「寒い」
鼻の先を赤くしながらマフラーに顔を半ば埋めたが文句を言えば、
「冬なんだから当たり前だろ」
やっぱり鼻を赤くした藤真が苦笑った。
SAFETY LOVE
「ま、確かに寒いけど、それを我慢するだけの価値はあるだろ?」
自慢げに周りを見回す藤真に、も「うん」と素直に頷いた。
月も見えない真っ暗な夜空からはチラチラと白い欠片が音もなく舞い降り、眼下に
は煌びやかなイルミネーションがイミテーションの輝きを惜しげもなく曝している。
黒と白。
闇と光。
見事なコントラストは目を奪うだけの魅力を備えていて。
は束の間、凍りつくような寒さも忘れて見入っていた。
藤真も隣で同じ様にイルミネーションを見下ろしている。
「綺麗だね」
「だろ?」
去年、残業してたときに見つけたんだと、得意げなのが声だけでも判った。
まるで子供のようで少し可笑しい。
「遅くまで残業して、さらに屋上に上ったの?」
「悪いか?」
「悪かないけど」
「けど、なんだよ?」
たちの働くオフィスがあるこのビルは、屋上へ上がる為には専用の階段を上
らねばならない造りになっている。その階段へ通じる扉は普段きっちりと施錠され
ていて、開けるためには守衛室へ申し出て鍵を借りなければならない。
実際、今日もそうしてここへ上ってきた。
残業した後に1階へ降りて守衛室で鍵を借り、また上まで登ったと言うのか、この
男は。
それも寒風吹きすさぶ12月の夜に。
「酔狂だね」
は適切な単語を脳内辞書から引っ張り出した。
「…ほっとけ。気分転換がしたかったんだよ」
少しむくれた口調。
本当に子供のようだ、とはクスクス声を殺して笑った。
「うん。でも」
「ん?」
「連れてきてくれてありがとう。すごく綺麗」
「……お前、人込み嫌いだからな。我侭女」
仕事が終わり、帰り支度を済ませたにいきなり「イルミネーションを見せて
やる」と告げて、有無を言わさず連れて行く先がエレベーターではなく屋上への階
段だったときには驚いたが、ここへ着いてすぐに藤真の心遣いに気が付いた。
「気を使いすぎだよ、藤真」
「俺はお前と違って気が回るからな」
「よく言うよ、俺様・藤真様のクセに」
「うっせ」
「…でも、ありがと」
そして、感謝した。
昨夜、付き合っていた男に別れを告げた。
「恋人」ではなかった。
少なくともには、彼を恋うることができなかった。
「とにかく付き合ってみて欲しい」と言われて付き合い始めたのが10月だったか
ら、2ヶ月近くは保ったことになる。
12月のクリスマスから年末年始、バレンタイン、ホワイトデーとイベントシーズ
ンを目前にして一人盛り上がる相手に罪悪感と、それ以上にうっとおしさと危機感
を感じた。
もう限界だと思った。
いつもそうだ。
「今は好きじゃなくても付き合ううちに好きになるかもしれないから」と、口説く
のは相手の方で、そういう了解の下に付き合い始めたはずなのに、付き合い始めた
途端に「好き合ってるんだからデートするのは当たり前」「電話やメールし合うの
は当たり前」「イベント事は何も言わなくても予定を空けて当然」になる。
そうなるとは相手に対してうっとおしさしか感じなくなり、対応もそっけな
く、デートに応じることすら少なくなってくる。
こうなると相手も不安になるのだろう、愛の言葉を執拗に聞きたがり、の行
動を把握しようと電話やメールがしつこくなる。
まさに悪循環。
耐え切れなくなったが別れを切り出して、それで終わりだ。
「……悪いことをした、とは思うの」
「そうか」
いい人だった。
どの人も。
なのに好きになれなかった。
だから、自分が悪いのだ。
別れを切り出した途端、豹変した男。
口汚くを罵り、馬鹿にした。
直前まで愛を囁いていたその口で。
「どうして、うまくいかないのかなぁ?」
その落差にはショックを受けた。混乱した。
この涙はそのせいだ。
男が好きだったわけではない。
罵られて傷付いたわけでもない。
……もしもそうだったら、男も少しは報われたのだろうけれど。
「どうして好きになれないんだろう?」
「……お前は、相手に対する要求が厳しすぎんだよ」
「そうかな?」
「そうだろ」
「……そうかもね」
きっぱりと断言されては苦く笑う。
だってさ、と言い訳を。
「なんかね、息が詰まるのよ。噛み合わない会話も苛つくし、話題は大抵仕事の愚
痴ばっかりで、胸張って語れる趣味の一つもないのよ? かといって私が持ち出す
話題には満足についてこれないし、知識の幅も狭いし、優しいのか優柔不断なのか、
デートの行き先も自分じゃ決められないし!」
「……マジで?」
「マジ! 何より一番イライラするのは、私のこの毒舌に驚いてばっかりでまとも
に応酬することもできないのよ?!」
はっきり言っての知識はかなり広範囲に渡る。
それこそ伝統芸能に政治・経済からおばあちゃんの知恵袋的なことまで。
しかも頭の回転も結構速いから、その彼女についていくのは並大抵のことではない
だろうと藤真は思ったが、それにしても。
「なんつーか、つまんねー男だな、そいつ」
正確が良くて人当たりがいいだけが取り得の男なんて惚れられなくて当然だ。
うんうんと頷く藤真に、も「そうでしょう?」と同意を得られて嬉しそうだ。
「藤真と喋ってると退屈なんて全然しないのになぁ」
「当たり前だろ、俺を誰だと思ってるんだ?」
「あははっ。うん、でも本当に、藤真といると楽しいんだよ?」
だから、ありがとう。
改めて言うと、藤真はやけに難しい顔をして「おぅ」と短く答えた。
「……なぁ、」
「んー?」
「俺といると楽しくて退屈しないって言ったよな?」
「うん。そうよ?」
何を念を押しているのかと振り向いたの目の前には。
ニンマリとした笑顔の藤真。
何が、と問い掛けようとするより先に、腕が引かれた。
ぽすっという軽い音。
顔に当たる少し冷たい、カシャカシャした、ふかふかの感触に、それが藤真の着て
いるダウンコートだと気付く。
「…え?」
「やぁ〜っと気付いたな」
「は?」
くくく、と喉の奥で笑う彼は、顔は見えないものの何がそんなに、と思うほどに嬉
しそうで。
の頭の中は?マークで一杯になる。
「ふ、藤真?!」
「お前のたっかい要求に応えられる男なんて俺以外にいるかっての!」
「はい?」
「もー離さないからな」
「へ?」
それって……そういうこと? そうなの?
「え? えええーーー?!」
一気に頬を染めたの身体をぎゅっと抱き締めて。
「覚悟決めろよ、」
藤真は笑った。
fin.
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『冬祭り』に投稿させていただいた作品です。