―――PM3:30


ふあぁぁぁ…


「ちょっと晴子、仮にも受付でその盛大な欠伸はどうかと思うんだけど?」


隣で大きく口を開けた相方の脇を肘で軽くつつく。


「だって…」
「ま、気持ちは解らないでもないけどね」


そうでなくとも遅めの昼食を摂った後で、お腹はいい感じにこなれてきた時間帯。
しかも今日は来客も殆どなく、受付カウンターの内側でノートパソコンに打ち込んで
いるのは退屈な上にそれほど重要でも急を要するわけでもないデータばかり。

……これで眠くなるなと言う方が無理だろう。


「お客様が来られたら、目が覚めるんだけどな」


おどけて言う晴子にも苦笑しつつも「そだね〜」と頷きを返した。


「あ、そだ」
「なに?」


首を傾げたに、晴子はにっこりと微笑んで言った。


「今日、仕事終わったらちゃんの誕生日パーティすることになってるから」
「………へ?」








―――PM6:00


終業時間を告げる鐘を合図にたちの背後では社員が部署ごとに集まっての終礼
が始まった。
……が、受付はそれには加わらずに黙って机の上を片付けて変える準備を始める。


「結局、今日は一日中暇だったわね」


こっそりが囁けば、


「そういえば、今日は陵南開発の仙道さん来なかったね。ちゃんが受付の日は
絶対に一回は顔出してたのに」


大いに含みのある笑顔で晴子が応えた。
晴子は普通一般の女性として当然ながら恋愛話が大好きで、それはも大して変
わりはないのだが、如何せん箱入りで育ったせいか免疫が決定的に不足している為に
こういう場合どう応えていいものやら狼狽えてしまうのが常だった。


「そんなの、偶然だよ」


だから、今回もそんな風に無難な返事でお茶を濁してしまう。
……それでも耳が赤くなってしまうのまでは誤魔化せないのだが。


「えー? 偶然じゃないって、絶対!! だって私、以前に仙道さんにちゃん
のシフト訊かれたもん」
「え?」
「あ、大丈夫! ちゃんとしらばっくれといたから。「それは本人に訊いて下さい」
って言っといたから」
「あ、うん。ありがと」
「でもさ、アレは絶対本気だよ? だって、仙道さんちゃんと話すときすっご
く嬉しそうな顔してるもの」
「そう…かな?」
「絶対そうだって! ね、ね、どうするの?」
「どうするって……」


一体どうしろと言うのだろうか、晴子は。
確かに好意は向けられていると思う。自惚れでなく。
だが、「付き合おう」だとか「好きだ」とか、その手のはっきりしたことを言われた
訳ではなく、その「好意」の質がどういうものかが判らない。それは同じ会社の神に
しても同じことで。

だから、正直言ってはどうにも動けないでいるというのが本当のところだった
りするのだ。

況してや仙道と神はモテる。
しかもお互い何故か敵愾心を持っているらしく、への一連の行動も軽いお遊び
のノリとお互いへのあてつけだったりしたら―――?

本気にして馬鹿を見るのはご免蒙る。

あまり知られてはいないが、の自尊心の高さはエベレストとは言わないが、東
京タワーよりは確実に高かった。


噂をすれば影が差す、と言うわけでもないだろうが。


「なーに? ちゃんが何をするって?」
「!!」
「仙道さん!」


まるで計ったようなタイミングで噂の主が現れたのには息を飲んだ。


ちゃん、今日はもう仕事終わりデショ? 俺とご飯食べに行こーよ」


だが、当の仙道は何の屈託もなしにに微笑みかける。


「ね?」
「え? ……えっと、でも」
「ごめんなさい、仙道さん。ちゃんは今日は私たちが先約なんです」


返答に困ったの変わりに応えたのは晴子で、彼女は実に手際よく誕生日祝いの
パーティの話をした。


「ええっ。そうなの? だったら俺も行く!」


当然、仙道がそう言い出すのも予想済みだったのだろう、晴子は動じることもなくあっ
さりOKを出した。


「ちょっと、晴子。大丈夫なの?」
「平気よ。だってまだお店予約してないもん。人数確定してからお店決めるつもりだっ
たし」
「よろしくね、ちゃん」


にっこり微笑まれては、それ以上に何も言えるはずもない。


「あ〜、でも本当は俺としては個人的にお祝いしたかったんだけどなぁ。プレゼント
も用意したのにさ」
「え?」


残念そうな、少し寂しげなぼやきにが顔を上げるのと、「おい仙道、忘れ物だ」
と真っ赤なバラの花束を抱えて牧が現れたのはほぼ同時だった。


「あ、いらっしゃいませ、牧さん」
「やぁさん。いつもうちの馬鹿が面倒おかけして申し訳ない」


慌てて頭を下げたと晴子に、牧は意外に人懐っこい笑みを浮かべて挨拶する。


「ほら仙道。忘れ物。さんに渡すんだろうが」


とばさりと渡したのは大きなバラの花束で、このオフィスライクなロビーに不釣合い
なことこの上ない。


「あー、牧さんっ。それ、俺が後でタイミング見計らってかっこよく渡そうと思って
たのに、何で持ってきちゃうかなぁっ」
「うるさい。それならそうと先に言っておけ」
「ったくぅ」


