1.仙道彰

「猫だな」


突然そう言われた。
なんでよ、と片目だけ開けて視線で問う。
だって声を出してしまったら、折角ふわふわ漂いだした意識が醒めてしまう
から。

程好くぬくもったベッドの中、さっき換えたばかりのシーツがさらさらで気
持ちいい。ちょっと買うのを躊躇うほどのお値段だったけれど、思い切って
張り込んで正解だったな、と頬を擦りつけながら実感する。


「猫って、居心地いい場所探すの上手いんだよね。でもって見つけるとすぐ
にそこで寝ちゃうんだよ」


クスクス笑いながら言うからちょっとむっとしたけれど、ベッドの端に腰を
下ろした彰が大きな手で私の髪をそっと撫でるから、その気持ちよさに免じ
て許してあげてもいいかという気になってくる。
それを察したらしい彼が、尚更愉しそうに笑ったのだって、今なら大目に見
てあげよう。


ゆっくりゆっくり、頭を撫でる。

バスケットボールでさえ片手でらくらく掴める大きな手が、できる限り優し
くそっと、気を遣って触れてくれているのが分かる。

時折、頬に掛かった髪を除けてくれたりして。

そのくすぐったいような優しさが、私を眠りの世界に誘惑する。


「寝ちゃうの?」


俺を放ったらかして?
睡魔の手招きに応じようとした瞬間、耳元に囁かれて引き戻される。
また片目を開けてちろっと睨んだ。

重たい口をなんとか開く。


「…あきらもいっしょにねたらいーでしょ」


言うだけ言って目を閉じた。
枕に顔を文字通り埋める。


「それは名案」


そんな呟きと一緒に、一段と沈んだベッド。
温かい体温にすっぽりと包まれて、口元がちょっとだけ緩んだところまでは
覚えてる。








========================
猫。

雨の日は眠くなるというおハナシ。
って、一言も雨の描写はありませんが(汗)


2.藤真健司



1年のときに生徒会執行役員の立候補者演説で舞台に上がった彼女に一目
惚れをした。


2年になってもしや同じクラスになれたりしやしないかという儚い期待は
見事に裏切られた。クラスが離れすぎて選択授業ですら一緒にならなかっ
たのには本気で凹んだが、月イチの生徒集会で演壇に立つ彼女の姿が見れ
たからまだマシだと自分に言い聞かせた。


そんな可哀相な俺に神様が微笑んだのは、役に立たねぇ3年が漸く引退し
て部活から出てってくれた2学期だった。

本来なら練習時間が削られてうっとおしいだけの部長会議や予算会議が、
俺にとっては至福の時間。彼女が3年連続生徒会役員なんかやっててくれ
たことにこれほど感謝する日が来ようとは思ってもみなかった――だって
そんなのやめてバスケ部のマネやってくんねーかなってずって思ってたし。

俺は頑張った。
ここぞとばかりに頑張った。

会議の間は熱心に発言し、終ったら今の議論をネタに彼女に話しかけ倒し、
顔を見れば会釈する程度の関係から無理矢理進展させて、今では彼女の一
番親しい男友達の地位にまで上り詰めた。
……花形には「一歩間違ったらストーカーだな」と呆れられたりもしたが。

それでも何とか、あと一息ってトコロまで来てるんだと思う。
そんな愛しい愛しい彼女が突然訊いて来た。


「藤真は甘いものって好き?」
「甘いモノって、ケーキとか?」
「うんそう」
「ん〜、嫌いってほどじゃねぇけど、そんなに好きでもねぇかなぁ」
「へぇ、そっか」
「おう」


