ミ〜ン ミン ミン ミン ミン…
ジ〜 ジッジッジッジッ…
盛大に蝉が鳴いている。
……蝉って暑くないの?
灼熱の人
あ〜つ〜い〜
本日の最高気温36.5度、湿度90%、不快指数……私の主観では150%!!
ベッドではなくフローリングの床に直接寝転がった私はこの日本特有の湿度の高い
夏にすっかりやられていた。
簡単に言うと、夏ばてである。
睡眠不足と食欲不振で体がだるい。頭が重い。
毎年のことなんだけれども。
「こら、行儀が悪いぞ」
ゴロゴロ転がっていたら、ぺしっと肩を叩かれた。
「…む〜」
「む〜、じゃない」
「にぃ〜」
「にぃ〜でもない」
「いーじゃないよぅ、暑いんだもん」
床はひんやりしてて気持ちいいんだから。
そう言ったら、呆れた顔で溜息を吐かれた。
「だったらクーラー点ければいいだろう」
「それはやだ」
即行で却下する。
「ただでさえ会社でガンガンにクーラーの冷気浴びてるのに、お休みの日までクー
ラー点けたくない」
「夏ばてしてるくせに」
「クーラー病だもん」
あ、また溜息。
ああ言えばこう言う、と思ってるね?
「エアコンを点けないほうが環境にも優しいし、体温調節とかの自律神経の機能を
崩さないから身体にだっていいんだから」
「……その心構えは立派なんだがな」
せめて床に寝るのはやめておけ。
そう言われて、それでも粘ってたら両脇の下に手を入れられて力づくで抱き起こさ
れてしまった。
くそぅ。
無駄にデカイだけのことはあるんだから。
「暑いよ〜」
だけど、やっぱり暑さには勝てなくて。
ローテーブルに突っ伏した私に、剛憲はふか〜い溜息を吐きつつ
(ああ、ごめんね。私のせいで剛憲の幸せがさっきから逃げっぱなしだよ)もその
おっきな手は優しく頭を撫でてくれた。
「」
「ん〜?」
「麦茶でも飲むか?」
「麦茶…」
「ウーロン茶がいいか?」
「ウーロン茶……」
飲む、よりも今の気分は食べたい感じ。
アイスクリームよりもむしろ………
「カキ氷食べたい」
「は?」
「ミルク宇治金時! 駅前の『いっちゃん』のが食べたい!」
そう言えば最近ご無沙汰してて、思いついたらどうしても食べたくなった。
甘味処『いっちゃん』のミルク宇治金時はシロップに本物のお抹茶を使ってて味は
濃厚、添えられた餡子は最上級の大納言使用、白玉は毎日手作りのこだわりの一品
で、格別美味しいのだ。
「……今から行くのか?」
「行くの!」
「………、本気か?」
剛憲の視線は日差しが眩しい窓の外に注がれている。
何が言いたいのかは分かっている。
只今の時刻はお昼の2時半。
いうなれば今が一番日差しも気温も暑い頃合。
真夏のこんな時間帯にわざわざ出掛けるのはお馬鹿のすること、そう言いたいんだ
ろう。
だけどね。
「ねぇ、行こうよぅ。今から行ったら、丁度おやつの時間だしさ」
「……そこまでして食べたいか」
「食べたい!」
食欲は全ての欲求に優先されるのよ!!
「ねぇねぇ、お〜ね〜が〜い〜」
彼の受け持つ生徒のように剛憲の腕を掴んで左右に揺らすと、
「仕方ないな」と苦笑しつつも頷いてくれた。
…………ああ、でもでも、やっぱり。
「……早まったかな」
道路に出来るやけにくっきりとした二人分の影を睨みながら呟くと、
「だから言っただろう」と剛憲が笑った。
言い返せないのが悔しくて、彼の影に自分の身体を滑り込ませる。
「」
「だって暑いんだもん」
隣から消えた私を剛憲が咎めるけれど、暑さのほうが重大だ。
ジ〜 ジッジッジッジッ…
どこかで蝉が鳴いてる。
あの泣き声はなんの蝉だっけ?
「ミンミン鳴くのはミンミン蝉よね?」
「ああ」
ジ〜 ジッジッジッジッ…
「あれはアブラ蝉だな」
「ああ、そっか」
さすが小学校教師。
良くご存知でいらっしゃる。
「一重なる蝉の羽衣夏はなほ薄しといへどあつくぞありける」
「……なに、それ」
「後拾遺集、能因の和歌だ」
「…………蝉つながり?」
「まぁな」
「よくそんなの覚えてるわね」
「高校のときに読んだ覚えがあるのを思い出しただけだ」
本当に、どういう脳の構造してるのかしら?
国文学科でもなかったくせに、後拾遺集まで覚えてるなんて。
呆れて溜息を吐いたら、私も一つ思い出した。
「声聞けばあつさぞまさる蝉の羽の薄き衣は身に着たれども」
「……それは知らんな」
ちょっと驚いたような顔の剛憲に、私は得意になって胸を張った。
「大学のゼミの先生が夏になると思い出すって毎年話してたの思い出した。
……確か、和泉式部……だったかな?」
「へぇ」
「何ていうか、実感するよね」
「ん?」
「古典とかで習った人物も、同じ人間なんだな〜って。昔も今も、暑いものは暑い
のよ」
うんうん、と一人で頷いていたら、剛憲も「そうだな」って頷いてくれた。
ミンミン蝉とアブラ蝉が相変わらず鳴いていた。
汗だくになりながら辿り付いた『いっちゃん』で、私は念願のミルク宇治金時を
オーダーした。
剛憲はいちごミルクだった。
fin.
2005『夏祭り』に投稿させていただきました。