軽くあしらわれて唇を尖らせながらしぶしぶ受け取ったそれを、仙道は徐に
向き直るや「はい」とばかりに押し付けた。


「ハッピーバースデー、ちゃん」
「え? わ、私に?」
「ホントはもっと早くに、できれば朝一番にお祝いしたかったんだけどね」


はにかんで笑う仙道はどこか子供のようで。
は急に早く脈打ちだした自分の心臓に戸惑うばかり。


「ありがとうございます……」
「ドーイタシマシテ。……ね、もう誰か他にお祝いしてもらったりしちゃった?」
「え? あ……あの、お昼をご馳走して頂きましたけど……」
「それって、神さん?」
「……はい」


途端に表情が曇った仙道に何故か申し訳ない気がして俯くと、「ほらー! 訊きまし
た、牧さん?」といきなり仙道が叫んだ。


「聞こえてるよ、他所様の玄関先で叫ぶな。迷惑だろうが」
「だって! 俺が出遅れたのは牧さんのせいですよ!! 朝イチでお祝いに来ようと
したのに邪魔するから!!」
「当たり前だ。大事なプレゼン会議を抜け出させる上司がどこにいる。お前の仕事な
んだから、お前がいなきゃ話にならんだろうが」
「俺がちゃんに振られたら牧さんのせいですからね!!」
「なんでそうなる。それはお前に魅力がないからだろう」
「失礼な! 俺はフェロモン大放出ですよ! ハリウッド女優だってメロメロです!」
「だったらそのフェロモンでさんを口説き落とすんだな」
「言われなくてもやってます!」
「あ、あの……」


ここはの勤める会社のロビーで。
おまけに受付カウンターの目の前で。
終礼のために集まった社員たちのクスクス笑う声を聞きながら、「勘弁して…」耳ま
で真っ赤にしたは心底願った。









―――PM6:35


「お先に失礼しまーす」
「おー」
「おつかれー」


終礼が終わっても当然とばかりに机に戻り仕事する営業社員に軽い会釈と挨拶をしな
がら社員通用口へと向かう。
隣には同じく制服から私服へと着替えを済ませた晴子と、何故か神と藤真がいた。
どうやら『赤木晴子企画・ちゃんお誕生日おめでとうパーティ』に誘われたら
しい。仕事は大丈夫なのかと呆れつつも問うたに、「今日は先方の休業日だか
ら平気」と簡単に答えたのは笑顔の眩しい藤真だった。どうやら彼は牧と学生時代か
らの知り合いらしく、の誕生日を祝うというよりは久し振りに牧と飲めるとい
うことでの参加らしい。


「……晴子」
「なぁに?」
「私をダシにしたわね?」


ちらっと睨みつけると、「バレた?」とバツが悪そうに笑う。
元々、彼女の面食いっぷりは女性社員の間では有名で、だからと言ってただミーハー
なだけで悪気のない彼女にそれ以上怒ることも出来なくて、は「いいけどね」
と溜息を吐き出した。

と、そんなの肩を晴子が叩いた。


「ほらほら、あそこ見て! すごい!!」


「きゃ〜っ」と歓声を上げる彼女に一体何事かと言われた方へ顔を向けてみれば、そ
こにはメンズ雑誌のモデルでも通用しそうなルックスの持ち主が二人、道路沿いの柵
に身体を預けて人待ち顔。しかもその内の一人は可愛らしい黄色のバラの花束を小脇
に抱えているとあっては、晴子でなくとも叫びたくなるような光景だった。


「誰だ?」
「さぁ? 神さんは知ってます?」
「う〜ん……?」


首を傾げる男性陣と、黄色い声を上げて騒ぐ晴子を置いて、しかしはその二人
目掛けて突然走り出した。


「花ちゃん! るんちゃん!」


呼び掛けと同時に足はアスファルトを踏み切り、二人へとダイブする。


さん?!」
ちゃん?!」


悲鳴のような神と仙道の叫びも今のには届かない。
動じることなく受け止められた二対の腕に抱かれて、は溢れんばかりの笑みで
その二人を見上げた。


「二人とも、いつ帰ってきたの? 練習あるんじゃないの?」
「ちょーど明日休みなんだよ。で、今日は昼間で練習して午後は休み貰った!」
「ええ?! そんなことして大丈夫なの?」
「天才だからダイジョーブ!」
「ヘーキだ……多分」
「そう?」


なおも怪訝そうなに、鮮やかな赤い髪の青年が持っていた花束を差し出した。


「オメデトー!」
「わ、ぁっ。綺麗! 私の誕生日覚えてくれてたんだ?」
「当たり前だろ? 確か、バラは黄色いのが一番好きだっつってたよな?」
「わ! そんなことまで覚えててくれたんだ。嬉しい、ありがと花ちゃん!!」