会話はそれでオシマイ。
彼女は「ありがと。じゃね」と軽く手を振って行ってしまった。


……一体なんだったんだろう?
俺が甘い物好きだったら一緒にケーキバイキングに行かないかと誘ってく
れたとか?……まさかな。


首を傾げながら練習の為に部室へ行くと花形と長谷川がいたのでさっきの
話をしてみた。



ら。


「藤真……おま、この時期にそれ言うか?」
「バカだろ、お前。確実にバカだな」


この上なく『可哀相な子を見る目つき』で言われた。
何なんだよ、一体! 怒鳴っても問い詰めても奴等は「バカだバカだ」と
繰り返すばかりで話にならない。








それがちょうど今から一週間前の話。


「はい、藤真」


ハッピー・バレンタイン、のフレーズと一緒に手渡されたそれに俺は一瞬
天国までも舞い上がって……包みを開けた途端に地上に舞い戻らざるを得
なかった。


「藤真が甘いもの好きじゃないとか言うから気を遣ってくれたんだろ」


そんなことは長谷川に言われなくても判ってる。
が、それより何より重要なのはだな。


「なぁ……、これって義理だと思うか? それとも本命なのか?」


わざわざ気を遣ってくれたくらいだから本命なのか?
いや、しかしそれにしては重みがないというか、真剣味が感じられないと
言うか薄いというか…。


「知るか」
「好みを訊かれた時に気付かなかったお前が悪い」












悪友たちの冷たい言葉も気にならないほどに俺の視線を釘付けにするそれ
は、見事なハート型に焼かれた醤油海苔せんべい。



========================================================
一枚160円也。


3.仙道彰



久し振りに二人っきりでゆっくりできるっていうのに、俺の大事なコイビ
トさんは旅行雑誌に夢中です。


「なぁ」
「ん?」


ほら。
振り向いてもくれないし。


「来月の連休、どっか行かね? 久し振りに俺も休み貰えたし、温泉でも
行ってのんびりしたいなぁ」


そんなささやかな俺の願いは


「無理」


そんな一言で呆気なく潰える。


「なんで?」
「だってその日はシカゴに行くし」
「は?!」


シカゴ?
って、あのシカゴ? アメリカの?


「少なくとも私はアメリカ合衆国のシカゴしか知らないわね」
「なんで!」
「花ちゃんとるーちゃんの応援に行くの」


うーわ、語尾にハート付けて言われたよ……

何でも桜木からデビュー戦のチケットを貰ったらしい。あのちょっと個性
的なお友達にも送ってるらしいし、高校時代のチームメイトには流川から
纏めて送られたらしく、大所帯での0泊3日の弾丸観戦ツアーなんだって
さ。まぁ、赤木サンとか宮城とかあの辺りは体力有り余ってそうだから良
いとして……流石に安西カントクまで一緒ってのはどうかと思うよ? 
確か、アノ人心臓悪かったんじゃなかったっけ……年寄りに無理させるな
よなぁ、流川。


「それでさっきから旅行雑誌見てたのか…」
「そーよ? だって現地で迷って遅刻なんかしたくないじゃない? なん
てったって二人のNBAデビュー戦よ?! 一分だって見逃せないわ!」


ウキウキ言葉が弾んでる。
そんなに楽しみなんですか、そーですか。ふーん。
高校時代、桜木達と仲良かったのは知ってるけどさ。

……俺の試合、そんなに楽しみにしてくれてたことあったっけ?


「……俺にだってオファーがないわけじゃないんだけどなぁ」


あの二人がブルズとレイカーズにそれぞれ入団が決まった後、日本では俄
にバスケブームが到来した。
そしてあの二人に続けとばかり、bjリーグに所属する俺にも移籍の話が
舞い込んでは来ているのだけれど、俺はずっと決断しかねていた。


自分の実力を最高の場所で試せる。


想像だけでも体が震えそうなほど強烈な誘惑に身を任せることを躊躇わせ
ているのは彼女のことがあるから。
今だって逢えるのは月に数えるほどなのに。
アメリカなんか行ってしまったら俺達はどうなってしまうのか。

夢を諦めることも、彼女を諦めることも俺には出来そうもなくて。

なのに、


「じゃあ、さっさとOKしちゃいなさい」


その原因はあっさり言ってくれちゃった。
俺の苦悩も知らずに、至極能天気に。


「しちゃいなさいって、あのさぁ……」
「何よ?」
「事はそう簡単じゃあないの」
「そんなことないわ、一言で済む話じゃない。たったの一言で、センドー
君のお悩みは全て解決!」
「一言って……」


まさか「別れよう」とかそういうのじゃないよな。
さっきまであんなにらぶらぶムード一杯だったんだし、あり得ない、よな?


