それは何時の間にか。














持ってくるのを忘れて取りに行った救急箱を持って体育館に戻ると、我が校が誇る『監督』
さんは壁にもたれてしゃがみこんでいた。
一瞬、気分でも悪いのかと思って慌てたけれど、よくよく見れば視線は紅白試合が行われ
ているコートに注がれているし、顔つきもしっかりしていたから、単に立ってるのに疲れた
のだろう。


「なにだらけてるのよ。下級生に示しがつかないんじゃない?」


隣に立って、にやにやと笑って見せると、


「ん〜」


と、なんとも気の抜けた(?)反応。
これはすっかり試合に没頭してるな、と会話を諦めて、私も試合の方に視線を向ける。

コートの中では、1・2年の準レギュラーチームと、3年のレギュラーチームが走り回っている。
そのままだと実力の差がありすぎて準レギュチームに勝機がないので、フォローとして花形
君が入っているせいか、得点上では結構良い勝負をしている。

私は救急箱を取りに行く前に1年生に預けていたスコアブックを受け取って、パラパラと夫々
の成績をチェックする。


「花形の得点は?」


タイミングを見計らったように監督さんの質問が来る。
目線はコートへ向けられたままだ。


「27点中、21得点。流石、すごいね」
「ああ、まぁ花形の実力からいえば当然だな」
「でもさ、得点の大半を花形君が稼いでるって事は、つまり準レギュ君たちが花形君に頼り
切ってるって事よね?」
「あぁ」
「これで後半からレギュラーチームに藤真が入ったりしたら、花形君の負担倍増だよ?」
「そーだなぁ」
「花形君が可哀相だし、準レギュの練習にもならないよ」
「ん〜……やっぱやめといた方が良いか」
「どうせなら藤真が花形君とチェンジして、上背のある相手の抑え方とか見せたげたほうが
勉強になるんじゃない?」
「そーだなー」


一件会話が成立しているようだけど、本当に彼が私の言ったことを理解しているかどうかは
かなり怪しいと思う。
でも、そんなことにも慣れているので、私は気にも止めずにスコアブックに続きを記入する
作業に戻った。
後半から花形君とチェンジするにしても、レギュラーチームへ加わるにしても、決めるのは
『監督』であって私ではないし。


「…………なぁ」


すっかり試合に没頭してると思ってたから、その呼び掛けに反応するのが、かなり遅れて
しまった。
視線を下に向けると、藤真が首だけを無理に捻るみたいにして顔を私に向けている。

……首、痛くないのかしら。


「なぁ、
「何?」
「俺、言ったっけ? 後半から俺も入るって」
「言ってないね」


試合を始めた時の藤真の説明を思い出してみる。
…………うん、言ってない。


「でも、入るつもりだったんでしょ?」
「……まぁな」


ふむふむと、何か一人で納得して顔の位置を戻す……と思いきや。


「なぁ、何で俺がレギュラーの方へ入ると思ったんだ?」


また首を捩じって私を見上げてきた。

どうでも良いけど、筋違えても知らないよ?


「何でって言われても……何となく?」
「何だよ、それ」
「う〜〜ん。…改めて訊かれるとハッキリした理由なんかないけど。でも、藤真の様子見て
たら何となく解るよ。3年間もマネやってりゃ、当然っしょ」
「そーか?」
「うん。そういうもんだよ」
「…………そーだよなぁ。俺たちが3年間バスケやってきたのをはずっと見てたんだ
もんなぁ」


しみじみとそう呟いて。
藤真は今度こそ顔をコートに戻した。

なんだか変な藤真。

伸ばし伸ばしにしてきた「引退」の二文字がいよいよ迫ってきたせいで感傷的になってるんだ
ろうか?










コートの中では、長谷川君がリバウンドを奪って見事にゴールを決めていた。












1年生の審判のコが壁にかかった時計を見ながら笛を咥えるのを見て、私は籠に入れて纏め
ておいたタオルとドリンクを用意する。

汗だくになって戻ってくる部員たち一人一人にタオルとドリンクを渡して回りながら、怪我
をしていないか、さり気なくチェックするのも忘れない。
この辺の動作は頭でなく体が覚えてしまっている。
恐るべし、3年間。って感じだ。

いつもなら、このタイミングで『監督』のアドバイスやチェックが入るのだけれど、藤真は
さっきの場所から全く動いていない。
レギュラー対準レギュラーの紅白試合だからだろうか?
それにしたって、今まではちゃんとやってたじゃない?

花形君に視線を向ける(藤真の手綱を握るのは彼の役目だ)と、やっぱり怪訝そうな表情を
している。当然、他のレギュラー陣も。


、藤真は?」
「……さぁ?」


貴方に解らない事が私に解るとでも? 
そう言うと花形君は眼鏡の奥で苦笑した。

結局、後半戦が始まる時間になっても藤真は動かなかった。

私はまた藤真の横に立って試合を観戦する。
勿論スコアブック片手に。


「行かなくて良かったの?」
「ん〜?」
「今ならまだ間に合うよ?」
「ん……」


だめだ、こりゃ。

何を考えてるのか知らないけど、こっちの言う事が本格的に脳に届いてない。

コートの向こうで、審判のコが笛を咥えた。
あ、また時計見てる。
ちゃんとストップウォッチで時間計るように後で言っとかなきゃ。

残念な事に、私が引退したら後を引き継ぐマネージャーはいない。
毎年何人かは入部希望者がいたのだけれど、意外とハードワークだし、『監督』は顔に似合
わず口が(非常に)悪い上に人使い荒いしで、誰も残らなかった。


「1年生にマネ業の引継ぎもしないとね」
「そーだな」


藤真クンってば独り言にまで返事してるよ。
ちょっと笑ってしまう。

変な所で律儀なんだから。


「………なぁ、
「ん?」


おや。
意識が戻ってきた?














「好きだ」














・………………………………………………………………………………………………は?












何ですか、今の。
聞き間違い?


「俺はが好きだ」


あ。

審判のコが笛落とした。
……まぁ、紐を首にかけてるから床には落ちないけど。


は?」


藤真は訊きながら、くりっと首だけ捻ってまた私を見上げた。

だから、首、後で痛くなるよ。


「……藤真」
「何?」
「皆が固まってるよ」


指差した先。
コートの内外を問わず、部員たち全員がこっちを見てる。

しかも、レギュラー陣は何故か青い顔してるし。


……そりゃそうだろうなぁ。
今、正に。
「あの」藤真クンに告白されてるんだもん、私。


「皆はどうでも良い。の返事が訊きたい」
「私も訊きたい。何で今急に?」
「ん〜〜〜? ………なんとなく?」


なんだ、そりゃ。


「藤真は「なんとなく」で人前で告白するの?」
「今、なんとなくのことが好きだな、と思った。…で、そう思ったら何かストン、と
腑に落ちたんだよな」
「………はぁ」
「多分、俺はずっとのことが好きだったんだと思う」


「多分」で、「思う」ですか。
そんな曖昧な。





いつもは見上げてるのに、今日は見下ろしている視線の先。
綺麗な顔をした翔陽の王子様が私を見上げている。

茶色いおっきな目に、私が映り込んでいる。


って名前で呼んでも良いか?」
















「いいよ」










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それは日常の中に何時の間にか入り込んでいる。