瞳を輝かせ、頬を紅潮させたの背後で、ショックを受けたのは勿論、先ほど赤
いバラの花束を贈ったばかりの仙道。「お前の負けだな、仙道」冷静な牧の言葉が胸
に突き刺さった。

「俺も金出した」
「うん、るんちゃんもありがとう! すっごく嬉しい!」
「そか? にそこまで喜んでもらえると俺も嬉しいぞ!!」
「うん!」
「ンなことよりも、
「ん?」
「その呼び方やめろっつってるダロ」
「あ……ごめん。つい呼んじゃうんだよね」


えへへ、とが笑うと「るんちゃん」は呆れたように溜息をついた。……が、そ
の表情は無表情に近いにもかかわらず明らかに慈しみに満ちていて、も乱暴な
口調に対して怒るでもなく嬉しそうに頬を緩めている。

……当然、神と仙道は面白くない。


さん」


すっかり出来上がっていた三人の世界に先ず割り込んだのは、神。
相変わらず穏やかな笑みを浮かべているが、妙に背後が黒く霞んでいる。


「あ、はい」
「そちらのお二人はさんのお友達?」
「あ、すいません。ご紹介もせずに話し込んじゃって」
「いや、いいんだよ」
「二人とも私の幼馴染で、桜木花道さんと流川楓さんです。二人とも実業団でバスケ
をしてるんです」
「初めまして」
「……ドモ」


礼儀正しく挨拶する花道と流川に「こちらこそ」と挨拶を返す神は表情こそにこやか
だが、目は笑っていないどころか敵意に満ちている。
しかしそれで動じるような可愛い性格を花道も流川も持ち合わせてはいなかった。
一瞬で神の(ついでにその後ろにいる仙道の)に向けられた気持ちを察するや、
ガンを飛ばす代わりに二人はとても巧妙な反撃に出た。


、彩子サンがを連れて来いって言ってたぞ?」
「え? お姉ちゃんが? でも今日って残業で…」
「……知らねーけど、そこで待ってるっつってた」


すなわち、他人が割り込めない会話でを囲い込んだのだ。
神と仙道は140ポイントのダメージを受けた。


「で、でも今日は会社の人がお祝いしてくれるって言ってるし……」
「そうだよちゃんっ。俺達の方が先約っ」
「だからね…」
、俺達よりもソイツらを選ぶのか?」
「え?」
「そーだぞっ! 彩子さん待ってるのに、すっぽかすのかよ?」
「そんな……だって」
「……セッカク休みとってまでの誕生日の為に戻ってきたのに」
「るんちゃん……」


これぞ正に板ばさみ状態。
としては忙しい合間を縫って集まってくれた同僚たちの気持ちも嬉しいし、疲
れてるのにわざわざ帰ってきてくれた幼馴染の気持ちも、同じ様に嬉しくて、どちら
かを選ぶなんて出来なかった。

俯いてしまったに皆の視線が集まる中、突然鳴り響いた携帯の着信メロディ。
それはが彩子の為に設定したもので。

慌てて開いた携帯電話のディスプレイに表示されたメールは


『参加希望者がいれば連れて来なさい。但し、先着5名まで!!』


思わず同僚たちを振り向いて数を数えれば、丁度5人。
まるでどこかからか見ていたかのようなメールにの口元に笑みが浮かんだ。









―――PM7:00

花道と流川が案内したのは会社との家との途中にある小料理屋。
そこは昔から田岡家が何かの祝い事があるたびに訪れていた馴染みのお店で、
は懐かしさに胸を弾ませながらそっと引き戸を引いた。


「―――らっしゃい!」


威勢のいい呼び込みを聞くのも久し振りだ。

そして中を覗けば、


「……おじいちゃん。お父さんも」
「お疲れさまー、!」


驚いて戸口に立ったままだったの手を駆け寄ってきた彩子が引いて自分の隣に
座らせた。


「皆、今日遅くなるって……」
「大事な娘の誕生日に仕事入れるわけないだろう」
「ホッホッホッ」
「驚いた?」


なんて、彩子が顔を覗き込んでくるから、一辺に事情が飲み込めたの視界がど
んどん歪んでゆく。


「ちょ、ちょっと?!」
「ごめ、うれし、くて」


ぽんぽん、と宥めるように頭を叩いてくれる大きな手は花道だろうか。
流川は無言での前にお茶とお絞りを置いてくれた。


「私、皆忘れてるんだとばっかり思ってて、だから」
「馬鹿ね、忘れるわけないじゃない」
「大事な孫娘の誕生日ですからね」
「片時でものことを忘れたことなんかないぞっ」


少し慌てたような家族の言葉が嬉しかった。
事情を飲み込んで邪魔をしないように暖かく見守ってくれてる同僚達や仙道達に感謝
した。


「「「、誕生日おめでとう」」」
「ありがとう。皆大好き!」






end
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『朝』から『夜』の完成まで一ヶ月以上……
何故こんなに掛かったのか、謎です。
しかも、『夜』だけ長過ぎ!