛い。
……じゃなくて!
「いや、さんに勉強教えてもらえないかなーって」
「え?! 私?」
目を丸くして驚かれた。
……そんなに嫌? かなり凹むんだけど。
ああ、でもそんな表情も可愛いよなぁ…………でも凹む。
「私が、仙道クンに教えるの?」
「……教えてもらえたら、嬉しい」
「教えるの、上手くないよ、私?」
え?
それは、教えてくれるってこと?
「全然オッケー。俺、飲み込み早いから」
多少教え方が悪くても、それなら+−ゼロでしょう。
さんは少し考えるようなそぶりを見せた後、
「だったら……いいよ」
ちょっと恥ずかしそうに小声で言った。
「マジ?!」
「う、うん」
「やっぱ嘘、とか言わないよね? 言っても受け付けないよ?!」
「え、言わないよそんなこと。仙道クンの方こそ、私なんかに頼んで後悔するんじゃ…」
「ない。絶対しない」
有り得ないから。
後悔なんかするはずないじゃん。
好きなコと二人っきりで勉強できるんだよ?
ついでに二人の仲についても勉強しちゃったりなんかしちゃったりしてねっ。
「うわー。すっげ嬉しい」
「そ…う?」
「うんっ。もー朝錬でも走りこみでも何でも来いって気分」
頑張って早起きした甲斐があったなー。
ありがとう、ロマンスの神様。
「ほほう。珍しくやる気じゃねーか、仙道クン」
「良い事だな」
あまりの嬉しさに咽び泣いていたら、がしっと両腕をホールドされた。
「へ?」
きょろきょろと首を振って両脇を見ると、そこには我がチームメイトの越野君と福田君が。
「じゃあ、やる気になってるところで、いっちょ頑張ってもらおうじゃねーか」
にやりと笑う越野。
……目が笑ってないよ?
福田に至っては、もうやる気満々。止めてもムダって感じ。
……ああ、これはもう腹をくくるっきゃないかなぁ。
「仙道クン、頑張ってね」
朝は寒いし眠たい。
そして俺は朝に弱くて、寒さが苦手で。
両方揃ったこの時期の朝錬なんかかったるいとしか思えなくて。
それでも。
短い通学路をさんと一緒に歩けて、
でもって可愛らしい笑顔で応援されたりなんかしちゃったら、もうそれだけで。
「よぉっしゃあ。んじゃまぁ、頑張りますか」
なんて、思えてしまう。
俺って単純だったんだなぁ。
「何を今更」
「……こっしー冷たい」
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仙道には初々しい片思いをして欲しい(似合わないけど)