「そんな便利な魔法の言葉があるんなら、ぜひとも教えて欲しいね」


でも奇想天外な彼女のことだ。
あり得ない、って言葉こそがあり得ないってことも……


「あらあら、とぉっても簡単な一言なのにセンドー君にはわからないの?」
「……分からないね」


内心の冷や汗を必死で押し隠す俺とはうらはらに、クスクス笑いをもらす
彼女はそれはそれは楽しそうで。
「言えよ」とせかす俺に彼女は「仕方ないわね」あくまでも余裕の表情。









「黙って俺について来い」














「ほぉら、お悩み解決」
「……」
「ん?」
「………ホントだ。すごい」


大学生の頃から英会話学校に通ってたなんて全然知らなかったよ?!
======================
求婚:立場が逆です。


4.仙道彰


疲れた体を引きずって見慣れた灰色の箱に戻ってきた私は、ドアから漏れる明かりに気づいて「あれ?」と声を上げた。


誰が残ってるんだろう?
もうみんな、とっくに帰ったと思ったのに。


首を捻りながら中に入る。
と。


「よぉ、お帰りー」


いつも変わらない、何考えてるんだか分からない胡散臭い笑顔が出迎えてくれた。


「……何やってんの、センドー?」


呆れた声で応じる私は可愛げがなさ過ぎ?
だけど仕方ない。
愛想笑いを振りまく余裕もないほど心身ともに疲弊しきってしまっているのだ。


「何やってる、はひでーな。見て分かるだろー? 仕事しごと」
「巨体に似合ったでっかい足デスクに上げて? コーヒー入りのマグとチョコを片手に?」


ずいぶん器用ね、と皮肉を言ったところで息抜きだとかなんだとか言われるのが
オチだと分かってる。……実際、そう返ってきたし。
仕事にせよだらけてるにせよ、彼がこの時間まで居るなんて珍しい。
私はちらりと壁にかかった実用主義の時計に視線を向けた。
帰り際に腕時計を確認したときよりも、短針も長針も更に上を向いている。


「こんな時間まで何してたの? いつも要領よくさっさと仕事切り上げて帰ってるくせに。今、アンタそんなにややこしい物件抱えてたっけ?」
「別に揉めちゃいないけど、単に『待ち』が長かっただけ…っと、揉めてるのはそっちだろ?」


話は聞いてるよ、そう言いながら渡されたコーヒーを一口啜ったせいか、それとも面倒な客を思い出したせいか、思ったよりも深いため息が出てしまった。


「もう揉めちゃいないって。先方の担当がとんでもなくお馬鹿でね、大元の発注主とのコンセンサスが全然取れてなくって……今は全部の打ち合わせに同席してるから特に問題はないわよ」
「納期以外は?」
「そういうこと」


投げ渡されたチョコレートの銀色の包みをはがす。
ハート型……バレンタインの獲物の一つ、ね。どうりで美味しいわけだ。
そ知らぬ顔でもう一つ要求すると、一つと言わず、と箱ごとくれた。
某有名店の名前が箔押しされている。


「可哀相に」
「ちゃんと気持ちは受け取ってないから平気」
「どんな理屈よ、それ」
「チョコだけでも受け取ってくれって言うからさ」


嗚呼、名も知らぬチョコレートの君、貴女が惚れた男はこんな人非人ですよ。
男見る目がないね、ほんと。
そしてご馳走様でした。

この調子で駄弁っていては本気で終電を逃してしまう。
私は自分のデスクに向き直ると、マウスを動かして待機状態だったパソコンを起動させた。


「まだしばらくかかんの?」


私とは逆にパソコンの電源を落としたらしい仙道が隣に立った。


「んーん。今日の打ち合わせ内容纏めたのをメールしたら終わり」


つか、終わる。
これ以上やってられるか。こちとら疲れ切ってるんだ。空腹だし。
振り向かずに答えたら、「ふーん」と気のない返事が返ってきた。


「んじゃあ、あと5分な」
「は?」
「優しい優しい仙道クンが車で送ってってやるよ。ついでに、5分以内に終われたら夕メシもオゴってやるよ?」
「マジで?!」


奢りの一言に反応した現金さにもかかわらず、仙道の胡散臭い笑顔はなぜか、このときばかりは……






「おぅ。お前今週末誕生日だろ? お祝いしてやるよ」






一瞬で私の頬を赤く染めたのだ。





==============
それ反則!
オフィスパラレル仙道Ver.